現在、世界の教育界にとって最大の課題は、AIをどう授業に使っていくかである。韓国はIT先進国と言われたが、AIの面でも先に行っている。『Asia News Network』は2024年5月15日付の記事で、「韓国政府は公立学校でAIを駆使する教育と学習を開始するために、デジタル教科書開発に963億ウォン(約103億円)を投入すると発表した」と報じた(「South Korea to inject $70m into AI-powered public education」)。
日本ではやっと公立学校にタブレットの導入が終わった段階だが、韓国は数歩前を進んでいる。100億円以上の資金が「デジタル教科書の導入に備えて、全国6000の小学校と中学校、高校の回線速度やネットワークの構築に使われる。25年に対象の学校は、1万2000校にまで拡大される」。さらに1200人の「デジタル・チューター」の導入と、テクニカル・サポート・センターの設立で、教師の負担を軽減する計画だ。
世界銀行は24年10月30日に、同行のブログに「Teachers are leading an AI revolution in Korea classrooms (韓国では教師がクラスのAI革命を主導)」と題する記事を掲載している。「韓国はAIを活用して、教育の質を高めようとしている。教師が主導し、AIを活用することで、新しいダイナミックなクラスを作り出そうとしている。この改革は単に学習効果を高めるだけでなく、厳しい競争、児童生徒数の減少、教師の需要の増加という問題に対処することを意味している」と、韓国の状況を説明している。
韓国教育部は「Classroom Revolution led by Teachers with AI―Digital Transformation of Education」と題する報告書を発表している。教育部のAI戦略の中心は「AIデジタル教科書」の作成であるが、さらに「子どもの個別ニーズにあった学習体験の提供」「子どもの成績のリアルタイムでの収集と分析、継続的なフィードバック」「子どもの個別ニーズに合わせてコンテンツをカスタマイズし、教材の学習ペースと難易度を調整」「フィードバックを通じて、より効果的で的を絞った指導を行う」ことが目的に掲げられている。
こうした方針に基づき、教育部は24年8月7日と8日に「Digital Era Innovation Shared on the Theme of “Classroom Revolution Led by Teachers: A Grand Journey」と題するワークショップを開催し、教師に実際の体験をさせている。
ユネスコは今年1月3日、韓国の意欲的な試みを客観的に評価する興味深いレポート(「AI textbooks to arrive in Korea―the good, the bad, and the ugly」)を出した。韓国では今年3月から実際に、AIデジタル教科書が導入されることが決まっている。
昨年12月にユネスコ主催の「教育の未来に関する国際フォーラム」が開催され、出席した教育部副長官は「新しいデジタル教科書は各生徒の学力レベルと学習スピードに合わせた内容を作成することで、個別化された学習を支援するのが目的だ。教師はデータに基づく判断ができ、よりカスタマイズされた授業計画を立てることができる」と目的を語っている。
ユネスコは「韓国のデジタル教科書は、キャプション画面、字幕、多言語翻訳機能を備え、特別支援の生徒や教師、多文化的背景を持つ生徒にニーズに応えている」と高い評価を与えている。
さらに「韓国の教育部は、より個人化された学習経験を提供することで、学校外の個別指導センターに通い始めた生徒とそうでない生徒間の、教室内での学力格差を埋める支援にも熱心に取り組んでいる。生徒が新しいAIおよびデジタル・リテラシー・スキルを習得し、教育を適切で持続的なものにする支援に熱心だ」と、韓国の取り組み姿勢を好意的に伝えている。これが「the good」な面である。
「the bad」な面としては、「こうした取り組みは、教育におけるAIの役割に慎重な意見に反する」と指摘している。「多くの人は、プライバシー、セキュリティー、福祉に与えるリスクを指摘し、AIデジタル教科書の導入にブレーキをかけることを求めている」と、世界の動向を説明。「特に教師が変革に備える十分な時間のない状況のまま、AIテクノロジーを導入するリスクが存在する。AIデジタル教科書に移るためには、教師が学習のファシリテーターになる必要があり、強力なレベルのデジタルスキルを持つ必要がある」と、韓国のやや性急な導入決定に疑問を呈している。
そして「the ugly」な面として、韓国国内の法律上の問題を指摘している。「驚くべきことに、韓国議会はAIデジタル教科書をコアの教材ではなく、補助的な教材とする法律を成立させた。その結果、AIデジタル教科書は必須ではなく、校長の裁量で使われる」と、韓国の教育界で混乱が生じる可能性を指摘している。
さらに「学校でのデジタル・トランスフォーメーションを実現することなどは、教師にとって容易ではない。学校の指導者が、このような大規模なデジタル革命を実施するには、明確なルールが必要だ」と、学校での本格的なAI革命を行うための条件を指摘している。
改革を行うのは難しい。それはリスクをどう評価するかに掛かっている。筆者の経験から言えば、米国や韓国は「まずやってみる。間違ったら修正すれば良い」と考える傾向が強い。これに対して日本は「絶対に間違いを犯してはならない」と、100%の安全性を確認しないと動かない。どちらが進歩に取って必要なのかは、それぞれの価値観で異なるだろう。韓国の実験がどうなるか、注意して見ておく必要がある。