教員不足が「危機的レベル」の米国 ボーナスや数々の奇策も

教員不足が「危機的レベル」の米国 ボーナスや数々の奇策も
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教員の半数が“燃え尽き症候群”

 先進国共通の問題に初等中等教育での「教員不足」がある。米国も同様で、過酷な長時間労働と低賃金を背景に教員の早期退職が加速している上、新規採用が進まないという状況だ。同国の経済政策研究所の調査では、2024年までに新規教員の需要は約30万人に達する予測だが、応募者は10万人程度にとどまると見ている。こうした長期的な教員不足の予想にとどまらず、すでに教育現場では深刻な教員不足が顕在化している。

 若い人が教職を避ける理由はいろいろある。特に注目されるのは、教員らが「精神的に追い込まれている」ことだ。ギャラップの調査(「K-12 Workers have highest burnout rate in U.S.」、6月13日)によると、初等中等教育の教職員の多くは“燃え尽き症候群”に陥っているという。教職員の44%、教員だけでは52%が「常に」あるいは「極めて頻繁に」職場で、燃え尽き症候群だと感じると答えている。

 女性教員の状況はさらに厳しく、比率は55%と極めて高い。全産業の女性の比率34%と比べると、極めて高い水準だ。教職員の燃え尽き症候群の比率も、全産業で最も高い。また、コロナ感染が始まる前の20年4月の調査では40%であったのが、コロナ禍で4ポイント上昇している。

 遠隔授業や補習授業などの負担増加などで、教員の消耗が高まっていると予想される。コロナ禍で低下している児童生徒の学習力の回復も、教員にとって大きな負担となっている。さらに米国特有の現象として、教育現場に政治対立が持ち込まれていることも、若い世代が教員を避ける理由の一つだ。教育委員会と学校の対立、教員間の対立が深刻となっている。最も深刻な対立は、「Critical Race Theory」と呼ばれる奴隷制度の教育を巡る争いと、LGBTQに関する教育を巡る対立である。さらに保護者や教育委員会が教員に対して「尊敬の念」を示すことがなく、教員が孤立する傾向もみられる。

 ところで、次に燃え尽き症候群が高い比率は大学(カレッジとユニバーシティ)の教員や講師で、その比率は35%だ。初等中等教育に限らず、高等教育に携わる教員の多くが無力感や達成感の欠如を感じているというのは、興味深い現象である。これは現在の教育制度が抱えている基本的な問題を反映しているのかもしれない。ちなみに最も低いのは、金融業務に携わっている勤労者だ。

教員不足は危機的レベル

 慢性的な教員不足に加え、さらにコロナ禍が拍車を掛けている。米国では新学期が始まったことで、深刻な教員不足が一気に顕在化している。『ワシントン・ポスト紙』は8月4日付で「Never seen it this bad: America faces catastrophic teacher shortage」という記事を掲載し、「米国の教員不足は危機的レベルに達している」と指摘している。ある教育関係者は「これほどひどい教員不足は見たことはない。各教育委員会にとって最大の課題となっている」と状況の厳しさを指摘している。全国統計はないが、州別の不足状況を示す数字が相次いで報告されている。

 たとえばネバダ州では17の教育区で、8月初めの段階で約3000人の欠員が発生している。イリノイ州では88%の学区で教員不足の問題が発生し、2040人の欠員がある。補充した教員も十分な資格がない状況だ。またテキサス州ヒューストン市は5つの教育区で2200の空席があると報告されており、同州では授業を週4日制に変更する教育区も出てきている。ジョージア州では退職した教員の再雇用を促進して対応しているが、大きな成果は出ていない。ニュージャージー州では大学で正規の教育を受けていない個人に教員資格を取得させるパイロット・プログラムを導入している。フロリダ州でも退役軍人の採用を認める法律が成立している。大卒の資格はないが、大学で少なくとも60単位を取得し、グレイドの平均点が2.5以上あれば教師として採用することを認めている。同州では今年中に欠員が8000人に達すると予想され、背に腹は代えられない切羽詰まった状況に追い込まれているのである。

 こうした中で、教員が辞職し、他州の学校に転職するケースも増えている。そうした事態に備えるために、転職しそうな教員を見つけたら学校長同士でお互いに「通告し合う制度」が導入されている。学校長の間で情報を伝達・共有し、教師の離職をチェックし合うのだ。

ボーナスなどの対策も

 教員不足への対策も講じられている。その典型的な例は、給与の引き上げだ。ネバダ州では1300の空席を埋めるために、初任給を7000ドル引上げ、さらに他州から転職してきた教師に「転職ボーナス」として4000ドル支給することを決めている。さらに一定期間、職にとどまった場合、「リテンションボーナス」(引き留めのための特別手当)として上限5000ドルを支給する制度を導入している。ただ、こうした優遇措置にもかかわらず、同州の教師充足率は92%に留まっている。同州の採用担当者は「夜も眠れない。学校が再開するまでに不足数を埋めることは難しい」と状況の厳しさを語っている。

 奇策とも言える手段も講じられている。アリゾナ州では州知事が7月に法案に署名し、大学生が学校で教えることを可能にした。さらに同州では、教員不足に対応するために、オンライン教育会社と契約し、教員のいない学校に対してオンライン教育を提供することを決めている。

 さらに教室の規模を縮小して、教員の負担軽減を図る措置も講じられている。だが、こうした対策は必ずしも功を奏していない。ネバダ州教育協会の会長は「一時的な対策は児童生徒の学習能力を低下させ、子どもに害を及ぼす可能性がある」と対策の難しさを指摘している。

 ウィスコンシン州マディソン市の教育区では、9月1日からの授業開始を控え、教師199人、職員124人が空席のままである。そのため269人の代用教員を採用する方針を明らかにしている。

 こうした教員不足が、米国全体の子どもの学力低下につながる懸念もある。もはや小手先の対策では対処できないところまで、状況は悪化している。改めて、先進諸国に共通して見られる教員不足の根本的な原因を、詳細に検討する必要があるだろう。

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