入学者数の減少と財政難で苦境に 米国の地方公立大学

入学者数の減少と財政難で苦境に 米国の地方公立大学
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地方公立大で進む大幅な専攻コースの削減

 筆者は米国と日本の大学の両方で教えた経験がある。それを踏まえて言うと、初等中等教育は日本の方が優れているが、大学・大学院教育は米国の方が圧倒的に優れていると感じている。「リサーチ・ユニバーシティ(研究大学)」と呼ばれるエリート大学ではなく、地方のリベラルアーツ教育を軸とする公立大学に米国社会の強さの源泉があるのではないかと思っている。こうした都市部ではなく、郡部に存在する公立大学は「Regional Public University(RPU)」と呼ばれている。米国にはRPUは517校あり、合計で490万人の学生が学んでいる。全大学生の70%がRPUに通っている。

 随分前になるが、ワシントン州エレンズバーグという小さな町にあるセントラル・ワシントン大学で短期間講義をしたことがある。典型的な小さな大学の街で、映画館は1館しかなく、大学でもっているような町である。こうした大学を中心とする街は米国にはたくさんあり、地方文化の拠点であるだけでなく、経済の中心地となっている。

 だが、そうしたRPUが危機に直面している。教育ニュース専門サイト「The Hechinger Report」が11月26日に、「’Easy to just write us off’, Rural students’ choices shrink as college slash majors(「私たちを見捨てるのは簡単だ」 大学が専攻を削減、地方の学生の選択肢が減少)」と題する記事を掲載した。RPUも日本の地方大学と同様に、学生数の減少や財政問題に直面し改革を迫られている。 

 同記事は「現在、地方の学生を受け入れている大学は、入学者の減少と財政問題から多くの教育プログラムや専攻コースを削減している。地方にある多くの私立大学や非営利大学は閉鎖を余儀なくされている」と、深刻な状況を指摘している。RPUにさまざまな支援を行っている旗艦大学も、同様の状況に置かれているという。

 さらに同記事は「ウエスト・バージニア大学は外国語のほとんどのコースと数学、行政学の大学院コースを含む28の学部と大学院の専攻コースを廃止し、モンタナ大学は30以上の学部と大学院の学位コースを段階的に廃止、あるいは凍結している。ペンシルベニア州立大学の分校でも、同様に専攻コースの見直しを進めている」と報告している。

 ミネソタ州のセントクラウド州立大学では、刑事訴訟法、老年学、歴史、環境工学、経済学、物理学など42の学位コースを廃止している。アラスカ・システム大学では、地球科学、地理学、環境資源学、ホスピタリティ管理学など40以上のコースを縮小している。カンザス州のエンポリア州立大学では、学部と大学院の40のコースを削減、統合を行っている。ニューヨーク州立大学フレドニア校は13の専攻コースを廃止し、同ポツダム校は化学、物理学、哲学、フランス語、スペイン語などを廃止している。ノースカロライナ大学アッシュビル校は宗教学、演劇、哲学を廃止している。こうした例は、枚挙にいとまがないほどRPUで行われている。

背景にある急激な入学者数の減少と財政赤字

 全米州立大学協会のチャールズ・ウェルチ会長は「財政問題と入学者の急減で、専攻コースの削減を行う以外に選択肢はない」と語っている。入学者数の減少が深刻なのだ。例えばミシシッピー州のデルタ州立大学では2014年以降、入学者数は4分の1にまで減り、授業料収入は大幅に減少し、同学は1100万ドルの赤字に陥っている。学長は「予算を適正化するために、人件費、諸経費、施設費などを減らさなければならない」と語っている。 それでも旗艦大学はある程度の財政支援を受けているが、RPUに対する行政の財政支援は限定的だ。その旗艦大学でも、州政府からの援助は学生1人当たり1000ドル程度に過ぎない。経費を抑制するために専攻コースを減らした結果、さらに入学者数が減ったという報告もあり、一種の悪循環が発生している。

 こうした大学当局の対応に対して、全米大学教授協会は「大学の経営者はまるで一般企業が部門を削減したり、工場を閉鎖したりするのと同じようなことを行っている」と批判している。こうした大学の“合理化”によって、地方の学生たちは、都市部の学生が受講している人文系や言語といった授業を受けられなくなっている。こうした状況は「高等教育の砂漠(higher education deserts)」と呼ばれている。こうした砂漠にいる学生の数は1300万人だと推計されており、コースや専攻の削減は、RPUに通わざるを得ないような低所得層の学生に深刻な影響を与えている。

 11月26日の「ワシントンポスト」の記事「Rural students’ option shrink as college slash major(大学の専攻縮小により、地方学生の選択肢は縮小)」は、RPUが合理化を進めた結果、「同じ学生でありながら、RPUの学生にとって『選択』という概念はフィクションになっている」と指摘している。

 入学者数の減少に関してさまざまな説明が行われているが、研究機関「PRRI」が今年行った調査では、米国人の51%が大学進学はギャンブルであり、卒業しても良い給料は得られないと答えている。大学進学は賢明な投資であると答えた米国人は47%に過ぎない。最近では、最低賃金の上昇でブルーカラー労働者とホワイトカラーの賃金格差が縮小しており、生涯賃金で考えたら、高い授業料を払って大学に行く価値があるのかという考え方が強くなっている。

 日本の地方大学もRPUと似た状況にあるのではないだろうか。日本の少子化のスピードは速い。廃校や合併の前に、RPUと同様にコースの再考が必要となるかもしれない。

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