新カリキュラムを巡って「数学戦争」が勃発 ニューヨーク

新カリキュラムを巡って「数学戦争」が勃発 ニューヨーク
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低下が続く生徒の数学の成績

 米国では生徒の数学能力の低下が深刻な問題になっている。全米教育統計センター(NCES)は毎年、「全米学力調査(NAEP)」を実施し、26大都市地域の4年生と8年生を代表サンプルとして調査を行っている。調査目的は「子どもの算数・数学に関する知識とスキル、実社会の文脈で問題を解決する能力を測定すること」である。

 2024年の調査結果では、8年生の平均スコアは19年と比べ8ポイント低下した。教育ニュースブログの『Education Next』の2月3日に、「Ugly NAEP Results Are a Reminder That Schools Have Lost the Plot (NAEPのひどい結果は、学校が計画を見失っていることを思い出させる)」と題する分析記事を掲載している。「19年から24年の期間で、テネシー州を除く全ての州の8年生の数学の点数が下がった。生徒の数学の点数は10年以上にわたって低下している。最も成績の良い生徒と最も成績の悪い生徒の格差は、歴史的な水準に達している。これらの結果は、米国の教育システムに対する警報だ」と調査結果の意味を説明している。

 その原因として数学の“教育方法”に問題があったと指摘し、対策として「学校ができることと、できないことを明確にして、生徒と教師に明確なガイダンスを与え、学校での秩序を維持し、不正行為に対処し、厳格さを奨励し、高い期待を育むことだ」と強調している。

 ニューヨーク市は昨年6月、生徒の数学力を高める目的で「NYC Solves」というサイトを立ち上げた。同市は、その目的を「全ての生徒が数学に熟練するためにサイトを立ち上げた。これは、市の公立学校の全生徒がやりがいのあるカリキュラムと長期的な経済的安定への道を歩むのに、絶対必要なステップだ。暗記重視の確立された手順を教える数学から離れ、発見し、意味を理解し、大きなアイデアと結び付いた数学教育に向けた支援をする」と説明している。分かりにくい表現だが、言い換えれば、公式など決まった計算方法などを教えるのではなく、“現実の状況”に沿って数学を教えるという意味である。

 『New York Post』は、この新カリキュラムを「自由形式での討論を強調することで、生徒が『数学への恐怖心』を克服することを目的とした数学カリキュラム」と説明している(24年6月24日、「NYC launching new learning tool to help kids conquer ‘fear of math’ in public schools (ニューヨーク市、公立学校で子どもたちの「数学恐怖症」克服を支援する新しい学習ツールを導入)」。ある公立学校の校長は「生徒は早い段階で数学に対する恐怖心を抱くようになる。さらに悪いことに、自分は数学とは関係ないと思うようになる。私たちは、こうした状況を変える必要がある」と、現場の状況を語っている。

異なる2つの数学教授法の対立

 9月に始まった新学期から、「Illustrative Mathematics」と呼ばれる、新しく標準化されたツールが導入された。このツールを使って、生徒は抽象的な方程式や公式を学ぶのではなく、実際の生活に基づいた問題を討論することで、数学の概念を身に付ける。この新カリキュラム導入のために、市は5年間で3200万ドル(約50億円)の資金を投入する。

 だが、早くもその新カリキュラムは、教育現場に混乱をもたらしているとの声も上がっている。『EducationWeek』は2月7日付の記事「New York City’s New Curriculum Gets Caught in the “Math War“(ニューヨーク市の新カリキュラムは「数学戦争」に巻き込まれている)」で、その状況を報じている。同紙は「ニューヨーク市の数学の教育方法を変更する試みは、早くもいくつかの障害に直面している。それは、どうしたら生徒が最善の形で数学を学ぶことができるかを巡って、長年行われてきた科学的、哲学的な問題の核心に切り込むような議論を生み出している」と指摘している。

 新カリキュラムでは、生徒は「問題ベースのアプローチ(problem-based approach)」を優先するプログラムを使って「代数1」を学ぶことになる。生徒は現実世界の問題の議論を通して、数学の概念を学ぶ。

 現場の教師から「カリキュラムが早く進み過ぎて、理解できない生徒を支援する余裕がない。能力のレベルの違う生徒に対して個別に対応する柔軟性に欠ける」という声が出てきた。こうした要求に応じるため、市は2月5日に、教師がもっと柔軟性を持てるようにカリキュラムに変更を加えた。これで教師は進むペースを落とせるようになった。だが、こうした修正はマイナーなもので、現場から依然として「生徒にあまりにも多くの質問が出され、生徒が情報を処理できない。教師も生徒が方程式を解くのに必要なスキルを練習させる余裕がない」との悲鳴が上がっている。

 「数学戦争」は教授法の基本的な違いから生じている。一つの方法は、どう解いたらいいか分からない複雑な問題を生徒に与え、生徒は他の生徒や教師の支援を得て、問題を解く。そうした過程を通して、生徒は数学のより深い概念を理解できるようになるというものだ。

 別の方法は、生徒に明確な指示を与える。教師がモデル化し、生徒がそれに従って演習する。それから、初めて数学の概念を使って自分自身の問題を解決する。この方法は「I do, we do, you do」方式と呼ばれる。この方法で、生徒はより高次の問題に取り組む基本的なスキルを学ぶことができるというものである。

 同記事は、両者の違いを「概念的な理解(conceptual understanding)」と「手続きの流ちょうさ(procedural fluency」で説明している。言い換えれば、日常的な事理を通して数学の概念を理解していくのか、最初に数学的概念を教えて、それを具体的に使っていくのか、という違いである。問題は、どちらの方法が生徒の数学能力をより高めることができるかであるが、いずれも一長一短がある、というのが答えのようだ。ただ、結果は別にして、こうした試みを果敢に行うのは評価できる。生徒の能力は多様であり、一つの方法が万能ではないということなのだろう。試行錯誤をすることは貴重である。

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