7月6日に開幕する第106回全国高校野球選手権西東京大会に、特別支援学校としては初の単独チームとして東京都立青鳥(せいちょう)特別支援学校(高橋馨校長、生徒176人)のベースボール部が出場する。初戦は開会式翌日の7日。生徒の大半は同校進学後に硬式野球を始めた未経験者だったが、野球に打ち込む情熱、甲子園を目指す舞台に立つ喜びは、他の高校球児と変わらない。久保田浩司監督らとともに歴史的な夏の挑戦が始まる。
東京都世田谷区にある同校は、知的障害がある生徒たちが通う学校だ。午後3時半過ぎ、ベースボール部の生徒たちがグラウンドに出て、ランニング、柔軟体操などを始めた。
「声を出せ」
「元気ねぇぞ」
3年の首藤理仁(りひと)選手が叱咤(しった)し、下級生たちが「ハイ」ときびきびした声で応える。どこにでもある高校野球部の練習風景だ。だが、グラウンドは非常に狭い。野球では内野しか取れない広さ。もともと野球の練習が想定されたグラウンドではないのだ。
同校ベースボール部は創設されて、まだ3年目。久保田監督が「特別支援学校の生徒たちが甲子園を目指す道をつくりたい」と2021年に「甲子園夢プロジェクト」を立ち上げ、全国の特別支援学校の生徒を集めて練習会を開くなど、硬式野球をやりたくてもできない生徒を後押ししてきた。同校でも球技部をつくり、翌年には甲子園出場につながる地方大会出場を目指すため、ベースボール部に発展させた。
現在の主将・白子悠樹選手も子どもの頃から野球を見るのは大好きだったが、この部ができたことで1年生のときに初めてプレーする機会を得た。3年になり、「バッティングも前よりもボールに当たるようになった」と、課題に取り組みながら練習に励んでいる。
23年には東京都高校野球連盟への加盟が認められ、この年の西東京大会には他校との連合チームで参加。初戦で敗退したが、互角の試合を戦った。部員から2人が試合に出場した。7人だった部員は24年度、新入生6人を加えて12人に増え、初めて単独チームを組める人数がそろった。
「大きな舞台に出られることに大きな喜びを感じて、練習でやってきたことを全力で出し切る。今回はそれが一番の目標」
久保田監督は今大会への意気込みを語る。新入生の中にも野球経験者はごくわずかだが、野球が好きで集まった仲間たちだ。
全国の多くの特別支援学校では、野球をやりたい生徒、教えたい教員がいても、硬式野球部をつくるのはかなり難しい。けがが心配との理由で学校が許可しない例が多いという。
久保田監督は、キャッチボールのときは間隔を取り、バットを振るときは近くに人がいないか注意するといった安全対策をして練習に臨んでいる。
「野球がやりたくてもできない生徒たちのためにも、自分たちの成長がいい意味での前例になれば。そこは、できるんだということを証明したい。確かに野球、スポーツにはけがもある。しかし、子どもたちに挑戦させる機会を与えなくていいのか。野球に取り組んだことで、子どもたちは大きく成長している。野球の技術だけでなく、精神的にも強くなった。卒業後を考えても、野球を一生懸命やったという大きな自信が絶対プラスになる」
全国の支援学校関係者も注目する青鳥特別支援学校の取り組み。「野球部創設にどうやって成功したのか」。久保田監督のもとには、こうした問い合わせも多い。
この日、練習に参加した生徒は11人。準備体操やキャッチボールの後はグラウンドでの内野守備練習、バッティングゲージでの打撃練習と5、6人ずつに分かれた。
バッティングケージは寄贈されたもので、生徒たちの頑張る姿は周囲の支援にもつながっている。
「夏の大会、頑張れよ」
学校関係者だけでなく、地域住民からも声が掛かるという。
グラウンドでノックバットを振るのは助監督の水野亮さん。野球指導者になりたいという思いが教員を目指したきっかけだった。特別支援学校の教員としてはソフトボール部の顧問などを務め、野球経験者でありながら野球の指導は学外で続けてきたのは久保田監督と共通する。
「知的障害があっても、運動能力が高い子もいる。そこは普通高校の生徒と何ら変わらない。やればうまくなる。だが経験の差は大きい」
速い球を打つ技術、遠くから飛んでくる鋭い打球への対応。野球では当たり前のプレーも初心者では難しい。また、さまざまなプレーに状況判断が必要で、そのための練習にはどういった意味があるのか理解させる必要もあるという。また、前向きな言葉で集中力を持続させたり、重要なポイントで直接言葉を掛けたりして、指導を工夫しているという。ミーティングでは動画も使ってプレーの意味を理解させる。この日の内野ノックでは、走者がいることを想定し、併殺を取る練習を繰り返した。
一方、そのころ、久保田監督はバッティングケージでの打ち込みの前に5人の生徒にバットの持ち方、構え方を指導していた。
「大谷だってバットを少し短く持っているぞ」
速い球に合わせるためにコンパクトなスイングを心掛けるよう強調し、一人一人の構えを丁寧に見ていく。その場所は校舎の裏。短い時間で無駄なく練習し、練習環境を工夫する。指導する教員は常に3、4人いる。バッティングケージでの打撃投手はベースボール部顧問の一人、南波健主任教諭が務めた。
この後、内野守備練習をしていた水野助監督の班が打撃練習に移ると、久保田監督の班が交代して守備練習を行った。久保田監督はグラウンドの外からノックバットを振り、防球ネットを超えるフライをグラウンドを目掛けて打ち上げる。外野の守備練習をする広さがないグラウンドでの苦肉の策だった。
練習後、制服に着替えた選手たちに背番号が渡された。目前に迫った大会への緊張感が高まる。首藤選手はエースナンバー、背番号「1」を受け取った。昨年の連合チームでも先発メンバーとして出場し、ライトを守った。
「野球はこの学校に入ってから、久保田先生に声を掛けられて始めた。練習はけっこうきついけど、野球は楽しい。投手としてはストライクが入るのがうれしい」
初心者だったが、持ち前の運動能力の高さを発揮して力を伸ばしている。カーブやスライダーといった球種も投げられるようになったが、少しはにかんで、あまり大きなことは言わず、控えめな態度。練習中とは違った表情を見せた。
主将の白子選手は背番号「9」。同じく3年生として下級生の面倒を見たり、明るく励ましたりしている。「人間関係でも野球を通して成長できたと思う」と少し自信をのぞかせた。また、練習後はそれぞれの課題などを記録した野球ノートを久保田監督に提出することもメンバー全員の日課になっている。「ルールは知っている方だったけど、より細かく分かるようになった」と手応えを示す白子選手。好きな野球に打ち込んでいるうれしさが笑顔に出ている。
主将らしく大会の目標を口にした。
「まずは1勝したい」
初戦は都立東村山西高校と対戦。スリーボンドスタジアム八王子で7日午後2時試合開始予定だ。