近年、文部科学省も充実化に取り組んでいるアントレプレナーシップ教育。最近、その教育プロセスにおいて「失敗」がつきものである点が注目されている。
日本の生徒は失敗に対する恐れを感じている割合が、先進国平均を大きく上回る(PISA2018)。これまでの学校教育で、効率的に一つの正解にたどり着くことが重視されてきたことと、この調査結果は無関係ではないだろう。
アントレプレナーシップ教育では、失敗を肯定的に捉える。例えば、昨年11月の文科省「2024(令和6)年度全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム 特別講演」は「アントレプレナーシップと失敗学」をテーマに開催された。講義を行ったバブソン大学准教授・山川恭弘先生より起業家的思考と行動規範について説明があり、「失敗は起こるものだし、認めよう。むしろ推奨しよう」という考え方が共有された。
また、私は19年より東京学芸大学大学院で「アントレプレナーシップ論」の授業を担当しており、「効果的な失敗」には丸々1コマを費やしている。
アントレプレナーシップ教育は、小中学校・高校にも着実に広がっている。昨年2月に文科省が主催した「2024年度全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム」には、大学生・大学院生・高等専門学校生に加え、高校生も参加可能だった。
先日最終審査会が行われたリクルート主催「高校生Ring AWARD 2024」も、そのような動向の一つと言える。取り組む高校生は年々増加しており、4回目となる今回は全国164校3万2244人のエントリーがあった。
「高校生Ring」は、リクルートの社内新規事業提案制度のノウハウを基に、高校生にアントレプレナーシップを身に付けるための学びを届ける参加型教育プログラムだ。リクルートではアントレプレナーシップを「自ら問いを立て行動し、変化を起こす力」と定義し、プログラムを通じて、自分への理解を深め、興味があること、やりたいことを見つけるきっかけとなることを目指し、21年より実施している。
最終報告会では、一次、二次、三次審査を経てファイナリストとなった次の5組がプランの発表を行った。
その中でグランプリを受賞したのは、佐久長聖高校の天気予報アプリのプランだ。発案の基になっているのは、「今日は暖かいだろうと上着を持って行かず、寒い思いをした」「どのくらいの気圧で自分の片頭痛が起こるのか分からず、急な片頭痛に襲われた」「自分の花粉症がどのくらいの飛散状況で発症するのか分からず、薬の調節に困った」など、自分たちの経験。そこから、片頭痛や花粉症の情報、自身の感じ方の蓄積に基づく「あなた温度」を表示し、服装なども提案してくれるアプリを考えたという。
これまでエリア単位の天気予報はあったが、片頭痛や花粉症などの課題をもつ個人に合わせて最適化するという発想は新しい。天気予報アプリは頻繁にチェックするという特性から、広告収入にもつながりやすく、ビジネス的にも可能性を感じる。
準グランプリには、周防大島高校の発達障がい者向け生活サポートアプリのプランが選ばれた。音声認識や生成AIを活用し、発達障がいの特性により苦手意識のある指示整理や物忘れ、感情コントロールをサポートするサービスだ。ADHDである自身の経験から、マルチタスクの内容をシングルタスクに変換することや、AIによるメンタルケアなどの機能を考えたという。発表の中で呼び掛けられた「短所を長所に」「誰もが主役になれる」といいう言葉が非常に印象的で、多様性を重視する社会にマッチしていると感じた。(関連記事:「ADHD支援アプリ、高校生が提案 当事者視点で困り感直視」)
この受賞者の学校のある周防大島は、ハワイとの交流の歴史から「瀬戸内のハワイ」と呼ばれ、近年は起業家養成の島としても知られている。私はこれまでに2度、同島で小中学生対象に開催された、みかんを使った「起業合宿」の様子を見学したことがある。子どもたちは瀬戸内海を一望できる山でみかんを収穫し、それを使ったビジネスについて考え、収益計算や広告施策にも取り組んでいた。そんなアントレプレナーシップの土壌のある同島の高校生から、このような提案が出てきたことをうれしく思った。
ファイナリストにスポットライトを当てて紹介したが、賞を獲得することだけが「高校生Ring」の成果だとは思わない。このプログラムに参加した3万2244人、それぞれに大きな学びと成長があっただろう。
実際に「高校生Ring」に取り組む高校の先生方からは、生徒の様子について「自由に発想することを楽しんでいた」「必然的に社会との関わりが増え自分の世界を広げた」「自己肯定感を大きく引き上げている」などの声が上がっている。
身近な疑問や困り事からアイデアを出し、それをビジネスの形にしていくプロセスには、数多くの失敗があったに違いない。その失敗を恥ずかしいことと思わず「違う方法でやってみよう」と前向きに捉えることが、次のチャレンジを生み、自身の成長にもつながる。報告会で生き生きと自らのプランを語る高校生たちの姿を見て、失敗を含めたアントレプレナーシップ教育の重要性を改めて実感した。