米国で第2次トランプ政権がスタートし、多くの政策の転換が起こっている。政策転換の中でも注目されるのが、反DEIの動きだ。DEIとはDiversity, Equity, and Inclusionの略で、多様性、公正性、社会的包摂のことをいう。ドナルド・トランプ大統領は、連邦政府のDEIを終了する大統領令に署名し、多様性事業スタッフを有給休暇扱いにすることを命じた。「性別は男女の2つだけ」と、性的少数者を否定するような発言もなされている。アマゾン、マクドナルド、ウォルマートといった米国企業でも、多様性に配慮した取り組みの中止や縮小を発表している。
DEIの動きは、人権尊重や差別撤廃の観点から当然必要なことであるように見える。なのになぜ、これほど激しく反DEIの動きが生じているのか。これは、ここ数年のDEI関連の取り組みへの不満が、一部の人に強く生じていることによると考えられる。
米国ではこれまで、大学の入学や企業の雇用に関して、女性やマイノリティーが優先される「アファーマティブ・アクション」が採られてきた。しかし、アファーマティブ・アクションによって大学に合格できなくなったとした白人男性による訴訟などが繰り返され、2023年6月には連邦最高裁判所がアファーマティブ・アクションを憲法違反と判断するに至っている。DEIは特定の人々を過度に優遇する逆差別の取り組みと考えられるようになっている。
日本においても反DEIの動きが進むかというと、そう考えにくい。日本ではこれまで、DEIの取り組みがあまり進んでいるとは言い難いからだ。
日本においてDEIに関する取り組みは、「多文化共生」「インクルーシブ教育」「ジェンダー平等」「障害者支援」「経済格差への対応」といったこととしてなされてきた。しかしながら、諸外国と比較すると、日本の取り組みは進んでいるとは言い難い。
性別に関していえば、24年のジェンダー・ギャップ指数で日本は146カ国中118位と先進国最低水準である(米国は43位)。特に政治と経済の分野で、男女間の格差が大きい。性の多様性に関しては、23年にLGBTQ理解増進法が施行されたものの、多くの先進国で認められている同性婚が認められていないことなど、他国と比較した遅れが目立つ。
障害者差別に関しては、22年に国連から日本政府にインクルーシブ教育の権利を保障するよう勧告がなされていることをはじめ、日本では障害者の社会的包摂に課題が見られる。
経済格差に関しては、日本における相対的貧困率は21年度調査で15.4%であり、米国(22年調査で15.1%)よりも低く、先進国最悪である。経済の低迷、非正規雇用の増加などが背景にあると考えられる。
外国人については、日本では国内居住者のうちの外国人の割合が他の先進国と比較して少なく、そもそも外国人の受け入れが進んでいないという問題がある。また、外国人であることを理由に入居を断られることがある、日本語学習の支援体制が弱いなどの課題もある。
以上のように、日本におけるDEIの取り組みは諸外国より弱く、DEIの行き過ぎより不足を心配しなければならない状況である。
米国などの反DEIの動きに影響を受け、日本の学校教育に関して、反DEIの方向での議論が出てくることが考えられる。こうした議論に対しては、日本でDEIの動きがまだ弱いことを踏まえ、慎重に対応することが必要だ。
すなわち、反DEIといっても、多様性や社会的包摂といった考え方が否定されているわけではないことについて、誤解を避けることが求められる。反DEIは、DEIの取り組みが過度になり逆差別を生じさせることを批判しているのであって、DEIの考え方自体が否定されているわけではない。DEIの是非のような粗い議論をするのでなく、具体的な問題についてどうすべきかを冷静に論じることが必要だ。
インクルーシブ教育の推進や外国にルーツのある児童生徒への支援は、学校教育の課題としてもっと強力に進められる必要があるだろう。そして、性に関する差別の撤廃や経済格差の緩和などの広く社会全体に関わる問題についても、学校での積極的な取り組みが求められる。
他方、今後はこれまで以上に、DEIの推進が多数者に対する逆差別にならないように配慮することが必要となるだろう。これまでも、大学の理系学部の入試で女子を優遇する措置が男子学生の入学機会を奪うのではないかという議論はある。今後も、国や自治体の財政が苦しい中で、例えば特別支援教育や外国にルーツのある子どもへの支援に予算を使うことで、他の子どもが不利益を被るといった話が出る恐れもある。
DEIの推進においては、抽象的な理念レベルの議論だけでなく、多数者と少数者の両方の視点からの具体的な議論に基づくことが求められる。