山梨発、情報の教員養成と研修 大学と教委と現場が連携

山梨発、情報の教員養成と研修 大学と教委と現場が連携
山梨大学教育学部附属教育実践総合センターに開設された「やまなし情報教育推進室」=撮影:藤井孝良
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 1月18~19日に全国各地で行われる大学入学共通テストは、今回から高校の新教育課程で学んだ高校生が受験するため、科目構成などに変更が生じる。中でも注目されるのが「情報Ⅰ」の新設で、多くの国立大学で必須となっている。共通テストへの「情報Ⅰ」の出題を巡っては、都道府県によっては情報の教員採用が進まず、地域間格差が生じている問題が指摘されていた。この状態を改善していこうと、山梨大学は山梨県と連携して、2023年10月に「やまなし情報教育推進室」を開設。情報の教員の養成・採用・研修や、小中学校段階も含めた教員の情報活用による指導力向上を目指している。

県教委の支援を受けて大学に設置された推進室

 「情報を専門とする教員の採用を進めているものの、まだ数は少ない。情報科が生まれる際に講習を受けて免許を取得した教員のほとんどは、50代になっている。今後、情報という教科が重要性を増していく中で、この状況には危機感を持っている」

 山梨県内の高校の情報科の現状について、県教委の大久保雅司高校教育指導監はそう説明する。これは、これまで情報科の教員採用が進まなかった都道府県に共通する課題でもある。

 情報科の教員を採用したくても、他教科や年代のバランスなどもあり、なかなか一気に大量採用するというわけにはいかない。「情報Ⅰ」では、プログラミングやデータ分析など、内容が高度化したこともあり、情報の免許を持っている現職の教員のさらなる指導力向上などのアップデートも求められている。

 他方で、小中学校ではGIGAスクール構想の実現によって、徐々に1人1台端末を活用した授業実践が広がりつつあった。

 こうした状況に対応していくため、県教委が山梨大学に事業支援し、情報教育の活動拠点として設置されたのが「やまなし情報教育推進室」だ。

 推進室は室長を務める長谷川千秋教授をはじめ4人の教員が所属し、情報の教員養成と、小学校・中学校・高校・特別支援学校で一貫した情報教育の指導法「やまなしメソッド」の開発などに取り組むほか、推進室の教員が県教委の担当者と県内の学校を訪問し、情報教育の実践的なアドバイスをするといったアウトリーチ型の支援にも力を入れる。

 県教委との連携について、長谷川教授は「県教委と山梨県総合教育センター、そして推進室の三者が一堂に会して、県内の情報教育や高校情報科の教員養成をどうするかといった話し合いを定期的に行っている。連携は非常にうまくいっている」と手応えを話す。

「やまなし情報教育推進室」メンバーの三井准教授(左)と長谷川教授。パソコンの画面に写っているのは、オンラインで取材に応じた県教委の大久保指導監=撮影:藤井孝良
「やまなし情報教育推進室」メンバーの三井准教授(左)と長谷川教授。パソコンの画面に写っているのは、オンラインで取材に応じた県教委の大久保指導監=撮影:藤井孝良

1人1台を想定した授業デザインを意識できる学生を育てる

 推進室の取り組みを具体的に見ていこう。

 まず、情報科の教員養成については、これまで工学部の教職課程に開設されていたのを教育学部に移した。教育学部で情報科の教員を養成するようにしたことで、情報教育の専門性を持った教員を育てられるだけでなく、他校種・他教科の免許取得もしやすくなる。

 教育学部での情報科の教職課程は開設1年目であることから、24年度に教育学部に入学した学生のどれくらいが情報科の免許取得を希望するかはまだ分からないものの、上級生の中でも、情報科の免許に興味を持っている学生がいるなど、一定のニーズはありそうだ。

 さらに、山梨大学では全国的にも数少ない情報科の免許法認定講習の実施にも乗り出し、新たに情報科の免許を取得しようと考えている現役の教員や、いわゆるペーパーティチャーをサポートしている。認定講習の受講自体は無料だが、免許取得まで3年間を要し、講習は基本的に大学まで学びに行かなければならない。それでも、24年度には県内外から40人近い応募があったそうだ。

 情報科の免許を取らない学生に対しても、ICT活用の理論と実践を体系的に学ぶカリキュラムを構築した。大学での4年間を通じて、ICTの基本的な活用スキルから、さまざまな校種・教科での効果的な利活用までを身に付ける。

 カリキュラムの中でも目を引くのは、附属学校園にICTの支援をする学生を派遣する取り組みだ。大学で一定の理論を学んだ学生が、教育実習などの実践に出る前に、ICTの利活用を実践的に学べる場でもあり、大学に附属学校園が隣接しているので学生の行き来がしやすい山梨大学ならではのユニークな活動だ。

 推進室のメンバーの一人である三井一希准教授は「学部の授業でも、学校現場からの声を受けて、学校で使われているあらゆるICT環境に対応できるようにしている。これによって、大学で使っているICT環境と教育実習先の学校のICT環境を近づけられるといったメリットがある。教科教育法で行われている模擬授業でも、ICTを活用した指導を前提にしたものが増え、学生も1人1台を想定した授業デザインを意識するようになっている」と話す。

異なる校種の教員が相互に学び合う

 こうした推進室の取り組みは、学校現場にも変化をもたらしているようだ。

 推進室では県内の教員向けに情報教育やICT利活用のフォーラム、研修会を開いている。そこでは小学校、中学校、高校、特別支援学校の教員が一つの会場に集まり、異なる校種の実践報告を聞き合って協議することを重視している。

 取り組みの開始当初こそ、小中学校の教員が多かったそうだが、最近は高校や特別支援学校の教員が目に見えて増えてきたという。

 三井准教授は「高校の先生方の意識も確実に高まってきている。小学校、中学校、高校の教員が一緒に研修し、ディスカッションすることを通じて、お互いに学ぶことが多い」と、異なる校種の教員が協働して情報教育について考える効果を実感しているという。

 県立高校の1人1台環境は、生徒が各自で端末を購入するBYOD(Bring Your Own Device)での導入だったこともあり、どうしてもGIGAスクール構想の対象だった小中学校と異なり、端末の利活用に対する教員間の温度差が課題になっていた。

 しかし、推進室がフォーラムや研修会を活発に開いたり、文部科学省の委託でオンライン研修動画コンテンツを作成したりしていること、推進室の教員が学校現場に頻繁に足を運び、学校現場と同じ視点で授業づくりを支援する取り組みなどが、徐々に高校現場にも浸透し、波及効果が生まれてきた。

 大久保指導監は「高校の教員が中学校の具体的な授業の様子を知って、こういうICT環境で学んだ子どもたちが高校に入ってくるのだとイメージすることができる。大きな刺激を受けていることは間違いない」と強調する。

 相互に接続する校種間の系統性を意識した教員の情報活用能力の向上は、開発を進めている「やまなしメソッド」とも通底する。

 長谷川教授は「『やまなしメソッド』では、小学校、中学校、高校、特別支援教育、さらには大学までの系統性を大事にしたい。今も研究を進めているが、最終的には小学校から大学まで共通性を持たせた指導法として確立させたい」と展望を描く。

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