次期学習指導要領の方向性を検討している中教審教育課程企画特別部会は6月16日、第9回会合を開き、これまでの議論を振り返り、調整授業時数や「裁量的な時間(仮称)」による柔軟な教育課程の実現と、各教科の内容の構造化による教科書の分量の精選などの方策によって学校現場に余白を生み出す方策について整理した。文部科学省は、年間の授業週数を最低の35週ではなく40週程度を前提に授業時数を平準化することで、現行の教育課程でも週当たり28コマの時数を編成できる工夫例を示した。
学習指導要領の改訂に向けた昨年12月の中教審への諮問では、教育の質の向上には学校現場や教師に余白を生み出すことが重要とされ、標準総授業時数を現在以上に増やさないことを前提に、各教科等の標準授業時数の柔軟性や学習内容の学年区分の弾力性を高めていくことや、単位授業時数や年間の最低授業週数の示し方が検討の対象となっていた。
この点について、文科省は3月に開かれた特別部会の第4回会合で、柔軟な教育課程を促進する方法として、教科等の標準授業時数を一定程度減らし、その分で他の教科の授業時数を増やしたり、学校が独自の教科を設けたりできるだけでなく、裁量的な時間として授業改善に向けた組織的な研究活動などに充てられるようにする仕組みを提案。
今回、この仕組みを改めて「調整授業時数制度(仮称)」と位置付け、さまざまな事情で特定の教科の標準授業時数が下回る見込みとなった際には、年度途中に他教科や裁量的な時間からその教科に時数を充てることも念頭に置いて制度設計することを打ち出した。これにより、標準授業時数が足りないことを理由に追加の授業を実施せざるを得ない事態を回避しやすくするメリットがある(=図1)。
このメリットを生かすには、年度当初の計画段階では標準授業時数に近い必要な時数を設定しつつ、年度途中に柔軟に見直していくように、学校現場の教育課程編成の考え方そのものを変えていく必要があり、校務支援システムやクラウドツールなどを活用して、授業時数の過不足の計算の負担を軽減していくことも考えられるとした。
堀田龍也主査代理(東京学芸大学教職大学院教授、学長特別補佐)は、実際に学校現場で使われている校務支援システムや汎用(はんよう)的なクラウドツールを活用した時間割、授業時数の管理方法を紹介。「学級担任はもちろん、教科担任や管理職も、週ごとに教科による時数進ちょくの凸凹を把握でき、これを踏まえて計画的に修正、進行していくのにデジタルは非常に役に立つ。今までは、手計算でやるのは大変なので、最初から余剰をたくさん上乗せして教育課程を運用する動きがあったのだと思うが、校務DXによって、こうしたことはリアルタイムにできるようになる」と、デジタルツールの有用性を強調した。
標準授業時数を大幅に上回る、1086単位時間以上の年間授業時数を設定している学校の存在も問題になっている。文科省ではこうした学校に対し、働き方改革の観点なども踏まえ、指導体制に見合った改善を呼び掛けてきており、このような学校は減少傾向にある。同省は引き続き、昨年度の「公立小・中学校等における教育課程の編成・実施状況調査」を今年度も行い、改善状況を把握。標準授業時数が1015単位時間を下回る小学1~3年生についても、他学年の1086単位時間に相当する見直しの目安を設けることを検討する。
また、学校現場の長年の慣習として、年間の授業時数を最低標準週数の35週で割ることが多いため、標準授業時数の1015単位時間を35週で割って、週当たり29単位時間の授業を行う必要があるとの認識が学校現場にあると文科省は指摘。現行の学習指導要領の総則では、年間35週以上にわたって授業を行うように計画することとされており、年間40週程度として週当たりの授業コマ数を減らすことも可能として、年間40週程度を前提に授業時数を平準化した工夫例を示した。
この例では、授業日数は全学校平均とほぼ同じ200日とし、学校行事など標準授業時数に含まれない特別活動を60コマ、行事や給食の有無などで授業をしないいわゆる「欠課・欠時」を45コマ程度と想定。それでも週に2日は5時間目までで学校が終わる28コマで標準授業時数を確保することができる(=図2)。さらに中学校で週当たり27コマにした場合も例示した。
その他にも、年間を通じて平均的に各教科等の授業時数を配当することを前提としている学習指導要領の解説を見直し、特定期間に集中して授業を実施できることをより明確化することや、学校が多忙な時期に余白を生み出す工夫として、年度初めの始業日を遅らせたり、人事異動の内示時期を早めたりしている自治体などの事例を提供することも考えられるとした。
青海正委員(東京都大田区立志茂田中学校校長、全日本中学校長会会長)は、文科省が示した工夫例について「各学校が自校の状況を把握し、振り返り、改善・見直しをするのに有用なので、全ての学校で参考にしてほしい」と評価した。
一方で奈須正裕教育課程部会長(上智大学総合人間科学部教授)は、学校行事など標準授業時数に含まれない特別活動について「学校行事に何コマくらいの時数を使うのが教育課程の適正な運用において望ましいのかという議論は、これまでどこかでしていただろうか。していないのだとすればした方がいい」と提案した。
こうした授業時数の考え方の見直しとともに、教科書の在り方にもメスを入れる。
諮問では、学習指導要領やその解説、教科書、入試の影響、指導書も含めた授業づくりの実態などを全体として捉え、教育課程の実施に伴う過度な負担や負担感が生じにくいようにする必要があると強調。特に教科書は、内容が充実し、分量が増加した一方で網羅的に指導しなければならないという考えが学校現場に根強く、負担や負担感を生んでいるという指摘があるとして、新たな学びにふさわしい教科書の内容や分量をどう考えるかが論点となっていた。
実際に、小学校の国語、社会、算数、理科の教科書のページ数は、約50年前と比べて、A5サイズに換算すると約3倍に増えている。それに伴い教師用の指導書も、厚い教科書を丁寧に教える前提で、配当時間や授業の時間配分、板書例など、内容も充実してきた。
これに関連して特別部会では、2月に開かれた第2回会合で「中核的な概念や方略」を中心にした学習指導要領の目標・内容の一層の構造化などを進めるとし、構造化にあたっては、各教科の本質的な理解の獲得に重点を置き、学習内容の検討や必要に応じた精選をしていくことを打ち出している。
こうした学習指導要領の構造化の考え方を踏まえ、教科書の内容も教科の中核的な概念などをつかみやすいものに重点化し、分量を精選していく方向性を示した。教科書の分量や指導書で示されている指導計画と、各教科の標準時数を一定程度下回ることが想定される調整授業時数制度との整合性も検討すべきだとした。
加えて、高校入試についても言及し、入試で課される学力調査の問題の質や調査書の在り方についても、別に検討していく考えを明記した。
構造化によって必要に応じて教科の内容を精選することに関して、前川明範委員(京都府教育委員会教育長)は教育格差を拡大させない観点などから「内容の削減自体を目的としたものであってはならない。質的理解の獲得のために、あくまでも必要に応じた精選をするということであるべきだ」とくぎを刺した。
溝上慎一委員(桐蔭学園理事長、桐蔭横浜大学教授)は「分厚くなっている教科書を、中核的概念を基にスリム化していく流れだと理解した。そのスリム化が、(ゆとり教育を推進した)1998年改訂の学習指導要領で学習内容を減らしていったようなことと同じ轍(てつ)は踏まないようにお願いしたい」と要望。「あくまで学習指導要領は高校入試のためにあるのではないので、緩やかにガイドする程度にとどめてほしい」とも述べ、中学校や高校での学びに軸足を置いた慎重な議論を求めた。
【キーワード】
標準授業時数 学習指導要領で示している各教科などの内容を指導するのに必要な時数を基に、国が定めた学年ごとの年間の授業時数の基準。小学校は45分、中学校は50分を時数の単位時間としている。
【訂正】堀田龍也主査代理の発言内容で「週ごとに教科による時数浸食の凸凹を把握でき」とあったのは「週ごとに教科による時数進ちょくの凸凹を把握でき」の誤りでした。訂正し、おわびします。