教育をやりたくて市長になった――。そう語るのは、2023年5月、26歳という史上最年少で兵庫県芦屋市の市長に就任した髙島崚輔市長だ。就任直後から小中学校で子どもたちと対話を重ね、同年8月には教育大綱を新たに策定。児童生徒・教員・市民、それぞれにとっての「ちょうどの学び」の実現と、それを支える環境づくりに取り組んでいる。今年4月からは、いわゆる研究指定校制度をやめ、学びたい教員が主体的に学べる研修制度「ONE STEPpers」を立ち上げるなど、独自の改革も進められている。就任から1年半。なぜ教育を重視するのか、そして子どもたちとの対話で見えてきた未来の姿を聞いた。
――教育を一番大事な政策として掲げていますが、その思いを教えてください。
芦屋市は大きな産業があるわけではない住宅都市です。だからこそ、人に投資することが一番大事と考え、まちの未来を担っていく子どもたちへの投資である教育を一丁目一番地に掲げました。特に、学校教育に力を入れているのは、学校が地域コミュニティーの核だと考えているからです。学校や子どもたちが元気になると、それがまち全体に波及します。これまで教育NPOで経験してきたからこそ、学校教育を重視しています。
教育を良くするにはさまざまなやり方がありますが、今、本市が取り組んでいるのは「子ども中心の学校づくり」です。大人任せではなく、子どもたちが自ら行動し、自分たちの学校を良くすることにこだわって取り組んでいます。
こうして子どもたちが自ら動き、自分たちにとって一番身近な社会である「学校」が変わったという成功体験があれば、子どもたちの自己効力感や、今後の社会参画への意識も高まるでしょう。
さらに、そうした子どもたちの頑張りを周りで見ている大人たちにも「子どもたちにできるのだったら、私たちもできるのではないか」と感じてもらうことで、「子ども中心の学校づくり」は「市民中心のまちづくり」につながります。
子どもたちが率先して「自分たちでも社会を変えられる」と信じて行動することが周りに波及していくと、大きなうねりになり、持続可能な形でまちを変えられると考えています。
――就任から1年半で、教育関連ではどのような成果が見えてきていますか。
主体的に動く子どもたちが増えたと感じています。いや、増えたのではなく、そもそも主体的に動ける下地を持った子どもたちはたくさんいたけれど、見えていなかっただけなのかもしれません。
例えば、校則の改正案を20ぐらい提案してくれて、3カ月後に「学校で議論して、そのうち3つ変わりました!」と報告してきてくれた中学生や、地域の人を巻き込んで授業をつくった中学生、いろいろな新しい取り組みにチャレンジしている児童会や生徒会など、「子どもたち発」の取り組みがたくさん出てきています。
そして、それをちゃんと周りの大人たちが応援しようとしていることも、本当に素晴らしいと思います。今後はこうした動きを「一部の子どもたちだけがやっていること」にせず、学校の中の文化として根付かせていくことができればと思っています。
そのためにも、現在、子どもたちが取り組んでいることを外に発信することが重要です。子どもたち、教員、保護者といった当事者や当事者の周りの人だけでなく、地域の人たちなど、当事者ではない人たちにも伝えて、その人たちに応援してもらえるかがカギになってくるでしょう。
――小学校や中学校で子どもたちと直接対話を重ねる中で、どんなことが見えてきましたか。
想像していた以上に、子どもたちは社会に目が向いていると感じました。例えば、何か困っていることや課題を聞いたときに、もちろん校則や授業など学校内の話も出るのですが、それだけではなく、自分の興味関心のある社会課題や地域の課題について話してくれる子が多くいたのです。
こうした子どもたちの姿から、23年8月に策定した芦屋市教育大綱においても、目指す市民像を「自分と地球の未来を、探究と創造を通じて切り拓く市民」としました。
子どもたち一人一人、興味関心のある社会課題は違います。それぞれの興味関心に沿った社会課題に向き合うことを、どうサポートしていくのかが重要です。
そのために、学校では子どもたちが「本物」に触れられる機会を増やしていきます。社会的に認められているかどうかではなく、真剣に取り組んでいる「本物」の人から学ぶということを大事にしていけたらと考えています。
――髙島市長が「対話」を重視している理由について教えてください。
学校は、さまざまなバックグラウンドを持っている子どもたちが一緒になって学び合うことに意義があります。
いわゆる「学力」を身に付けることも大事なことの一つです。ただ、「学力」だけならYouTubeなどで、一人でも学べるかもしれない。あえて学校という場で学ぶ価値は、さまざまな人たちが集まっている学校という社会の中で、どうやってものごとを進めればよいかを学ぶ、つまり民主主義を学ぶことにあると考えています。
そうしたときに、「対話」はとても重要です。お互いの意見が違う時に、言葉によって相互理解し、合意形成をするプロセスで「対話」を重ねる必要があるからです。
例えば、けんかやトラブルが起きたときに、一番効力を発揮するのも「対話」ではないでしょうか。大人はなるべくトラブルを避けようとするかもしれませんが、本当は人が育つ過程において絶好の学びの機会でもあるはずです。「対話」を通じてけんかやトラブルを乗り越えることができるような、学校がそんな経験を積める場であってほしいとも願っています。
それに、子どもたちに「対話」の文化があり、「対話」のスキルセットを持っている子たちが集まっている教室だと、教員の仕事は格段に減るはずです。「対話」の文化をクラスや学校の中で醸成していくことは、本質的には教員の働き方改革や負担軽減にもつながっていくのではないでしょうか。
子どもたちに「対話」の文化を根付かせるには、まず大人の教員側に「対話」の文化があることが必要です。
例えば、職員室に「今までとは違うやり方にしよう」と思う人と、「今までのやり方のほうがいい」という人がいるとします。すぐに二項対立になりがちですが、そもそも「子どもたちによりよく育ってほしい」という願いは同じはずです。
まずはその原点に立ち返り、「子どもたちにどう育ってもらいたいか」「そのやり方は何のために?」と共通の目的をみんなで再確認することから、合意形成への道筋も見えてくると思います。
――今年度からスタートした学びたい教員が主体的に学べる研修制度「ONE STEPpers」は、髙島市長の思い入れも強いと聞きました。
旧来的な学校の研究指定校制度を止め、研修をやりたい教員が手を挙げ、教員がやりたいことを探究していく研修制度に変えました。これはまさに子どもたちに届けたい「主体的で対話的で深い学び」を、まず教員がやってみようという取り組みです。
「ONE STEPpers」は新しい取り組みなので、当初の予想では、1年目は10人程度の参加になるだろうと思っていたのですが、今は40人弱が参加して行われています。これはうれしい誤算でした。
しかも、この「探究的な学び推進事業」は、年間300万円弱の予算です。300万を大きいとみるか、小さいとみるかはさまざまな意見があると思いますが、市全体の予算が約470億なので、そこから考えるととても小さな予算額です。
昨年、初めて予算編成をして分かったことがあります。それは、世間的な注目は金額の大小に集まるけれど、施策の良しあしは金額の大小では決まらない、ということです。特にこの分野では、金額よりも大事なのは、いかにそこに関わる人のモチベーションを上げられる施策になっているかです。
就任から1年半、学校を回って改めて感じることは、本当に多くの教員が子どもたちのことを大切に考えているし、子どもたちのために何かをしたいと思っているということです。
その前向きでポジティブなモチベーションをいかに阻害せず、後押ししたり、引き出したりできるか。予算の大小にかかわらず、前向きなやり方に変えていくような施策を、来年度以降も打ち出していきたいと思っています。
【プロフィール】
髙島崚輔(たかしま・りょうすけ) 1997年、大阪府生まれ。灘中学校・高校で生徒会長を務め、卒業後は東京大学に進学。その後ハーバード大学に進み、2022年に同大学を卒業(環境工学専攻・環境科学・公共政策副専攻)。大学在学中の16年にはNPO法人留学フェローシップ理事長に就任し、文科省や財団などと協働し、海外留学と進路開拓を支援してきた。19年には芦屋市役所企画部政策推進課でインターンシップも経験。23年4月の芦屋市長選挙で、史上最年少となる26歳で当選し、同年5月1日に市長に就任。趣味は中・高・大学でプレーしてきたラグビー。