小学生への「フォニックス教育」に現場から高まる批判 英国

小学生への「フォニックス教育」に現場から高まる批判 英国
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問題は子供たちのリテラシーの欠如

 英国の教育の最大の課題の一つが、子供たちの読み書き能力の欠如(lack of literacy)である。2024年の調査では、小学校終了時の11歳の子供のうちの約30%が、国が期待する読解能力に達していないという結果が出ている。中学校に進学する生徒の3人に1人は、教科書などを十分に読みこなせないことを意味する。中学卒業時点でも、ほぼ25%の生徒が「中等教育終了試験」の合格点を取れない。

 当然、十分な読解力を持たない大人も多い。23年のナショナル・リテラシー・トラストの調査では、イングランドでは710万人以上が読解力に問題を抱えていた。

 こうしたリテラシー欠如の背景には、両親の経済的な問題や、地域的な問題がある。読み書き能力の欠如は、将来の貧困や社会格差の原因になる。英国政府にとって子供たちの読解力を高めることは単に教育問題にとどまらず、重要な社会課題でもある。

 その対策として、英国政府は06年から公立学校でのフォニックス中心の英語教育を義務化している。英国や米国に識字能力が十分でない人が多いのは、スペリングと発音が一致しないことが原因の一つであると言われている。フォニックス教育では、単語を単純な音声に分解して文字と発音の関係を学ぶ。英国政府はフォニックス教育で、児童生徒の識字能力が高まると考えたのである。

 英国では12年に5歳と6歳の児童を対象とするフォニックス試験が始まり、さらに17年に検定試験「フォニックス・スクリーニング・チェック」が導入された。小学1年生の児童は毎年6月に受験しなければならない。不合格になると、次年度に再度、試験を受けなければならない。

フォニックス重視の教育に高まる批判

 だが最近、教育現場からフォニックス教育に対する批判が高まっている。『The Guardian』は24年11月22日に「Tests for year 1 pupils in England should be dropped, headteachers urge(校長たちは、英国の小学1年生のテストは止めるべきであると訴えた)」と題する記事を掲載している。

 同記事は「影響力のある全国校長組合が政府に対して、小学生に対するフォニックス、九九または文法と句読点に関するテストを止めるべきだと助言した」と、教育現場からフォニックス教育に対する批判が出ていることを伝えている。

 さらに「これらの試験は学校の教育時間と資金の無駄である」と厳しい批判も加え、校長組合は現行のカリキュラムが義務化している6年生に対するスペリング、句読点、文法の試験も廃止すべきだと主張していると報じている。

 教師がフォニックス中心の教育に批判的なのは、それだけでは複雑な読解力、語彙(ごい)力、文脈を理解する能力を獲得することはできないからだ。さらにフォニックスの試験結果が、教師や学校の評価に使われていることも問題にしている。専門家は、フォニックスに基づく教育は短期的に成果がでるかもしれないが、長期的な理解力あるいはリテラシーの改善に結び付かないと指摘している。

 現在、英国ではカリキュラムの見直しが行われており、教育の専門家は、フォニックス教育の廃止、中等教育終了資格試験を縮小し、生徒が自分の学びや学校生活に対して主体性を持てるようにすることを求めている(『The Guardian』、2024年8月5日、「England Curriculum Review: what education experts want to see」)。

大事なのは読書の喜びを教えること

 3月に政府のカリキュラム暫定評価報告が出された。その中では、フォニックス教育の継続が書かれている。これらに対して『The Guardian』は批判的な記事を掲載している(5月6日、「Fostering a lifelong love of reading in children」)。

 同記事は、フォニックス教育で、子供たちが読書を楽しんでいないという現実を紹介している。「教育省と教育基準局は低学年の読書戦略で、フォニックスのルールを覚えることを強調し過ぎている。フォニックス教育は文章の内容、生き生きとした物語など、楽しい要素を犠牲にする読書指導プログラムである」と、極めて批判的に評価。

 さらに「学校でフォニックスのテスト成績を上げる教育を行った結果、成績は向上したが、子供たちが読むことを楽しんでいなければ、点数が上がっても無意味だ。単語を発音する能力は、読書を支える能力の一つのスキルに過ぎない。言葉の認識、文章構造の評価、文脈の活用(言語や情報を理解する際に、その前後の文脈や状況を手がかりにすること)など、他の多くのスキルも必要だ。本を読む喜びに引き込まれることで、子供たちはスムーズに本が読めるようになる」と批判し、「読書を楽しんでいる大人と物語に対する興奮と喜びを共有することが、子供たちに読書を奨励する最高の方法だ」として、読書の本当の楽しみ方を教えることが重要だと指摘している。

 日本と英国の社会的、教育的状況は異なるが、日本でも初期英語教育でフォニックス重視の教育が行われている。日本でもつづりと発音の違いが、子供たちの英語学習を挫折させている。その重要性は理解できるが、日本の教育は英語も含め全般的に「楽しむ」という要素が少な過ぎるのではないかというのが、筆者の感想である。

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