自民党総裁選で争点 「選択的夫婦別姓」の子どもと学校

自民党総裁選で争点 「選択的夫婦別姓」の子どもと学校
母親と姓が異なるものの、Aさんは「家族4人の仲は良い」と話す=提供:Aさん
【協賛企画】
広 告

 自民党総裁選で大きな争点となった選択的夫婦別姓の導入。新総裁に選出された石破茂氏は、コンセンサス(合意)を作ることを条件に制度導入に賛成する立場だ。この問題を巡る議論で頻繁に聞こえてくるのが「子どもへの影響」を危惧する意見。総裁選でも小林鷹之氏がテレビ番組中で「子どもの視点をもっと考えるべき。兄弟姉妹の中で姓がバラバラになる可能性がある」と述べ、慎重な姿勢を示していた。

 それでは実際のところ、別姓の親を持つ子どもはどう思っているのだろう。香川県で暮らす高校2年生のAさんは選択的夫婦別姓について、「想像で話すのではなく、当事者に聞いた意見をしっかり発信してほしい」と語る。姓が異なる家族への思い、学校への本音、政治や社会に対する願いについて、Aさんとその母親に話を聞いた。

母と同じ姓になりたいと思ったことはない

 自宅の玄関の表札は2つ。母親と父親の姓が並んでいる。Aさんにとって、物心ついた頃からごく当たり前にある風景だ。

 「両親の姓が違うことを意識したのは、小学校に入ったぐらいの時。保護者のサインが必要な提出物があって、同級生から母の名字が違うねと指摘され、『ほかの子は家族みんな、同じ名字なのだ』と初めて気が付いた」(Aさん、以下同)

 母親と姓が違う理由を尋ねられ、煩わしさを感じる時もあった。

 「うちは夫婦別姓だからと説明するのが面倒だった。でも中学、高校と年齢が上がるにつれ、ほとんど聞かれなくなった。別姓の家庭だと周りが認識するようになったのだと思う。今ではもう、みんな気にも留めていない。それ以上でも以下でもないという感じの反応になった。説明する面倒さ以外に困ることって、本当にない。環境に恵まれていたのか、姓を理由にいじめられるなんて想像できない」

 選択的夫婦別姓を巡っては、主に「伝統的家族観」を重視する保守派から「家族の一体感が損なわれる」「子どもがかわいそう」といった声がしばしば上がる。これにAさんは違和感を隠さない。

 「家族の仲はすごくいいと思う。絆が薄れるみたいな話は、家族全員が同姓の家庭で育った人が、別姓の家庭を知らないから言うのだろうな、と思っている。同じ名字でチームみたいな一体感が生まれた時からあると、そういう発想になるのかな、と……」

 母親と同じ名字になりたいと思ったことは一度もない、とAさんは言う。

 「母と名字が違うからといって、悲しいとは思わない。私にとっては違うことが当たり前なので。それよりも母が自分の名字で生きられる環境の方が大事。母が自分として生きていることは、私と同じ名字であるより大切だなと思う」

 これまでにAさんは、選択的夫婦別姓をテーマにした授業を何度か受けてきた。中学校では自由研究のテーマに設定、別姓を求める裁判の動きを追いかけ、関連記事を貼るなどしてまとめた。高校1年生の時には、当事者家族の立場から発表を行い、姓が変わることをどう思うかクラスメートに問い掛けた。

 ある授業では、教員の対応に「まだこういう感覚なのか」と驚かされたという。

 「家庭科の授業だったか、選択的夫婦別姓について話し合った時、賛成と反対の意見を両方出すことになった。すると反対意見に『子どもがかわいそう』と書いた生徒がいた。先生は『そういう意見もあるよね』と言って、特に否定も説明もしないまま授業は終了。私は『違う、違う』、『かわいそうじゃないからね』と、一人で周りにいた同級生に否定したのを覚えている」

 Aさん自身、結婚する時に別姓を選びたいと思うか尋ねると、こんな答えが返ってきた。

 「ちょっと嫌かも。最近、下の名前より名字で呼ばれることの方が増えたので、結婚して姓が変わったら違和感があるかもしれない。母や周りの大人たちを見ていて思うのは、名字を変えたくないと思っている人は、それほど少なくないということ。自分の姓で生きていいですよという社会になったら、それが当たり前になり、姓に対する認識も変わっていく。制度が変われば社会も変わるのではないかと思っている」

名前を大切にする人権教育を進めてほしい

「困っている当事者の声を聞いて」とAさんの母・山下紀子さん=提供:山下さん
「困っている当事者の声を聞いて」とAさんの母・山下さん=提供:山下さん

 Aさんの母、山下紀子さんが結婚したのは1997年。その前年、法務相の諮問機関・法制審議会より選択的夫婦別姓の導入を含む民法改正案が答申され、実現に向けた機運が高まっていた時期だ。

 「別姓を選んだというより、夫と話し合い、名前を変えないまま夫婦になれるならその方がいいねという感覚だった。今に制度ができるだろうから、別姓で法律婚をしようと考えていた」(山下さん、以下同)

 しかし、自民党の保守系議員らの反対により法案提出は見送られた。山下さんは事実婚のままAさんを出産。親権は自分が持ち、姓は夫の姓にした。子育ての過程で子どもと姓が違う理由を聞かれたり、不審に思われたりした記憶はない。

 「離婚や再婚で親との姓が違う子どもは珍しくないので、先生もいちいち確認しなかった。提出物を受け付けられなかったこともない」

 法制審の答申から約30年、山下さんは選択的夫婦別姓の法制化を待ちわびているが、国会での議論は進まずいまだ実現には至っていない。そこで自ら働き掛けることにした。制度導入に向け全国的に活動する一般社団法人「あすには」のメンバーとなり、2020年には「選択的夫婦別姓制度を願う香川県民の会」(ぼそぼその会)を発足、代表に就任した。地元議会の議員を訪ね、制度導入や議論の推進を求める陳情・意見書を採択するよう、当事者としての思いを伝えた。結果、今年3月までに香川県内の全議会で意見書が採択・可決された。

 「ある議員は私の話を聞いて、『小さいころに呼ばれたくないあだ名をつけられて、ずっと嫌な思いをしてきたことを思い出した』と言っていた。自分の名前で生きることは、個人のアイデンティティーに関わる人権の問題。先生には賛否両論の形で授業をするのではなく、名前を大切にする教育を進めてほしい」

選択的夫婦別姓は、異なる考えの人を許容できるかという問題

 日本は結婚後の夫婦同姓を義務付けている世界で唯一の国。夫と妻、どちらの姓でもいいとしているが、実際に改姓するのは95%が女性だ。そのため国連女性差別撤廃委員会は2003年、09年、16年の3度にわたり、選択的夫婦別姓の法律を採択するよう日本政府に勧告を出している。

 ジェンダーを巡る問題や海外の家族法に詳しい橘高真佐美弁護士が指摘する。

 「親子で姓が違うと、日本では両親と子どもがそろった『定型家族』から外れるイメージが根強い。ところが海外に目を向けると、別姓や同姓のほか、夫と妻の姓を組み合わせた混合姓など、さまざまな家族がいる。いずれの場合も『自分の名前は自分で選べる』というのが世界の潮流だ」

橘高弁護士は「選択的夫婦別姓は多様性ある社会の試金石」と強調=撮影:徳住亜希
橘高弁護士は「選択的夫婦別姓は多様性ある社会の試金石」と強調=撮影:徳住亜希

 親の姓が子どもに及ぼす影響について、どう捉えればいいのか。

 「1996年に法制審が出した答申では、夫婦別姓を選んだ夫婦は子どもが生まれた時、夫または妻の姓に定めなければならないとしている。答申に基づき姓を統一すれば、きょうだいの間でバラバラになる心配はない。また15歳以上であれば、子ども自身が家裁に改姓を申し立てることが現行法でも可能だ。

 差別や偏見への懸念については、男女共同参画会議が2001年に出した審議の中間まとめの中で、『政府が適切に広報活動を行い、多様性を認める教育をするなど社会全体が十分配慮することで払拭されていく』としている。選択的夫婦別姓は、異なる考えの人を許容できるかという問題。学校現場では、多様性を認める社会であるかという試金石の一つとして考えてほしい」(橘高弁護士)

広 告
広 告