新型コロナウイルスによる臨時休校で、子供の受け入れ先としての学童保育の重要性が注目されている。埼玉県や沖縄県で民間学童保育「merry attic」(メリーアティック)を展開する上田馨一(かいち)代表に、放課後の学びの場の在り方を聞いた(全3回)。新型コロナウイルスへの対応を巡って、子供を預かる最前線から見えてきた学童保育の未来とは――。
新型コロナウイルスのピンチをきっかけにCOO(最高執行責任者)的な立場の人が必要だと感じ、以前から共に働きたいと思っていた意中の人に声を掛け、副代表になってもらいました。彼は東京学芸大学に在学中の学生(現在は休学中)ですが、すでに私と何時間もディスカッションを重ねています。
何を議論しているかというと、「メリーアティックとしてできる子供たちへの支援とは何か」についてです。先も見通せない危機的な状況だったからこそ、これを明確にしてメンバー間で共有しなければいけないと考えています。幸い、メリーアティックは専門性が備わった意欲的なメンバーに恵まれ、新型コロナウイルスで団結力も高まっています。今後、支援チームを立ち上げ、1年間をかけてメリーアティックの支援とは何かを言語化・体系化していく予定です。
休校の長期化で子供たちのストレスはたまっているし、新型コロナウイルスをきっかけに、今後どんどん社会が不安定になっていくことは間違いありません。そんな環境下にいる子供たちに、私たちがどんな支援ができるのかを考えていきます。
COOには、メンバー間とのコミュニケーションを図りながら、その中心的な役割を担ってもらうことを期待しています。まだ若いので、メリーアティックの在り方について長期的な視野で取り組んでもらいたいですね。
学校との連携もCOOと検討していますが、彼が「放課後という言葉が、いずれ溶けていくようになればいい」と指摘し、個人的にもふに落ちるところがありました。確かに学校と学童保育、放課後子供教室は環境が違うし、子供たちへのアプローチも異なります。でも、それ以外は共通するところが多い。学校と放課後の境目が分からなくなるくらい、連携ができたらいいなと思っています。
葛飾区の放課後子供教室は学校の空き教室を活用するので、学校の先生と会う機会も増えました。そうなって改めて感じたのは、本当に教員は忙しいということです。だから、同じ校舎の中に放課後子供教室があるからといって、「知ってほしい」「関わってほしい」とまでは思っていません。むしろ、こちら側から歩み寄らないといけない。そんなスタンスでいたいと思っています。
放課後子供教室がどんなことをしているか、まずは積極的に情報発信をしていく必要があると思います。夏休みを利用して、教員や教員志望の学生が放課後子供教室での活動を体験できるような機会もつくっていきたいです。放課後子供教室のプログラムを学校向けにやってみたり、支援してくれる人材をシェアしたりするなど学校と放課後の相互乗り入れができたら、子供たちにとってもプラスになると思います。
どこの学童保育も共通して抱えている課題は、やはり人材の確保でしょう。賃金や待遇は他業種と比べて良くないので、人が集まりません。学童保育は放課後の子供の生活を保障する大切な場であり、放課後児童支援員という資格が設けられてはいますが、総体的に見れば、「こんな人材がほしい」というより前に、とにかく人が集まらないというレベルです。
発達障害のある子供への対応も課題の一つです。集団の中で突発的に人をたたいてしまうなど、子供の障害や特性をよく理解した上で、限られたスタッフと空間でどうやって適切な環境をつくるかを考えていかなければなりません。
その他では、学童保育のスタッフの言葉遣いが気になるという保護者の声も聞いたことがあります。都市部では、ビジネスの最前線で働いている保護者が多いことも一因にあるでしょう。
これらの課題は総じて、人材の質の問題に帰結してしまうのかもしれません。地方には、保護者会が運営している小さな学童保育がたくさんあります。長年ボランティア同然で運営を続けてきて、何とか地域の子供たちの居場所を支え続けてきたわけですが、人材不足で運営を継続していけないようなところも出ています。
補助金があっても人材がいなければどうにもなりません。人材がいる都市部からそういった地方に人が移り住んでいくようなやり方でもしない限り、難しいでしょう。メリーアティックでは、そうした課題についても何かできないかと考えていて、将来的には運営や人材育成のノウハウなどを地方に伝えていければと思っています。
職場としての学童保育の魅力は、自分たちの学びへの思いや可能性を形にできることだと思います。まさに私自身がそうで、学童保育の「が」の字も知らない人間が立ち上げ、今こうやってできているわけです。保育園などよりも参入しやすく、志さえあれば、思いを実現しやすい場所だと思います。
一方で、何でもできるから怖い部分もあります。純粋で素直な子供たちに、特定の考えや価値観を植え付けてしまったりしかねません。そうした危険性もしっかり分かった上で、活動できる人材を育てていかなければいけないと考えています。
メリーアティックの究極のミッションは「次世代の保障」です。今の20代前半の人たちや子供たちの世代、さらにその次の世代といった形で、次世代の豊かな学びや暮らしを保障していく。今は新型コロナウイルスによって大変な状況ですが、そんなときだからこそ、未来について議論すべきだと思います。明るい未来に思いをはせられる、放課後をそんな場にして、未来を担う人材がどんどん巣立っていけるようにしていきたい。変化や危機をプラスに変え、力強く生きていく力を、次代を生きる子供たちに身に付けていきたいですね。
「ワクワクする屋根裏」という意味が、メリーアティックには込められています。屋根裏部屋の奥には、宝の地図が隠されているかもしれない。それを手に新しい冒険が始まり、仲間との出会いが待っている。そんな形で子供たちが成長していくイメージです。メリーアティックで子供たちが過ごす時間は、学校で過ごす時間に比べたら少ないかもしれませんが、多彩なメンバーと共に過ごす中で、子供たちに多くのことを感じとってほしいと願っています。
上田馨一(うえだ・かいち) 1983年、静岡県生まれ。大学ではバンド活動に明け暮れ、卒業後に「Peach Jam」としてメジャーデビューを果たすも解散。その後、広告代理店や障害者施設で働き、2017年に学童保育「merry attic」を埼玉県戸田市に開設。現在は沖縄県那覇市でも事業を展開するほか、4月からは東京都葛飾区で放課後子供教室の運営にも携わる。