最近、アップル社の3Dカメラ「Apple Vision Pro」を体験してきたが、360度の没入感は以前と比較にならないほどだった。本当に社会は驚くほどの速さで日々変化していることを実感する。その変化に対応することは、学校教育にとっても子どもたちの未来を拓くために重要な課題だ。
文部科学省のGIGAスクール構想により、全国の公立校で子どもたち一人一人にタブレット端末が配布された。これにより、教育現場にデジタル技術が急速に浸透し、子どもたちはこれまでにない学びの機会を得ている。技術の導入に伴う不安や懸念も一部で聞かれることがある。それでも、これからの時代を生きる子どもたちにとって、デジタル技術を効果的に活用することは、社会で活躍するための基盤となるだろう。特に、教員もまた、これらの技術を理解し、教育に生かすことは不可欠である。
そこで今回は、教員が最新技術やその情報に触れること、社会経験をすることの教育的効果について私の考えを述べたい。
例えば、生成AI「ChatGPT」の登場は、私たちの仕事の生産性を大きく向上させた。私自身も、ChatGPTや他の生成AIツールを活用することで、資料作成や情報収集が劇的に効率化されることを実感している。家庭でも、子どもたちがスマートフォンやタブレットを駆使し、親子で生成AIについて会話する機会も増えているかもしれない。
一方で、学校現場では、生成AIに対する理解がまだ進んでいない場合もある。というよりも、学校間、教員間で理解の差があると感じている。「ChatGPTは怖いもの」という先入観を持つのではなく、一度使ってみることで、その可能性を理解し、授業に役立てることができる。生徒から「ChatGPTって何ですか?」と質問されたときに、そのメリットやリスクを自身で理解し的確に答えられるようになることが、今後の教育において重要な一歩となるだろう。
また、周知のとおり2025年度の大学入試から「情報」という科目が新たに追加されることが決まっている。これは、情報技術が社会のあらゆる分野で重要な役割を果たしていることを反映しており、これからの子どもたちが情報リテラシーを身に付けることが求められているからだ。ぜひ、情報科の教員ではなくても、文科省のウェブサイトで公開されている大学入学共通テストの「情報」のサンプル問題に触れてみてほしい。私も問題を解いてみたことがあるが、プログラミング用語や回路の仕組みなど、幅広い知識が問われており、きちんと学んでいないと難しい問題も多かった。
教員がこういった最新の情報を理解し、それを教育に反映させることは非常に重要である。社会は常に変化しており、その変化を理解し対応することは、子どもたちに多様な可能性を提供することにもつながるからだ。
情報に触れるだけでなく、一次情報としての実体験も非常に重要である。そこで、私がお勧めしたいのが、企業留学や社会体験研修である。
静岡県の研修制度を利用して、リクルートに1年間企業留学をした牧野雄貴さんは、公立高校の教員である。牧野さんがリクルートに来て最初に驚いたのは、フリーアドレス(固定席がなく空席に自由に座る)、リモートワーク、オンライン会議やチャットなどWEB上で完結するペーパーレスの業務の多さなど、学校との職場環境の違いだった。
また、やりたいことを実現するスピードの速さや、退職する選択をした社員を「卒業」とポジティブに受け止めて新たな門出を祝う文化など、キャリア形成の考え方にも発見があったという。この経験をきっかけに、学校の生徒たちにも「『自分がどう考えて、どうしたいのか?』という心の声をちゃんと大事にして欲しい」と考えるようになったと牧野さん。先生自身が勇気を出して企業留学を体験したことで、生徒たちにも「一歩踏み出すことの大切さ」を伝えたいと語っていた。
こうした企業留学や社会体験研修は、教員が視野を広げ、教育に新たな視点を取り入れるための貴重な機会である。文科省は、現職の教員を民間企業、社会福祉施設などへ1カ月から1年程度派遣する、「長期社会体験研修」を実施している。この制度を利用して、北海道の旭山動物園や株式会社みずほフィナンシャルグループで1年間、研修を行った教員もいる。
一般財団法人の経済広報センターも、1983年から教員の民間企業研修を実施していて40年の歴史がある。こちらの研修期間は1~3日間と短く、学校の夏休み期間だけの限定で、2023年度は81社が受け入れを行い、1351人の教員が参加している。
もちろん、こうした研修制度に参加するには、いくつかの条件を満たす必要があるが、それでも、制度の見直しや教員評価の一環としての位置付けが進むことで、より多くの教員が社会と接する機会を得られるだろう。学校と社会の間にあるギャップを縮めることは、教育現場において重要な課題であり、その解決には教員の社会経験が欠かせない。
これからの時代、教員が社会と積極的に関わり、常に学び続ける姿勢を持つことが、未来を担う子どもたちにとって非常に大切である。私自身も大学の教員として社会との連携を強化しながら、より良い教育を提供し、未来のより良い社会を微力ながら築いていきたいと考えている。