「教室に入れることがうれしい」 鎌倉市で学びの多様化学校が開校

「教室に入れることがうれしい」 鎌倉市で学びの多様化学校が開校
由比ガ浜中学校への期待を語る高橋教育長(左)と保護者や生徒たち=撮影:松井聡美
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 教室に入れること、授業を受けられることがうれしい――。4月12日、神奈川県内では2校目の「学びの多様化学校」となる、鎌倉市立由比ガ浜中学校の開校セレモニーが行われた。同市立御成中学校の分校として設置され、中学1年生から3年生まで計31人が転入学する。すでに7日からプレ登校がスタートしており、生徒たちは「まだ数日しか行っていないけれども、毎日行きたい」「ここに来るのが楽しみ」と笑顔で学校生活を語った。

「今、学校に通っている」という実感を、子どもたちに持ってほしい

 全国の小中学校の不登校児童生徒数は過去最多の約34万人に上っている。文部科学省では不登校の児童生徒を受け入れる「学びの多様化学校」の設置を進めており、今年度は全国で新たに23校が開校する予定だ。

 由比ガ浜中学校はそのうちの一校だ。鎌倉市では、2022年度に学びの多様化学校を設置する方針を決め、23年4月に同市教育委員会内に「多様な学びの場づくり担当課」を設置し、プロジェクトを進めてきた。

 この日の開校セレモニーには、新入生や転入生、保護者などの関係者が参加し、さまざまな立場の人の思いが溢れた。

 「個人的にうれしいと思ったのは、『教室に入れる』ということ。踏み出せなくて入れなかった教室に入れて、クラスメートと話せて、授業を受けられることがとてもうれしい」

 生徒代表としてあいさつをした3年生の生徒は、プレ登校が始まってからの日々について、こう語った。

 また、ある保護者は「プレ登校がスタートして、本当に久しぶりに娘の笑顔を見た」とほっとした表情を浮かべる。不登校になって以来、親子ともに苦しい時期が続いた。会話もなくなり、子どもは昼夜逆転の生活。そんな時に、由比ガ浜中ができることを知った。

 「最初は子どもよりも私の方が飛びついた。給食をどこで食べてもいい、制服もない。うちの子にぴったりだと思った」

 当初は乗り気ではなかった子どもも、徐々に「外に出たい。人と関わりたい」と話すようになった。「視野を広げていってくれたら」と思いを込める。

 御成中の小日山理香校長は、自分のクラスに入りづらい子が過ごせる「校内フリースペース」に通う生徒と日々接する中で、感じていたことがあった。

 「子どもは教室に行きたい思いを持っている」

 分校である由比ガ浜中に同校から転入する生徒もいる。「学校という箱は大人がつくったけれども、これから子どもたちが学校の中に入ってどうなっていくのかを楽しみにしている」とエールを送る。

 由比ガ浜中の初代の分校長に就任した岩田明分校長は、教職員らと共に「とにかく子どもたちが安心できる場にしたい」と準備を重ねてきた。プレ登校からまだ数日ではあるが、ほとんどの生徒が登校してきている。

 「子どもたちの学校に通いたいという思いを実現することが、どれだけ尊いものか。少しでも『今、学校に通っているんだな』という実感を、子どもたちに持ってほしい」

開校への思いなどが座談会で語られた=撮影:松井聡美
開校への思いなどが座談会で語られた=撮影:松井聡美

学校行事なども子どもたちがつくっていく

 由比ガ浜中のスクールビジョンは「自分らしく学び、自分らしく成長できる学校」だ。このビジョンを実現するために、さまざまな工夫がなされている。

 まず、生徒の安心を育むために、生徒31人に対し、各教科の教員やスクールカウンセラーなど約10人のスタッフが支援にあたる。縦割りのホームグループを3つ作り、各グループには3人程度の担当スタッフが付く。生徒は自分に合ったスタッフを選ぶことができ、日々の相談などができる。

 また、年間授業時数は770時間に削減。登校は午前9時30分までと遅めに設定し、ゆとりを持たせている。基本的には午前中2時間は習熟度別や学年別、個別など、多様なスタイルで行う授業を、午後の2時間は主に同校独自の新教科「ULTLA」や、音楽・美術・技術家庭科の3教科から学びたい教科を学ぶ「CTime」で探究的な学びを進めていく。

 特に総合的な学習の時間は教科「ULTLA」に設定し、授業時数を140時間に増やす。鎌倉の豊富な教育資源を最大限活用しながら、体験的・教科横断的に学んでいく計画だ。

 国語、数学、英語の3教科については、それぞれの学習状況に応じて計画を立て、ICTを活用して学ぶ毎日20分の「EL(e-learning)」を設定しており、学び直しや発展学習に取り組める。今のところ定期テストは実施しない予定だという。

 また、「大人が提供する学びの場から、自分たちでつくり上げていく学びの場」を掲げており、岩田分校長は「校歌もない、行事もない。そういうことも子どもたち中心でつくり上げていきたい」と話す。生徒の一人は「まず、みんなのことをあだ名で呼びたい」と、やってみたいことを挙げていた。

 教員やスクールカウンセラーが定期的に保護者と面談を行ったり、懇談会を開催したりするなど、孤立しがちな不登校の保護者へのサポートも充実させる。

 また、新設された校舎には、さまざまな学びに対応できる学習環境が整備された。特に2階にはリラックススペースでもあり、学習スペースでもある「つどいスペース」があり、早速、生徒からも「柔らかい雰囲気がいい。リラックスできる」と好評を得ている。

連携協定を結んでいるIKEA横浜と共同で空間デザインが行われた「つどいスペース」=撮影:松井聡美
連携協定を結んでいるIKEA横浜と共同で空間デザインが行われた「つどいスペース」=撮影:松井聡美

「市内のどの学校も多様な学びの場を実現していく」

 開校セレモニーで鎌倉市の松尾崇市長は「由比ガ浜中ができて良かったでは終われない。まだまだ学校に通えていない子どもたちがいる。誰一人取り残さず、寄り添っていくために、今日が本当のスタートだ」と語った。

 全国同様、鎌倉市でも不登校児童生徒数は増加傾向にあり、13年に104人だった小中学生の不登校児童生徒数は、22年度には359人と、9年で3.45倍に増加している。

 そうした状況もあり、24年の夏に開催された由比ガ浜中の説明会には、子ども・保護者を合わせて200人以上が参加し、その注目度やニーズの高さがうかがえた。

 その後、教育委員会が行う面談や、学校体験、教育相談には45人が参加。本人にとって由比ガ浜中への転入学が最適な選択肢であるのかを慎重に判断するため、たくさんの対話やプロセスを重ね、最終的には、31人が転入学を自己決定した。

 鎌倉市の高橋洋平教育長は不登校の子どもたちについて、「家から出られない子もいれば、校内フリースペースには通えるという子、学びの多様化学校なら輝ける子など、さまざまなレイヤーがある」と指摘。

 「説明会や面談など、由比ガ浜中をつくるまでのプロセスの中で、そうしたさまざまなレイヤーの子どもたちを把握することができ、見えてきたこともある。それぞれの子どもたちの困り感に合った支援や学びを個別最適な形で案内し、連続性のあるインクルーシブな教育システムの構築を目指していく」と決意を語る。

 また、鎌倉市はこの4月に新たな教育大綱を策定した。目指す姿は「“炭火”のごとく誰もが学びの火を灯し続け、生涯にわたり心豊かに生きられるまち鎌倉」 。そして、その行動指針が「学習者中心の学び」だ。

 「由比ガ浜中が全てではないが、学習者中心の学びを実現する上では、根幹の学びの場の一つだ」と高橋教育長は強調する。

 そして「この場所が正解になるのではなく、市内のどの学校も多様な学びの場を実現し、多様な子どもたちを包括していかなければならない。それは、次期学習指導要領の柔軟な教育課程の編成にもつながっていくと思っている」と力を込める。

 【訂正】【「校内フリースクール」とあったのを「校内フリースペース」に修正しました。

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