本欄で何度か海外の教員不足の問題を取り上げてきた。熟練教員の早期退職、若手の離職、進まぬ新卒採用は先進国の共通した問題だ。その背景には低賃金、過酷な業務、管理強化、モンスター・ペアレントの存在などがある。そして先進国の中で、米国の教員不足は最も深刻である。
教育関係者向けのウェブサイト『We Are Teachers』が米国の教員不足の理由に関する調査結果を発表している(6月15日、「These 2022 Teacher Shortage Statistics Prove We Need To Fix This Profession」)。同記事は「公立学校で働く教師は誰でも教職が危機に差し掛かっていることは知っている。燃え尽き症候群の比率は高く、記録的な水準で教師が離職し、新規教員の採用は進んでいない」と指摘している。
教員が直面する問題に関してアンケート調査を実施、その結果も掲載している。調査結果によると、教員の80%が「燃え尽き症候群」が最も深刻な問題だと指摘し、教員の55%が定年を待たず早期退職を計画していると答えている。アンケートの回答者の一人は、「新型コロナ感染の拡大で業務量が圧倒的に増え、クラスの規模も拡大し、私たちは燃え尽きた。多くの教員は深夜まで、また週末も働いている」と答えている。教員の深刻な“燃え尽き症候群”は1980年代から頻繁に指摘されてきた。だが一向に改善されることがないまま、新型コロナ感染拡大で、状況はさらに深刻になっている。調査研究機関「GBAO」の調査でも同様の結果が報告されている(1月 31日, 「Poll result: Stress and Burnout Threat of Educational Shortages」)。回答者の90%が燃え尽き症候群は「深刻な問題」であると答えており、67%は「極めて深刻な問題」としている。
もう一つ注目される調査結果が出ている。それは教員の76%が「生徒の親や世間から尊敬されていない」と感じていることだ。これが「燃え尽き症候群」の、もう一つの重要な要因になっている。同記事は「教員は生徒の親や世間の不信に対応しなければならない。人々は教員を信頼していないので、授業は監視され、カリキュラムは教育委員会に管理され、教師は自分で自分の仕事に関する決断ができない」と、教員が置かれた状況を説明している。そして「教員の声を聞き、教員の経験を信頼すれば、学校の雰囲気は前向きになり、人々が集まるようになるだろう」と、教員に対する信頼の重要性を説いている。
教員に関する尊敬の念の欠如に関して、教育専門サイトの『Teach Magazine』は興味深い記事を掲載している(11月1日、「Why Parents Don’t Respect Teachers」)。同記事は、「1世紀前、教員はコミュニティーの中で最も高い教育を受けた存在で、尊敬されていた。現在、教員の教育レベルはコミュニティーの大半のメンバーと変わらなくなっている。教員だからと言って尊敬されなくなってきた。むしろ一般の人のように午前9時から午後5時まで働かないため、軽蔑されることもある」と、教員に対する尊敬の喪失を説明している。興味深いのは、一般の人は教員が「正直な仕事(honest work)」をしていないと感じていると指摘していることだ。
その結果、「生徒の親はクラスで教員が何をしているか、本当には理解していない。多くの親は、教員は週5日、学校に来て、1日6時間、教室で話をして、早々と家に帰る。難しい仕事をしているとは思っていない」と、一般の生徒の親の意識を説明している。また「親が教員の仕事を理解するのは難しい」とも指摘している。多くの親は、学校で問題があると、「自分の子供が正しく、教員が間違っている。親は厳しくしつけをする教員や悪い成績を付けた教員を攻撃する」。米国の教育制度の崩壊が指摘されているが、教員はその“スケープゴート”にされる傾向があるとも分析している。
もともと教職はストレスの大きい職業である。特に米国では、教員は経済的にも、社会的にも最も報われない職業になっている。全ての職種の中で、公立学校の教員の「燃え尽き率」は最も高い。ギャラップ調査(6月13日、「K-12 Workers Have Highest Burnout Rate in the U.S.」)では、公立学校の教員が燃え尽き症候群にかかっている比率は52%で、他の業種を圧倒している。その結果、「世界をより良い場所にし、人々を助けるという夢を抱いて教員になっても、すぐに消耗し、敗北感を味わい、無関心になっていく」(教員専門サイトMiddle Class DAD, 「Teacher Burnout Statistics 2022」)。
教員のストレスは新型コロナ感染拡大でさらに大きくなっている。デラウェア大学の調査では、小学校の教員の不安と精神的消耗は新型コロナ感染前と比べると4倍も高くなっている。その結果、多くの教員は、早期退職や授業の非効率化、薬物依存、アルコール中毒という問題に直面することになる。
こうした中、教員のストレスと燃え尽き症候群に対処する動きも出てきている。今年の8月下旬、ニューハンプシャー州コンコードで、教員、校長、セラピスト、ソーシャル・ワーカーなど専門家が集まり、ワークショップが開かれた(AP通信, 8月28日、「School districts move to ease teacher stress, burnout」)。そこで教員のメンタル・ヘルスをケアする方法が議論された。教員の抱えるストレスや燃え尽き症候群に対して、やっと本格的に目が向けられるようになってきた。
いくつかの州では、教員のメンタルヘルスや教室環境の改善、教員引き留めのために資金を投入しつつある。ネブラスカ州とペンシルベニア州では、教員のメンタル・ヘルス対策を最優先項目と決定している。アトランタ市も地元大学と協力してクリニックと提携し、教員にメンタルヘルスサービスを提供するプロジェクトを始めている。デラウェア州では、教員の問題に対処するために、教員のために感情学習を行うコーチを採用している。
教員はメンタルな問題を抱えても訴えにくい状況がある。希望に満ちて教員になっても、厳しい現実の中で挫折する若い教員は多い。そのケア制度の確立は米国だけでなく、日本でも必要だろう。