2025夏・参院選「私はこう見る」 教育・子ども政策の争点を識者に聞く

2025夏・参院選「私はこう見る」 教育・子ども政策の争点を識者に聞く
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​ 7月20日の投開票まで1週間を切った参院選。混戦が予想される中、各党は減税案や物価高対策を競っている状況だ。教育・子ども政策についても、家計負担の軽減につながるさまざまな「無償化」を掲げている(関連記事:参院選公示 「無償化」「奨学金」など各政党が教育負担の軽減訴え)。各党の公約などを元に、争点や論点、不足している視点について有識者に話を聞いた。

末冨芳・日本大学文理学部教授「次の時代の教育、国のビジョンが政策から見えてこない」

各党には国としてのビジョンの掲示が欠けていると末冨教授=撮影:徳住亜希
​各党には国としてのビジョンの掲示が欠けていると末冨教授=撮影:徳住亜希

 「この政党であれば、保育から大学教育に至るまで改革され、子どもたちがより良く学び活躍できる社会になるだろう」という明確なビジョンが、各党の教育政策からは見えてこない。国としてありたい姿を踏まえ、次の教育はこうしていくという戦略性も示されていない。そうした中、分かりやすい公約として高等教育費などの無償化が争点になっている。家計負担の軽減は確かに重要だが、いずれの政党の公約も「教育の質」という視点に欠け、質の向上が争点にならない選挙であるということに課題を感じる。

 無償化された結果、例えば保育は改善されたかと言うと、保育士の待遇はほんの少しずつしか改善できておらず、他職種に比べ給与水準は依然低い。保育士の配置基準も4歳児で25対1という、OECD平均の18対1には及ばない状況だ。そうした問題は取り残されたまま、ただ「家計負担を減らしました」というだけでは、子どもを安心して学校や保育所・幼稚園に預けられない。とりわけ初等中等教育の段階では、各党は就学前からの教育における質の保障に力点を置いても良かったのではないか。

 高等教育の無償化については非常に急がれることで、財源や高等教育改革も含め進めなければならないが、各党の公約を見る限り物足りない。巨額の財源はどうするのか、どういったステップで取り組んでいくのかといった問題が山積みだ。

 さらに大学の在り方について言うと、英国をはじめ諸外国では、働きながら学べるパートタイム制度を利用した大学生や大学院生が大勢いる。オンライン授業をメインに対面のスクーリングも充実させ、働きながら学べる環境をつくると共に、STEAMなどの重点分野では授業料を無償化し、卒業後に所得連動返還にするなど戦略的に投資をしている。一方、こうした制度のない日本では、例えば教員が働きながら大学院で学んだり、スキルアップを図ったりすることは難しい。18歳人口の減少を踏まえ、日本でも単に無償化するだけでなく、働きながら学び、専門性を伸ばすことができる制度の充実が求められている。

 教育無償化を巡っては外国人を含めるかどうかについて議論がある。教育は安定した社会をつくる上で極めて重要だ。外国につながる子どもを巡って不就学や進学率の低さが課題になっているが、日本では高卒資格がなければ正規就労が困難になる。基礎的な教育の保障は当事者の生活の安定に加え、孤立を防いで労働力も増えるなど社会の安全に及ぼすメリットが大きい。全ての子どもに学びを保障する「万人のための教育(Education for all)」の理念で取り組んでいくべきだが、各党の政策はそうした視点を欠いている。

 また教育の質に関連して、公約に少人数学級を打ち出している政党も目立つ。教育の質を上げていくためには、教員と共に働く専門職、中でもスクールカウンセラー(SC)やスクールワーカー(SW)の常勤化、将来に向けた国庫負担職化が不可欠。さらに言えば、英国の学級基準は小中高校で25人が上限だ。自民党は小学校に次いで中学校でも35人学級を目指すとしているが、十分であるとは言えない。

 安心・安全な学校であるかという視点も不足している。教員の性暴力が相次いで発覚し問題になっているが、性暴力の背景には、女性蔑視や子どもの尊厳・権利の軽視といった、ジェンダー平等に関する教育の遅れがある。どの人もお互いに尊重するという理念が教員を含め学校現場に浸透していない。まずは教える側がジェンダー平等の価値観を学ぶことが重要だ。

 加えて教員の働き方という点でも、安心安全の視点は欠かせない。保護者から受けるハラスメントばかりでなく、教員間でつぶし合いが起きている学校もある。ハラスメントや性暴力、いじめといった人権侵害に対しては、早期の発見・介入が不可欠。教員間で起きるハラスメントには相談体制の充実に加え、迅速な介入が重要。適切に対応できない組織には、トップの入れ替えも必要だろう。児童生徒に対しては、常勤のSCやSWの配置を充実させ、いじめや性暴力被害を早期に発見してアプローチする。こうした取り組みが奏功すれば、おのずと教員不足の解消にもつながっていくのではないだろうか。(談)

NPO法人「共育の杜」 藤川伸治理事長「自治体間の格差解消は急務 人材確保も含めた支援を」

無償化について「財源を示さなければ責任ある政党とは言えない」と藤川理事長=提供:本人
​無償化について「財源を示さなければ責任ある政党とは言えない」と藤川理事長=提供:本人

 今回の参議院選挙で問われるべき教育政策は、財政力のある自治体とそうでない自治体で生じている格差解消だと考える。例えばICT支援員や部活動の地域移行、産業医配置状況などは相当な格差が生じている。背景には財政力の格差があるが、こうした点がほとんど語られていないのは残念だ。立憲民主党の政権公約に「どの地域に住んでいても質の高い教育が受けられるよう、施設への財政的支援などにより公教育を充実させる」とあるのは評価できるが、必要な人材の確保も含めた支援であるべきだと思う。

 各政党が掲げる教育無償化や給食無償化など家計負担を軽減する政策はもちろん必要だが、これは本来、所得政策・福祉政策であり、教育政策とは言えないと私は捉えている。公明党の重点政策で「物価高を克服する」の中に、給食費・授業料などの無償化が含まれている点からもそのことが伺える。

 高校無償化に関連して言えば、無償化に伴う公立高校の地盤沈下への対応や公立高校支援の記述が少ない。私が教員として勤務した広島県では、公立高校が廃校した自治体は急速に人口が減って町がさびれた。高校無償化は人口が急減する地域では公立高校の廃校時期を早め、地方の衰退につながる。10年、20年のスパンでみたときに一番深刻なのが人口減少社会であり、こうした点からも地方と都市の財政力格差にきちんと対応する必要がある。

 さらに高校無償化も含めて教育政策に必要な財源にあまり触れられていないと感じる。国民民主党や参政党が教育国債発行に触れているが、この是非はともかく、高校無償化に4000億円かかると言われている中、きちんと財源を示さなければ責任ある政党と言えないのではないか。

 無償化の財源や弊害に対応するビジョンがなければ、結局、ダメージを受けるのは子どもたちであり、ただのバラマキになってしまう恐れがある。子どもたちに質の高い教育を保障するためにも将来を見据えた学校教育のグランドデザインを考える必要があるにもかかわらず、こうした点についてきちんと語っている政党がないのは残念だ。

 教職員の負担軽減についての視点も足りない。教職員が不足し、ICT支援員も足りず、保護者対応の増加に伴う専門部署の設置なども政策としてほとんど取り上げられていない。これらの諸課題を解決することは政治の責任だ。教職員の実態や声が政治に届いていないと言える。

 若年層の投票について言えば、高校3年生には選挙権のある生徒が一定数いるので、教師から選挙の意義をしっかり語ってほしい。若者が何を見て投票するかと言えば、SNSが中心になるが、これには危うさもある。政党のホームページなどを検索して自分の困り感を解決する政策はあるかなど、主権者としてしっかり考えるよう授業で語ってほしい。

 教員が政治に関わることが避けられる面があるが、教育政策に教員の声が届かないのは教員が政治に距離を置いていることも要因の一つだと考えている。主権者として責任ある行動を取るよう生徒たちを導くことも教員の責務だと思う。(談)

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