国立大学の在り方が再び問われている。国立大学協会は6月に、「もう限界です」という異例の表現を用いて、財務状況の悪化を訴えた声明を発表。東京大学などでは、学費値上げの検討に対する学生らの反対運動も起きた。こうした動きで教育関係者が気になるのは、国立教員養成大学・学部が置かれている状況だ。そこで、国立教員養成大学・学部で構成される日本教育大学協会の会長を務める國分充東京学芸大学学長に、ここ最近の教員養成・採用の改革の影響や、国立教員養成大学・学部の課題を聞いた。國分会長は、附属学校の運営も含め、国立教員養成大学・学部は人件費の占める割合が大きく、他の国立大以上に厳しい状況にあると説明。同協会として、附属学校の教員の処遇改善も要望していくと強調した。
――各地で教員不足や教員採用試験の倍率低下が深刻になっていますが、どのように受け止めていますか。
採用を行う教育委員会に対して、もっと採ってほしいというのが日本教育大学協会としての立場です。文部科学省が公表しているデータでも明らかですが、全国の教員採用試験で小学校の新卒受験者は1万8000人ほどであまり変わっていません。既卒が減っていて、新卒の試験で不合格だったから講師をやって、次の年も受けるという人が減ってきているというのが、教員不足の一つの要因になっています。
中学校や高校の場合は、教員養成大学・学部以外から受験する人が多いので、やはりどうしても民間の採用や景気などの影響を受けてしまいます。国立教員養成大学・学部は、もちろん中高の教師人材も育成していますが、基本的には小学校の教師人材を育てることが使命です。その点で言えば、小学校の新卒受験者が減っていないということは、国立教員養成大学・学部の使命を果たしていると言えます。
しかしながら、教員不足で困っている自治体が現実にある以上、われわれも協力していかなければなりません。例えば、特別免許状や臨時免許状を出した人に対し、われわれ教員養成大学・学部が研修や講座を提供するといったことが考えられます。
一方で、少子化が今後も進む中では、どうしても教員需要は落ちていくので、教員不足は過渡的な問題であると言えます。なので、このためだけに国立教員養成大学・学部の定員を増やすといったような応急措置は適切ではないと思います。
――文科省は教職大学院などを出て正規教員になった人の奨学金返還免除を来年度から始めます。
教職大学院もスタートしてから今日まで、現職教員やストレートで進学した学生へのニーズに応える教育をやっていこうと試行錯誤してきました。教育委員会との連携も進み、教職大学院を出ていれば、教員採用試験の一部科目が免除される事例も出てきています。教職の高度化、専門職化を進める上でも、今回の奨学金返還免除の施策は、教職大学院に進学する大きなインセンティブになり、教職大学院の魅力向上につながると期待しています。
他方で、大学院へ進学することとは別の問題として、学部生の奨学金や修学支援についても、もう少し力を入れてほしいと思います。国は少子化対策でさまざまな取り組みを行っていますが、やはり子育てでお金がかかるようになるのは、子どもが学校に通い始めてからで、特に高等教育に対する家計負担をもっと減らしていく施策を考えてもらいたいと思います。
――国は教員採用試験のスケジュールを前倒しする方針で、自治体でも試験日を従来の7月よりも早くする動きが活発になっています。教育実習の日程など、教員養成の現場ではさまざまな影響が出ているのではないでしょうか。
教員採用試験の実施時期の前倒しが、教員志願者の減少を抑えることにつながるかは疑問が残ります。先ほども触れたように、小学校の新卒の受験者数は変わっていない中で中高の新卒の受験者数が減少傾向にあるのは、別の選択肢があるからですが、それは、試験時期が早いか遅いかで決まるものではないと思うのです。
教員採用試験が前倒しになれば、大学のカリキュラムもいろいろなものを組み替えなければなりません。前倒しされた教員採用試験の日程と従来の教育実習の期間が重なる問題は大きいです。これまでは、教育実習を通して、改めて教師を目指す気持ちが固まるという効果があったので、多くの大学は採用試験の前に教育実習を組んでいました。それ以外にも、教職課程の科目では、学年を前倒ししなければいけないといったことが起きており、それまではしっかり積み上げによって学べていたものに無理が生じてしまう、という声も上がっています。
ただ、大学3年生でも筆記試験を受けられるようにしたことについては、良かったと思っています。学生にとってはチャンスが増えることになりますし、自治体の負担も、日程を前倒しすることに比べれば、そこまで大きくはありません。
いずれにしても、教員採用試験の前倒しによっていろいろな影響が出ているのは確かなので、国はその効果をきちんと検証してほしいと思います。
――運営費交付金が減っている中で光熱費などの支出が増え、国立大学の運営が限界に来ていると、国立大学協会が緊急声明を出しました。国立教員養成大学・学部の状況は大丈夫なのでしょうか。
本学でも企業などとの連携を進めていますが、共同研究などの取り組みを地方の国立大学で展開するのは厳しいものがあります。
特に教員養成は、教職課程を維持する上では、各教科教育などを担当する教員をそろえなければならないので、他の学部と比べて人件費の比率が高いという特徴があります。財政的に厳しい上に、節約する余地がないという状況です。
――教員養成大学・学部には、附属学校もありますね。
近年、附属学校の特色づくりの重要性も叫ばれるようになりましたが、附属学校の第一の目的は、やはり教育実習の場であることと、そして、大学の研究に協力することにあります。教員養成大学・学部には不可欠な機関、いわば教育資源で、附属学校には教育実習に関するこれまでのノウハウが蓄積されています。いわゆる母校実習の弊害や、教員の負担増の問題で公立学校での受け入れが難しくなりつつある中で、質の高い教育実習を受けられる附属学校の存在意義は、今後一層高まると思います。
懸念されるのは、中教審の特別部会で方向性が出た教職調整額の引き上げの影響です。国立大学附属学校の教員は、国立大学法人化に伴い、給特法の対象から外れ、私立学校と同様に労働基準法の対象になっています。ただ、附属学校によっては自治体と人事交流をしているところも多く、そういう場合には、現給保障の観点から、教職調整額の引き上げ分を附属学校の教員の給与にも反映させるため、それに見合う財源を確保しなければいけないということが考えられます。そうなればますます人件費が増えることになるので、悩ましい問題です。
日本教育大学協会としては、教員の処遇が改善されることは歓迎すべきこととしつつ、人材確保の趣旨からは、公立学校の教員だけでなく、附属学校教員の処遇改善も忘れずにお願いしたいという要望書を8月7日に出しており、文科省をはじめとする各方面に働き掛けていくつもりです。
同じ国立大学の附属機関でも、病院と違って国立学校は自ら収益を上げているわけではないですし、誰もが受診できる附属病院のような施設ではありません。附属学校がエリート校のようになっているという批判もあり、各大学ではそうならないように努めていますが、地域の教育を支えるために必要な機関であると多くの人に理解してもらうためにも、さまざまな意味で社会に開かれなければならないと感じます。
これは附属学校だけでなく大学・学部にも言えることです。少子化で、黙っていても優秀な学生が受験してくれる時代ではなくなったわけですから、大学で行っている教育の魅力や研究の成果をどんどん発信して、アピールしていかないといけません。