米国のトランプ政権はこれからの日本にどんな影響を与えるのか?――。ジャーナリストの池上彰さんと増田ユリヤさんが7月10日、東京都文京区にある筑波大学附属中学校(麻見直美校長、生徒608人)を訪れ、2年生の生徒らと徹底討論した。生徒からの「トランプ政権による関税の引き上げは、日本の経済に甚大な被害を与えるというが、具体的にどれくらいか」という質問に、池上さんは「いい質問だね」と反応。「甚大な」という表現の裏にある発信側の思惑について解説を始めた。
池上さんと増田さんが6月に出版した共著『池上彰と増田ユリヤのYouTube学園特別授業 ドナルド・トランプ全解説:世界をかき回すトランプ氏が次に考えていること』(Gakken)の特別授業として行われた。
この日までに生徒はこの本を読んだり、新聞記事を調べたりして、トランプ政権に対する自分なりの考えや池上さんたちへの質問を練り上げてきた。1週間前に2年生が一堂に集まって行われた事前学習では、発表者となった生徒が全体で議論したいテーマについてプレゼンテーション。それについて聞き手となった生徒から意見や質問が活発に飛び交っていた。
例えば、トランプ大統領が関税を引き上げたことによって自動車産業が打撃を受けた場合に、日本政府はどう交渉すればよいかという問いに対し、ある生徒は「日本米の品種を米国で育ててもらって、それを輸入すれば、米不足や農業の問題も解決するのではないか」と提案。別の生徒は「米国の気候は日本米の栽培に適さないのではないか。米の輸入は日本の農家へのダメージが大きい。米の自給率まで下がれば、食糧難のリスクが高まる」と反論し、白熱した議論が展開していた。
社会科を担当する関谷文宏教諭は「社会は法律や経済、政治など、さまざまなシステムが組み合わさって複雑に動いていることを俯瞰(ふかん)的に見る必要がある。生徒はトランプ大統領やその政権について、生成AIにそれぞれのシステムの観点からどんな特徴を持っているかを説明させて、理解を深めていった。その上で新聞記事を読んだり、これまでの歴史の中で戦争が起きたときの社会状況と重ね合わせたりしながら、生徒にはまずは自分の意見をしっかり主張すること、そして、池上さんたちが答えたくなるような質問を出すように伝えた」と話す。
そして迎えたこの日の特別授業。池上さんと増田さんは、これまで現地で直接取材してきた米大統領選挙の様子を紹介。トランプ大統領の支持層には、キリスト教福音派や中西部・南部の労働者階級が多いことを指摘した。増田さんは「私たちの暮らしの中の常識と米国という国がどのようにできて、その人たちのこれまでの暮らしをよく分かっていないと、米国の人たちがどういう人たちを選びたいのか、それはなぜなのかが分からない」と語った。
後半の質疑では、生徒が準備してきた質問を、次々に池上さんたちに投げ掛けた。
ある生徒は「労働者や農家の人がトランプ大統領を支持して、トランプ大統領はエリート層を攻撃している。これはまるで、世界で起きてきた革命のようだ」と指摘すると、池上さんは、ロシア革命の経緯などに触れ、「トランプ大統領がやっていることは武力革命ではないけれど、選挙で勝利して、鎖国のような状態にしている。そして『Make America Great Again』と叫び、世界最大の素晴らしい国にすると言っているのは、イデオロギーは違うが、ロシア革命とそっくりに見える」と同意した。
また、別の生徒が「トランプ政権による関税の引き上げは、日本の経済に甚大な被害を与えるというが、具体的にどれくらいか」と問うと、池上さんは「いい質問だね。大きな影響があるけれど、それが実際にどれだけになるのか、いま一つはっきりしていないところがある」と答えた。その上で「甚大な被害というのは、日本の産業界が言っている。政府が補助金を出したり、助けてくれたりすることを暗に求めている。そういう思惑があって、甚大な被害と言っている部分がある」と補足した。
選挙期間中の参院選の話題も振られた。「SNSを使って有権者に語り掛ける選挙は日本でも増えている。SNSは自分に都合のいい情報が流れてくることもあるので、偏ってしまうのではないか」という質問に対し、増田さんは「SNSで大きな反響がある政党が、必ずしもいい公約を出しているとは限らない。それぞれがきちんと判断しなければいけない問題だと思う。多くの人が印象で投票しがちで、それを選挙活動でうまく使おうと考える人もいる。そういうものだと思って情報に接触するのが大事だ」とアドバイスした。
授業に参加した生徒は「私たちはニュースやSNSを見ているが、その表面だけを見ているなと感じた。池上さんたちはその奥というか、本当にそうなのかを現地で取材している。そして、思ってもみなかったような事実にたどり着いている。それが新鮮だった」と振り返った。
授業後に取材に応じた池上さんは、こうした複雑で解説の難しい国際的な時事の話題を授業などで取り上げることについて、「学校の先生は学習指導要領などに縛られていて、政治的な主張につながってしまうと問題になるので、ついこうした話題に触れるのは自粛してしまうところがあると思う。ただ逆に、子どもたちに素朴な疑問をどんどん出してもらって、先生が一方的に教えるのではなく、その疑問をみんなの前で出し合って考えていくようなことはできるのではないか」と呼び掛けた。
高校での講師経験もある増田さんは「ここ10年くらい国際ニュースが本当に多く取り上げられる時代になったと感じている。学校の先生も大変かもしれないが、ネットで見かけた国際ニュースについて子どもたちと素直に話し合えればいいと思う。子どもたちからの質問に答えられないこともあると思う。そうしたら先生自身の宿題にして、次の授業で『ここまで勉強してきたけれど、どうかな』と披露すればいい。そうすれば子どもたちも話しやすくなるのでは」と提案した。
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政治教育 教育基本法14条では「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」とされ、社会科や公民科などで政治について学んでいる。一方で、学校は特定の政党を支持・反対する政治教育や政治的活動をしてはならないとされ、公立学校の教員の政治的行為も制限されている。