異なる年齢の子供たちでクラスを編制し、インクルーシブな環境で自律的、協働的な学びを重視するイエナプラン。オランダなどで発展し、日本でもそのプログラムを取り入れた私立学校が開校するなど、新しい時代の教育モデルとして注目されている。
中でも広島県福山市は、イエナプランに基づく公立学校の2022年度開設を目指し、広島県教育委員会と連携する。民間出身校長から広島県教育長に抜てきされた平川理恵教育長と、長年福山市の教育改革に取り組んできた三好雅章教育長に、目指す公教育改革の展望を聞いた(全3回)。第1回では、福山市が進めるイエナプラン校の可能性を探る。
三好 福山市では3年前から、小学1年生が言葉や数をどのように学んでいくのかに着目して、市内の二つの学校で調査をしてきました。その結果、小学校入学前に子供が過ごす環境によって、言葉や数の理解に差があることが分かりました。
小学校に入って同じ授業を受けていても、最初から教科書の内容を理解できる子供もいれば、そうでない子供もいます。子供がどのように間違えたり、理解したりしているのかを調べようと、授業を撮影した動画やテストで、学びの様子を追跡しました。
その中で分かったことは、子供は教師が教えた通りの順番に理解しているのではなく、子供同士で話したり、活動したりしながら、個々のペースで言葉や数を獲得しているということでした。ただ、この段階では、まだ、イエナプランの学校を作ろうとまでは考えていませんでした。
平川 私が自費でオランダにあるイエナプランの学校を視察したときのことを、三好教育長に話しました。実を言うと私自身、一昨年度末に広島県教育長への就任を打診されなければ、横浜市内の公立小学校に異動して、そこでイエナプランを実践するつもりだったのです。
結局、県教育長に就任することになりましたが、三好教育長の話を聞くうちに、イエナプランと結び付くのではないかと思いました。それで、三好教育長らと一緒にオランダのイエナプランの学校を視察することにしたのです。
三好 日本では、例えば小学4年生の算数で図形の面積を学びます。最初に四角形と三角形の面積の求め方を理解できたら、次に何を知りたいと思うでしょうか。やはり円ですよね。しかし、学習指導要領では、円の面積は6年生まで学びません。子供たちは知りたいと思っているのに、学びが途切れてしまうのです。
教科間の壁も同じです。日本の学校では特定の学習内容について、教科と学年で区切る形で教えてきました。しかし、本来であれば教科や学年が先にありきではなく、子供たちが知りたい、考えたいと思ったときに、学べるようにすべきなのです。それを実現するための手法として、イエナプランが重視する異年齢集団の学びはイメージしやすいと思います。
平川 昨年、文科省が公表した「Society 5.0 に向けた人材育成」では、これからの学校像として、個別最適化された学びの実現、学習到達度や課題に応じた異年齢・異学年集団での協働学習の拡大などが示されました。私は、イエナプランこそが、この延長線上にある学校の姿だと感じました。これまでの学年・学級にとらわれない学びを、国が進めようとしている。それならば、特例校などにしなくても、現行制度でも実現できる可能性があるのではないか。そんな確信の下、県内の市町にも呼び掛けて、イエナプランの視察に行ったのです。
三好 視察の話を聞いた時には、実際に作ることになるとまでは思っていませんでした。しかし、オランダのイエナプラン校で学んでいる子供たちを実際に見て、その表情がとてもカラフルだと感じたのです。それに比べて、日本の子供たちはモノクロに映ります。教室という学びの場を変えただけで、こんなに変わるものなのかと衝撃を受けました。
平川 目の前の子供と向き合い、学びのプロセスを真剣に考えている教員ならば、きっとイエナプランの考え方に理解を示してくれるのではないでしょうか。学習規律をどう維持するのかという点については、懸念する教員もいるかもしれませんが。
三好 結局のところ、教員が子供を一人の人間として認めるかどうかにかかっています。子供の興味関心や学習プロセスは一様ではないから、一人一人をよく見て、その子供に適した学びを考えていく。子供は未熟だから教えなければいけない、やらせなければいけないという考えから脱却できなければ、無理だと思います。その点はイエナプランに限ったことではなく、どの小中学校でも、子供を子供扱いする指導から転換しなければいけない。そのための研修も重要になるでしょう。
三好 福山市では現在、市全域で小中学校の再編計画を進めています。イエナプラン校となる常石小学校も再編の対象で、地域住民や地元の造船会社であるツネイシホールディングスから、地域に学校を残すためにいくつかの提案を受けました。その中の一つに、新しい教育を取り入れた学校という構想があり、イエナプラン校が具体化する大きな原動力になりました。
平川 私立学校ですが、今年度、長野県佐久穂町に日本初のイエナプラン校として開校した大日向小学校は、廃校になった公立小学校の校舎を活用しています。私も視察しましたが、新幹線の駅から車で30分以上もかかるような場所にあるにもかかわらず、70人近くの児童が家族と一緒に移住して通っているそうです。逆に言えば、移住したくなるほどニーズがあるのだと思います。
私たちは、まず常石小学校でイエナプラン校を始めるわけですが、他の地域や学校にもこうした教育を展開し、家庭の経済力にかかわらず、どんな子供にも教育の多様な選択肢を用意していく必要があると思います。
三好 私もそう思います。多様な選択肢の一つがイエナプランであり、イエナプラン校を作ることが目的ではありません。福山市では学校の中にフリースクールを開設し、放課後デイサービスや民間のフリースクールとの連携などにも取り組んできました。学校再編では、特認校も作ります。教室での学びを変え、学年や教科を超えた学びを全ての小中学校で展開していきたいと考えています。
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