タイは急速な経済発展を遂げた。2001年のGDPは1203億ドルだったが、23年には5150億ドルと、実に4.3倍も増えている。ASEANの中では、インドネシアに続く経済規模を誇るまでになっている。だが急速な経済成長はさまざまなひずみみをもたらす。現在のタイの最大の問題は、貧富の格差拡大である。
まず都市部と農村部の格差拡大が、深刻な問題を引き起こしている。さらに富裕層1%が全資産の67%を所有し、50%の低所得層が持つ資産はわずか1.7%に過ぎない。伝統的な社会構造が固定化されたまま、近代化が進んだ結果である。
最大のひずみの一つが教育問題だ。タイの教育界は短期的な問題と中長期的な問題に直面している。短期的な問題は「不登校」の増大である。
『バンコク・ポスト』は今年1月1日、「Thailand’s Education Ministry ramps up zero dropout policy (タイ教育省は不登校ゼロ政策を強化)」と題する記事を掲載した。教育省の調査では、24年の不登校は102万5514人に上る。内訳はタイ人の子どもが76万7304人、残りが外国人の子どもである。タイ国内には他の東南アジアの国や少数民族が多く存在しており、そうした子どもたちが言葉や文化の違いから不登校になっているケースが多い。
教育省は「不登校ゼロ政策(Zero Dropout Policy)」に取り組んでいる。教育大臣は、この政策を「教育の平等を促進する政策である」と説明している。同政策を実施しているのは、教育省の管轄下にある「Equitable Education Fund (EEF:平等な教育ファンド)」という組織である。同ファンドは、5年以内に100万人の不登校の児童生徒を学校に戻すことを、目標に設定している。
タイの不登校問題に関して、キム・ジョンスン・タイ・ユニセフ代表は『バンコク・ポスト』に次のように語っている(24年11月11日、「Thailand Zero Dropout Policy is an excellent beginning (素晴らしいスタートを切ったタイの不登校ゼロ政策)」。EEFとユニセフが共同で行った調査では、20年以降、貧困家庭の子どもを中心に出席率が一貫して低下していることが明らかになった。初等教育と後期中等教育の両方で不登校が増えており、12年間の義務教育を修了したのは全体の半数に過ぎないとの結果も出ている。
キム代表は「学校でかかる諸経費、交通費、制服、食事代など、経済的なコストが貧しい家庭にとって大きな負担となっている」と語っている。さらに多くの不登校は女性であり、伝統的な女性蔑視の問題も指摘している。キム代表は「多くの子どもたちは社会意識や個人的な感情問題など複数の要因で学校で学ぶのが難しく、不登校になっている」と指摘している。
22年の、OECDによる生徒の学習到達度調査(PISA)では、タイの15歳の20%が学校で孤独感を抱き、18%が排除されていると感じていた。多くの不登校生は、不登校になる前に心理的な要因から学業の低下を経験している。
キム代表は「タイの教育制度は学業成績を上げることを主眼としており、特権階級に利益をもたらしたが、それが社会的、経済的な不平等を拡大させた。多くの児童生徒は成績重視の現在の学校教育に疎外感を感じ、変化する社会で成功するためのスキルを与えてくれないと思っており、学習意欲を失っている」と、不登校問題の背後にある要因を指摘。教育省が始めた「不登校ゼロ政策」は子どもたちが直面する複雑な問題を認識しており、「子どもたちを学校に連れ戻す優れた出発点である」と、新しい試みを評価している。
同政策には、生徒一人一人に対応するサポート・システムや、授業の遅れを取り戻す「キャッチ・アップ・クラス」「メンター制度」、データに基づいた子どもの「カウンセリング制度」が導入されている。また、年齢に応じた教育の実施や、子どもの教育的、社会的、経済的なニーズを満たすための、省庁間の総合的な取り組みなども含まれている。
長期的な問題は「カリキュラム改革」である。23年9月13日に出されたThailand Development Research Instituteの報告「Making education keep up with change」は、タイのカリキュラムが時代遅れであり、刷新する必要があると指摘している。同報告は「タイの子どもたちが学校にいる時間は世界で最も長い。しかし教室での学習は、実際に現実世界で役に立っているのだろうか」と問題提起している。
OECDの2018年調査では、タイの15歳の52.7%が、学校で学んだ数学の知識を日々の問題解決に適用できないと答えている。そして44.5%が、科学の知識を使って自然現象を説明できないとしている。さらに「問題の核心は生徒の努力不足でもなく、政府の教育予算の不足でもなく、教育行政(education management)にある」と指摘している。
現在のタイの教育は01年に導入されたコア・カリキュラムに拘束され、新しい情勢に十分に対応できていないと批判されている。タイの教育は「記憶重視」「成績重視」で行われてきた。現在、教育で求められているのは、「分析的な思考(analytical thinking)」と「創造的思考(creative thinking)」である。しかしタイの教育行政には、そうした観点が欠けていると指摘されている。
カリキュラムの変革が進まない理由として、同報告は、一部の教師たちがカリキュラムの改訂は教科書出版社の利益のために行うものだと主張して、抵抗していることを挙げている。また政府内の有力者の一部は、カリキュラム改革を行うには教師の訓練が必要であり、新しい教科書を購入しなければならないので保護者に経済的な負担がかかると、経済的な理由から反対しているという。
同報告は「カリキュラム改革は、子どもの利益を最優先にして行われるべきである」「カリキュラム改革を担当する政府機関は、関係者の政治的、経済的な対立を調整すべきだ。少数の強力な個人によるトップダウンでの決定を回避し、全ての関係者に参加を促し、コンセンサスを形成する必要がある」と指摘している。
本記事では言及しないが、タイでは生徒が英語を話せない問題も指摘されている。どの国も似たような問題を抱えているようだ。