初等中等教育における教育課程の基準、つまり学習指導要領等の改訂に関する文科相からの諮問文では、審議すべき事項の前に顕在化している3つの課題が記されている。今回はそのうちの3点目、デジタル学習基盤の効果的な活用について考えたい。
中教審のデジタル学習基盤特別委員会が2024年11月にまとめた「デジタル学習基盤に係る現状と課題の整理」は、デジタル学習基盤の意義について「1人1台端末やクラウド環境等の情報機器・ネットワーク・ソフトウエアなどの要素で構成される一連の学習基盤であり、多様で大量の情報を扱ったり、時間や空間を問わずに情報をやり取りしたり、思考の過程や結果を共有したりするなど、子供の学習活動や教師の授業・校務における情報活用の格段の充実を通じて、個別最適な学びと協働的な学びの一体的充実が可能となり、多様な子供たちにとって包摂的で、主体的・対話的で深い学びの一層の充実に資する学習環境を教師にとっても持続可能な形で実現するもの」と整理している。
すなわち、デジタル学習基盤は、主体的・対話的で深い学びの実現による資質・能力の育成を企図した現行学習指導要領や、個別最適な学びと協働的な学びにより多様性の公正な包摂と自立した学習者の育成を目指す令和答申など「これまでの取組と方向性を異にするものではなく、これまでの土台の上に、さらに、情報技術の特性・強みをもって、学習活動における子供たちの環境をより豊かにし、また、全ての子供たちにその環境をより容易に提供できるという点で大きな意味をもつ」。従って「こうした環境は、教師の意図的な指導と合わせ、自立した学習者を育成していく上で大いに役立つもの」と理解することが重要である。
このように、デジタル学習基盤は基本的には手段概念であり、それ自体が自動的に何かをしてくれるわけではない。デジタルの活用を目的化することなく、まずは自分たちが目指す教育の姿を明らかにすることが、引き続き大切である。
その一方で、テクノロジーは私たちの営みや世界観を一変させる力を潜在させてもいる。私自身は、デジタル学習基盤には3つの可能性があると考えてきた。
第1は、これまで行ってきたことの効率化・省力化である。例えば、個別最適な学びの展開に際し動画を使えるようにするには、かつては動画再生用のデッキとディスプレーを学習環境内に設置する必要があり、3つの動画を見せたければ機材を3セット用意した。これがデジタル学習基盤では、学習カードに3つの動画のQRコードを印刷するだけで済む。
第2に、これまで実施困難であったことが可能となる。不登校の子どもや特別な支援を要する子どもが増加傾向にある中、オンラインでの授業参加が可能となり、翻訳機能や読み上げ機能が利用できるようになったことは、全ての子どもの学習権・発達権の保障という観点から画期的なことと言えよう。
第3は、デジタルにインスピレーションを得た実践の創造であり変革である。従来、知識は偏在し、アクセスは容易ではなく高価であった。だからこそ、知識や教材は教師が準備し、教室に持ち込むしかなかった。まさにこの学習基盤を、デジタルは一変させる。私たちは当たり前のように社会科資料集を前提に授業を組んできたが、1人1台端末が整備された今、その不自然さに驚愕(きょうがく)する。そもそも、学校を一歩出れば社会科資料集のような都合のよい情報源はない。従って、その学習経験が学校外で十分に生きて働くかどうかも大いに怪しい。
もちろん、1人1台端末があるからと言って、ただ子どもに丸投げしたのではうまく学べないだろう。学習基盤の構造的な変化を受けて、授業づくりや学習環境整備に関する新たな原理の確立や技術の開発と普及が望まれる。
IT化とDX(デジタル・トランスフォーメーション)は異なる。IT化とは、旧来の作業をデジタルに置き換えて便利にすることであり、営みの本質は変わらない。一方、DXとはデジタル技術による望ましい方向への社会の変革であり、営みの本質的な変化を伴う。
学校教育で言えば、教材の在り方、教室の景色、授業中の子どもの動き、教師の役割などが抜本的に変わるのであり、その変化はデジタルを使わない授業にまで及ぶ。第1の可能性はIT化のレベルだが、第2と第3の可能性は授業観や子ども観の刷新を伴っており、DXとしての特質を有している。
このように豊かな可能性を内包するデジタル学習基盤だが、その運用に際しては「情報活用能力」(情報および情報技術を適切かつ効果的に活用して、問題を発見・解決したり自分の考えを形成したりしていくために必要な資質・能力)の育成が不可欠である。それ自体は現行学習指導要領でも総則に記載があるが、具体的な方途については十分な言及がなされているとは言えない。学校教育の展開におけるデジタル学習基盤の有用性に加え、これからの時代における情報活用能力の重要性を勘案するならば、最重要課題の一つと言えるだろう。