8月24日、バイデン大統領は低所得層で「学生ローン(student loan)」を抱えている人に対して、1万ドルを上限に債務を免除する政策を発表した。ホワイトハウスの資料によれば、「1980年以降、大学の授業料は約3倍に増えた。連邦政府の返済の必要のない奨学金『ペル・グラント』はかつて、4年制の公立大学で学位を取るのに必要な経費の80%をカバーしたが、現在では33%ほどにまで低下している。その分、学生は借り入れをしなければならなくなっている。現在、学生は卒業する時、2万5000ドルの借金を抱えている」と指摘している。さらに「借り入れをしている学生の3分の1は、学費が高過ぎるために大学を中退している」と、米国の学生が置かれた厳しい状況を説明している。
では米国の大学の授業料はどの程度なのか。『Trends in College Pricing and Student Aid 2022』によれば、4年制の州立大学で州外から来た学生の授業料は平均で2万8240ドル、寮費1万2310ドル、総額4万550ドルになる。私立大学では授業料3万9400ドル、寮費1万4030ドル、総額5万3430ドルである。米国では全寮制を取っている大学が多い。日本の大学の授業料と比べると、かなり高い。多くの大学では、大学独自の奨学金を提供しているが、その額には限度があり、多くの学生は民間の「学生ローン」に頼らざるを得ない。
かつて日本では、教職に就くと奨学金の返済が免除される制度があった。現在その制度は廃止されており、教員になっても奨学金返済の負担は残る。米国にはペル・グラントのように返済の必要のない公的奨学金制度や、大学独自の贈与形式の奨学金制度があり、日本より恵まれている印象がある。ただ学費が日本より圧倒的に高いため、相当額の学生ローンを借りないと学位は取れない現実がある。では、卒業後、教職に就いた人は、どの程度の債務を抱えているのであろうか。
全米教育協会の『Student Loan Debt Among Educators: July 2021』によれば、45%の教員は「学生ローン」を借りている。平均借入額は5万5800ドル(日本円で約780万円)だ。「学生ローン」を借りた教員の約半分以上が現在も債務を抱え、その平均債務額は5万8700ドルである。教員の14%は10万5000ドル以上の債務を抱えている。18歳から35歳の若い世代の教員の65%が「学生ローン」を借りているに対して、61歳以上の教員では27%しか借りていない。これは授業料の高騰で若い世代の「学生ローン」依存が高まっていることを示している。若い世代の教員の42%は平均で6万5000ドル以上の「学生ローン」を借りている。
教職歴が11年以上の教員のうち42%がまだ債務を完済しておらず、平均債務残高は5万6500ドルである。このうち40%の教員の債務残高は2万5000ドル未満だが、14%は10万5000ドルと、非常に多くの債務残高を抱えている。61歳以上の教員の25%が未返済残高を持ち、そのうちの約40%が4万5000ドル以上の債務残高を抱えている。
人種的には、黒人教員の56%が「学生ローン」を借りている。これに対して白人教員の比率は44%と低い。黒人教員の平均借入額は6万8300ドルで、白人教員の5万4300ドルを上回っている。
上記の報告書では「若い教員は債務返済負担のため、住宅購入や大学院進学、結婚する際に大きな影響を受けている」「教員の59%が緊急時に備えた貯蓄をすることができないと答え、40%がローン返済の負担が精神的、肉体的、感情的な大きな影響を及ぼしていると答えている」と指摘している。
高額の「学生ローン」を借りて教員資格を取得しても、教員の給料は極めて低く、多くの教員は返済に追われている。全米教育協会の調査では、2020~21年の初任給の平均額は4万1770ドルだった。前年比で4%上昇しているが、インフレ調整後の実質ベースでは4%減少している。州別では最低の初任給はモンタナ州で3万2495ドル、次がミズーリ州で3万3234ドル。最も高い初任給はワシントンDCで、5万6313ドルである。ただ全体的に給与水準が低く、それが「学生ローン」返済が進まない大きな理由となっている。
ティーンエイジャー向けのファッション誌『Teen Vogue』が、教員を目指す学生や教員たちの声を伝えている(11月11日、「Teacher Salaries Are So Low That They’re Working Multiple Jobs」)。ミズーリ大学の学生は「教員の給与が低いことは誰でも知っている。教職に就くのはお金のためではない。情熱だと思う。子供たちを助け、教えることに対して情熱を持っている」と語っている。
代用教員で働いた経験のある女性は「教員は人々が思っている以上に仕事に時間を使っている。週に60時間から80時間働いている。週60時間働いて、初任給が4万ドルということは、時給では12~13ドルに過ぎない。時給15ドルだと、寝室が2つあるアパートを借りることはできない。教員は給与だけでは家族を養えない。副業をしなければならない」と、経済的な厳しさを語っている。
教育現場は、教員の“情熱”に依存している傾向が強い。ある教師は、過重労働、低賃金によって「燃え尽きた」と語り、その状況を「情熱疲れ(passion fatigue)」と表現している。また「私の価値にふさわしい給与をもらう必要があると信じている。私は平均給与3万3000ドル以上の価値がある」と語っている。
多くの国が共通の教育問題を抱えている。教員の給与や労働時間などの待遇も、その一つだ。教員が「専門職」にふさわしい待遇が与えられているかどうか、疑問である。巨額の借り入れをして教員になっても、経済的に十分なリターンがない状況は異常だ。教員に対してもっと積極的な経済的支援が必要なことは間違いない。