映画『REAL VOICE』がつないだ 社会的養護の当事者たち

映画『REAL VOICE』がつないだ 社会的養護の当事者たち
映画の出演者と社会的養護に関わり、映画を見た人たちによる交流イベントを企画した山本さん=本人提供
【協賛企画】
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 社会的養護の子ども・若者の声を一つ一つ丁寧に集めたドキュメンタリー映画『REAL VOICE』が、大きな反響を呼んでいる。公開から1年余りで、上演先は29都道府県にまたがり、単なる映画にとどまらず、社会的養護の子ども・若者をつなぐ場にもなっている。企画・監督を務めた山本昌子さん自身も、生後4カ月から乳児院や児童養護施設で育ち、その後、社会的養護の子ども・若者の背中を押す活動に取り組んできた。今年9月、都内で映画に出演した社会的養護の子ども・若者が集まり、交流するイベントが開かれた。当事者の語り、山本さんの映画に込めた思いから、社会的養護の子どもたちのリアルを見つめた。

「一緒に考えよう」という人が増えれば、社会は変わる

 映画の中では、70人の社会的養護を経験した子ども・若者が出演し、山本さんが撮るカメラに向かって、短いメッセージを投げ掛けていく。その中の一人、ホノカさん(仮名)は、9歳のときに母親をがんで亡くしたことがきっかけで、医療系の大学を選んだ。さらに大学院に進んで、免疫の研究に携わりたいという志を持っている。

 ホノカさんは3人きょうだいの真ん中で、弟は母親が亡くなったときはまだ1歳だった。父親はしばらくして、うつ病を発症。中学3年生のときに一時保護されることになった。自宅に戻った後も、高校に通いながらアルバイトをし、学校生活で必要なものはその収入で賄っていたという。

 「みんなが放課後に遊んだり、部活動をしたりしているのを横目にバイトに向かうのは、すごくしんどかったし、大学受験が近づくと、みんなは予備校や塾に通わせてもらえていたけれど、私は勉強だけに専念する環境も難しかった」とホノカさんは高校時代を振り返る。

 大学進学後の費用も自分で調べなければいけなかった。「同じ社会的養護の子どもの場合でも、児童養護施設に入所している子は、大学進学などでも今はさまざまな支援が増えている。でも、私のように一時保護されただけで家庭に戻った場合、親は十分な収入があるのに進学の費用を出してくれないということもある」とホノカさん。社会的養護の子ども・若者は多様で、70人いれば70通りの困難がある。現行の制度や支援が必ずしも全てをカバーできるわけではない。ホノカさんは自ら奨学金の情報を集めていく中で山本さんの活動を知り、同じ社会的養護の人たちともつながることができた。

 映画でホノカさんは「さまざまな情報を知って視野が広がる子どもが増えてほしい」という言葉を選んだ。「自分と同じような境遇で困っている人、目に見えない困り事を抱えながら、大変な思いをして、努力している人がいる。その存在を知ってほしかった。映画の撮影では、なかなか言葉をまとめるのが難しくて、30分ぐらいかかったけれど、私自身はいろいろな情報を知ったおかげで夢を持つことができた。だからどんな環境でも、夢を持つことを諦めてほしくない」と、この一言を導き出した理由を説明する。

 ホノカさんが一時保護されたとき、当時の中学校の担任は、一時保護所に毎週のように授業のプリントを届けてくれた。一時保護の間は学校に通えず、高校受験を控えて不安だったホノカさんにとって、それはとても大きな励ましになった。高校では、ホノカさんの置かれている状況を知って、学校と自宅以外に勉強できる場所を探してくれた友人もいた。

「周りに、一緒に考えてくれる人がいたから、私は諦めずに頑張れた」とホノカさん。「ライフステージの要所要所で、隣を歩いてくれる人がいれば、前に進める。『一緒に考えよう』という姿勢が、その子の未来のためにもすごく重要だと思う。多くの人がそんな思いを持ってくれる機会があれば、社会は大きく変わる」と呼び掛ける。

「どんな環境でも、夢を持つことを諦めてほしくない」と語るホノカさん=撮影:藤井孝良
「どんな環境でも、夢を持つことを諦めてほしくない」と語るホノカさん=撮影:藤井孝良

この映画に出た意味を実感してもらえる時間をつくりたい

 都心のオフィス街を見下ろす会場に、映画に出演した社会的養護の子ども・若者と、社会的養護の子ども・若者に関わり、映画を見た人たちが続々と集まってきた。当事者同士で和気あいあいと話をしているが、中には、この日初めてリアルで会ったという人もいた。

 そしてそこには、集まった一人一人に気さくに声を掛けていく山本さんの姿があった。

 「映画が全国各地で上映されて、私も呼ばれて行ってみると会場はすごい熱気で、いろいろな感想をもらった。映画を見てくれた人がどう感じたかを出演した当事者に伝えたくて、この映画に出た意味を実感してもらえる時間をつくりたかった」と、山本さんは交流イベントの狙いを打ち明ける。

 「当事者がこの映画を見たら、つらい記憶がフラッシュバックしてしまわないか心配だったが、『全国に仲間がいるんだと勇気をもらえた』と前向きな声を多くもらえた。社会的養護の子どもに関わってきた人たちも、自分がこれまで取り組んできたことの答え合わせをするような気持ちで見てくれて、まだまだ足りないところはどこだろうと、真剣に受け止めてくれた」と、山本さんは確かな手応えを感じている。

 交流イベントでは、社会的養護の当事者である出演者と、さまざまな形で社会的養護に関わってきて、実際に映画を見た人たちが2人1組になり、映画の感想や社会的養護の課題をじっくり対話する時間も設けられた。

 映画が公開された後、山本さんはさらに、映画に出演した5人の当事者にロングインタビューをし、8月に『親が悪い、だけじゃない 虐待経験者たちのREAL VOICE』(角川書店)という本にまとめた。当事者が映画の中で一言を絞り出すまで、何時間も耳を傾け続けることもあった。映像ではほんのワンシーンだが、その一言が出てくるまでに、当事者は一見すると矛盾するような複雑な感情と向き合っている。本で紹介されている5人のエピソードを読むと、映像には表せなかった当事者が抱える葛藤が想像できる。

 当事者として、当事者に関わる一人の人間として、山本さんは社会的養護の子ども・若者の声に耳を傾け続けてきた。昨年4月にこども家庭庁が発足し、子どもたちの声を聞く「アドボカシー」がより重要視されるようになっている。社会的養護の子どもたちが安心して思っていることを話せ、それを生かしていくこともまた、大きな課題だが、山本さんは次のような問題を提起する。

 「日本でもアドボカシーが大切だと言われるようになったけれど、私はある意味で専門的なスキルを持った人がいなければ子どもの声を拾えないというのは、悲しいと感じている部分もある。アドボカシーや子どもの声を聞くことについて学べば学ぶほど、それは専門的に行うことではなくて、誰もができることなのではないかと思えてくる。でも、実際には大人が忙しくて、何かの片手間で子どもの話を聞いていることが多くて、手を止めて目と目を見て話す感覚を忘れてしまっている。その感覚を取り戻していきたい」

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 映画『REAL VOICE』は特設サイトで、全編無料で配信している。

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