ラーケーションを導入した自治体の「手応え」(小宮山利恵子)

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大分県別府市のラーケーション「たびスタ」とは

 児童生徒が校外での学びを理由に学校を休んでも欠席扱いとしない、「ラーケーション」の制度を導入する動きが、全国に広がりを見せている。

 ラーケーションとは「ラーニング」と「バケーション」を組み合わせた造語で、愛知県が2023年3月に初めてラーケーション制度を打ち出した。その考え方にインスパイアされた大分県別府市は、「たびスタ(旅+study)」休暇という名称で同様の制度を考案し、愛知県のラーケーションと同じく23年9月から実施している。

 ラーケーションの先駆けとして注目される別府市の「たびスタ」休暇は、開始から約1年半がたつ今、どのような手応えや課題があるのか。別府市教育委員会事務局 教育政策課 教育行政改革担当 参事 時松哲也氏を取材した内容を基にリポートする。

土日祝日を家族で過ごすことが難しいケースも

「たびスタ」休暇は、別府市立の小・中学校の児童生徒を対象に、平日の家族旅行などを推奨する取り組みだ。市内外での旅行や体験活動などを目的とし、事前に学校へ届け出ることで年度内に5日まで取得できる。地域・家庭との教育活動の一環に位置付けられ、「出席停止等」と同じ扱いになり、欠席にはならない。

 導入の背景には、日本有数の温泉地として観光業が盛んな同市特有の事情もある。同市の第3次産業の割合は85.4%(全国72.8%)に及び、特に宿泊業・飲食サービス業に携わる人の割合は10.6%(全国5.6%)と高い。繁忙期である土日・祝祭日に働く人が多く、子どもと一緒に休みを過ごすことが難しい家庭も少なくない。また、旅行需要が集中する土日・祝祭日は交通渋滞や旅行代金高騰により、地域や旅行者に負担がかかっている。

 「たびスタ」休暇により平日の旅行などを可能にすることで、旅の経験を通じて子どもの成長を促す旅育(たびいく)の推進、家族の時間の増加、平日や閑散期の観光需要シフトによる地域経済の活性化、働く人のワークライフバランスの向上などを目指している。

保護者の8割が「賛成」。3人に1人が「取得済み」

 実際に利用する側は、「たびスタ」休暇をどう受け止めているのだろうか。

 同市立小中学校の児童生徒の保護者へのアンケート結果(25年1月実施)によると、「たびスタ」休暇制度の実施について「賛成」は79%に上る。

 また、これまでに「たびスタ」休暇を取得したという人は33%。まったく新しい制度にもかかわらず、導入から1年半足らずで児童生徒の3人に1人が取得していた。そして、取得者の97%が「取得してよかった」と回答しており、非常に好評だ。

 ちなみに、24年4・5月に「たびスタ」休暇を取得した人の訪問先は、市内1.3%、県内8.3%、九州37.7%、関西23.7%、関東甲信24.6%、新潟・東北・北海道1.8%、海外2.6%。ゴールデンウィークに絡めて長期休暇が可能な時期が調査期間に含まれていたこともあり、遠方が目立つ。一方で、市内や県内も一定数あることから、各家庭の状況や考え方に合わせて休暇を活用している様子がうかがえる。

 大阪・関西万博が開催される今年度、同市は市内の小中学生とその保護者1人を対象に、万博チケット代と交通費(公共交通機関のみ)の一部を補助することを決定した。「たびスタ」休暇のさらなる取得拡大が予想される。

ICTを活用して休んだ授業をフォロー

 時松氏によると、「たびスタ」休暇を立ち上げる際、休んだ期間の学習の遅れを懸念する声が目立ったという。そこで同市は、リクルートのオンライン学習サービス「スタディサプリ」を導入し、休んだ授業内容は講義動画を視聴してフォローアップできる環境を整備している。

 「スタディサプリ」は「たびスタ」休暇取得時のほか、インフルエンザなどの感染症の流行による学級閉鎖や学校閉鎖の際にも役立つことが想定される。しかしながら、同市が「スタディサプリ」を導入した最も大きな理由は、日常の授業改善を後押しすることだ。一人一人の学習進度や個性に合わせて、子ども自身が学習を進めていく個別最適な学びを推進するためのツールとして、日常的に活用していくという。子どもの興味関心に合わせた学びを重視する「たびスタ」休暇の狙いとも重なる。

小規模な自治体でも導入しやすい

 ラーケーションを導入する自治体は年々増加している。先陣を切った愛知県や別府市以外にも、茨城県、山口県、熊本県(県立の学校対象)など都道府県単位のほか、栃木県日光市、沖縄県座間味村、静岡県磐田市、滋賀県長浜市、群馬県草津市など市町村単位での試行・導入も目立つ。ラーケーション導入には大きなコストや複雑な準備は必要ないため、小規模な自治体でも比較的、導入しやすいのではないだろうか。

 導入に際し、教職員の事務処理や休めない子どもへの配慮など、留意すべき点はもちろんある。しかし、それを踏まえても、旅先で何かに挑戦したり、自然と触れ合ったりすることによる非認知能力育成の効果を考えると、取り組む価値は大いにあるように思う。

 ICTを活用することで学習の効率化を図り、生み出された余白を使って、教室内では難しい五感を使った学びを体験する。そのチャンスの一つとなるラーケーションの取り組みが今後、幅広い自治体に広がることを願っている。

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