米フルブライト奨学金が危機に 全理事が辞任の背景

米フルブライト奨学金が危機に 全理事が辞任の背景
【協賛企画】
広 告

日本の教育界に大きく貢献したフルブライト奨学金

 戦後、米国は自由世界の指導者であった。強力な軍事力や経済力だけでは、真の世界の指導者にはなれない。世界の指導者の条件は、開放的なシステムを持ち、さまざまな“国際的な公共財”を提供し、リベラルな社会建設に貢献することだ。

 そうした貢献の中に、「フルブライト奨学金制度」がある。世界中から多くの若者を招き、潤沢な奨学金を提供し、勉学と研究の機会を惜しみなく与えてきた。米国で教育を受けた若者は、帰国してリベラルな社会建設に貢献した。同制度は1946年にフルブライト上院議員の提唱で始まった。その予算規模は膨大である。 フルブライト委員会の2023年の報告書によれば、国務省予算が2億7400万ドル、教育省予算が881万ドル、民間企業の寄付が5766万ドル、外国政府が7351万ドル拠出している。同年に外国人の学生3275人、研究者550人など計で4260人が、同プログラムから奨学金を得て、渡米している。米国から海外に留学した学生の数は1318人であった。フルブライト奨学金の受給者総数は6467人に達している。

 日本もフルブライト奨学金から大きな恩恵を受けてきた。日米教育委員会の資料では、1952年から2024年の間に合計で6700人以上がフルブライト奨学金を得て、米国に留学している。米国から日本へ来た留学生も3000人以上に達している。日本の教育界に大きな影響を与え、フルブライト奨学生から6人のノーベル賞受賞者が出ている。150人以上が日本の大学の学長に就任している。筆者も同奨学金により米国の大学で学ぶ機会を得た。

 そのフルブライト奨学金制度が危機にひんしている。トランプ政権は米国の海外支援プログラムを廃止したり、縮小している。国務省は3月に、国際的な人道支援や教育支援などを行うUSAID(米国際開発庁)の来年度の予算を、540億ドルから284億ドルに削減する案を提示している。この予算案が通れば、USAIDの6200のプログラムのうち5200が廃止される。予算案は現在議会で審議中である(米国の会計年度は10月1日から始まる)。

 予算削減対象の中にフルブライト奨学金のプログラムも含まれており、フルブライト奨学金の予算は、今年度の6億9100万ドルから来年度はわずか5000万ドルにまで削減されることになる。

 そうした中、6月11日に米国のフルブライト委員会の12人の理事が一斉に辞表を出す事態が起こった。辞任声明には「議会で任命されたフルブライト奨学金委員会の理事は、法律の下では容認できない前例のない行動を取ったり、米国の国益や正義に反して妥協したり、80年前に議会が決定した使命や義務を損なうよりも、即座に辞任することを圧倒的多数で決定した」と書かれている。

 従来は国務省と大使館の非党派的なスタッフ、外国政府による審査を経て、フルブライト委員会が最終的な選考を行ってきた。

 同声明は、選考は「非政治的、非イデオロギー的」に行われてきた。しかし、「現政権は当理事会の権限を否定し、理事会が選んだ2025~26年度の奨学金の受給者の大部分を拒否した」と、トランプ政権の奨学金受給者決定への介入を批判している。

 国務省は、すでに受給している1200人の留学生に対する再審査を行うことを明らかにしている。同声明は「これらの行動は法律と矛盾するだけでなく、フルブライトの使命と、表現の自由と学問の自由という価値に反するものでる」と、政府の方針を批判している。

 そして「私たちの辞任は決して軽々しく決めたものではない。政権が『法律に従う』という理事会の要求を一貫して無視した後も職にとどまり続けることは、政府の違法で、プログラムの一貫性と海外での米国の評価を損なうような行動を正当化することになる。議会、裁判所、および将来のフルブライト委員会が、私たちの国で最も尊敬され、貴重であるプログラムの一つを分解、解体、または排除する政権の努力を防ぐことが、私たちの心からの希望だ」と、辞任の理由を説明している。極めて潔い声明である。

トランプ政権の政治的イデオロギーが背後にある

 この辞任を『ニューヨーク・タイムズ』は6月11日の記事「Fulbright Board Resigns After Accusing Trump Aides of Political Interference (フルブライト理事会は、トランプの補佐官による政治的介入を非難した後に辞任を発表した)」で、「理事会は国務省の高官が、この夏に海外の大学や研究所に行く準備をしている200人の教授や研究者への奨学金授与を取り消すという違法行為をしていることを懸念している」と、具体的な違法行為を説明している。こうした選考は1年にわたって慎重に行われてきたが、国務省が一方的に決定を覆したのである。

 さらに同紙は「国務省はフルブライト委員会がすでに承認している、外国から来る約1200人の学者や研究者に対する再審査を行う」と、国務省の再審査の対象が米国人だけでなく、外国人にも及ぶと報じている。

 さらに同記事は「国務省の行動は、トランプ大統領と補佐官が、教育機関を自分たちのイデオロギー的信念に屈服させようとしていることから出てきたものである」と、極めて政治的な意図があることを指摘している。前回の本連載で、トランプ政権とハーバード大学の対立に関して書いたが、フルブライト奨学金の問題も同根である。

 日米教育委員会はすでに26年度の奨学金受給者を決定している。だが、予算は大幅に削減される。現在の日本のフルブライト奨学金は日米政府が共同で資金を提供しており、必要があれば、日本政府が負担を増やすことを検討すべきだろう。

広 告
広 告