トランプ大統領の「教育省解体」 揺れる米国教育界

トランプ大統領の「教育省解体」 揺れる米国教育界
【協賛企画】
広 告

教育に関する大統領令の乱発

 トランプ政権が誕生して、2カ月がたつ。トランプ大統領の政策で米国だけでなく、世界中が揺れている。トランプ大統領は教育に関する大統領令を7本も出し、戦後作り上げられて来た「リベラルな教育制度」を根本的に変えようとしている。

 最初の教育に関する大統領令は、大統領就任当日の1月20日に出された「違法な差別を終わらせ、実力主義の機会を回復する大統領令」である。トランプ大統領の指摘する「違法な差別」とは、「DEI(多様性、平等性、包括性)」を意味する。保守派は長い間、ジェンダーや人種に基づいて雇用や昇進を行うのは、「個人の能力」を無視する違法な差別であると主張してきた。

 この大統領令によって連邦政府機関で「DEI」に基づく採用と昇進は禁止され、公立学校で「DEI」を教えることも禁止されることになる。これに反した公立学校への資金援助は中止される。

 トランプ大統領の攻撃の矛先は「DEI」にとどまらず、トランスジェンダーにも向けられている。トランプ大統領は施政方針演説で「人類には男性と女性の2つの性しかない」と語り、学校でトランスジェンダーの女子トイレ使用や女性スポーツへの参加を禁止している。こうした考えは保守派のキリスト教徒であるエバンジェリカルの主張を受け入れたものである。

 2番目の教育に関する大統領令は「家族の教育的自由と機会を拡大する大統領令」である。「教育の権利」は保護者が持つと規定している。3番目は「K-12(小学校から高校)で行われる過激な教育を終わらせる大統領令」。リベラルな内容の教育は過激な教育として排除される。

 最も重要な大統領令は、3月20日に出された「親、州、コミュニティーの権限を強化することで教育効果を改善する大統領令」だ。この大統領令の中で、トランプ大統領は教育長官に「教育省の解体」を指示している。日本は明治以降、文部省が主導して中央集権的な教育制度を作り上げてきた。日本で文科省を廃止するという議論が出てきたら、大騒動になるだろう。

 同大統領令は「連邦政府の教育行政は生徒と保護者、教師を失望させてきた」と、従来の連邦政府(具体的には民主党政権)を批判している。具体的にはカーター大統領が1979年に教育省を設立して以来、3兆ドル以上の連邦資金が教育に投入されてきたが、生徒の成績を向上させることはなかったと指摘している。13歳の数学能力と読解力は最低に落ち込んでおり、「教育省のやったことは、学校に規則や事務処理の負担をかけただけであった」と、教育の非効率の原因は教育省にあったと指摘している。

 さらに大統領令には「教育省を閉鎖し、教育を本来あるべき州に戻す」と書いている。さらに保護者に「普遍的な学校選択」の権利を与えるべきだとしている。公立学校、私立学校、チャーター・スクール、宗教学校、ホームスクールなど、保護者が自由に学校選択を行えるようにすると書かれている。その背景には、公立学校での礼拝や聖書研究の禁止に不満を抱くエバンジェリカルの存在がある。

 大統領令が、学校選択にあえて宗教学校を加えたのは、憲法上の政教分離の規定に基づき宗教学校への資金援助は禁止されているが、同大統領令によって宗教学校への資金援助が再開される可能性があるからだ。これもエバンジェリカルの要求に応じたものである。さらに「学校選択の自由」を理由に、バウチャー制度の導入を狙ったものと思われる。

教育界から反対の声が上がる

 では教育省の解体に関して、米国のメディアはどう反応しているのか。『USA Today』は3月22日に、「Trump ordered the close of Department of Education. What does it mean for PA, schools and students (トランプ大統領、教育省の閉鎖を命じる。これは両親、学校、生徒にとってどんな意味があるのか)」と題する記事を掲載した。

 同紙は「連邦政府の教育機関は教室で起こる事柄に関してほとんど影響力を持っておらず、カリキュラムの決定や学業評価の基準にも関わっていない。連邦資金は公立学校の主な資金源でもなく、教師の資格を決定する権限もない」と現状を説明し、教育省の権限が大幅に削減されても、教育現場への影響は“限定的”であると指摘している。現在、カリキュラムの決定や教師の採用、報酬などを決定するのは、州政府と地区の教育委員会である。

 トランプ政権の最大の目標は財政支出削減にある。それを担当する政府効率省(Department of Government Efficiency)を設置し、大胆な連邦職員の削減と歳出削減を進めている。教育省は、その格好のターゲットになっており、すでに半数の職員が解雇されている。連邦資金に関して、ペンシルベニア州への政府資金は毎年16憶ドルであり、そのうちの7億6200万ドルは低所得層の多い学区に割り当てられている。公立学校の予算は、地方税から53%、州政府の予算から36%、連邦政府から11%であり、仮に連邦政府からの資金援助が打ち切られても、公立学校は壊滅的な影響を受けるわけではない。

 こうしたトランプ政権の政策に対して、教育者や保護者からの反発が出ている。『NEA Today』紙は3月20日に、「Educators, Parents “Walk-in” to Protect Public Schools (教育者、保護者が公立学校を守るための行動を起こした)」と題する記事を掲載して、各地で反対行動が起こっていると報じた。

 同記事は「ホワイトハウスは公立学校を不安定化させ、最も弱い立場にある子どもを標的にするという無謀で破壊的な指令を出した」と述べている。さらに全米教育協会のベッキー・プリングル会長は「連邦議員が教育省の実施する重要なプログラムを廃止し、障害のある生徒、英語学習者、貧しい生徒のための重要な資金を削減し、高等教育とキャリア・技能訓練の機会を最も必要としている生徒や家族から奪うのを傍観できない」と反対している。

 米国の教育界は保守派とリベラル派の「政治闘争の場」となっている。今回の教育省解体論は、そうした背景から出てきている。実質的な影響よりも、イデオロギー的、政治的な思惑が先行していると思われる。

広 告
広 告