近年、米国ではスーパーマーケットや教会などで銃撃事件が頻繁に発生しており、学校でも児童生徒や教職員が犠牲となる銃乱射事件が多発している。ガン・バイオレンス・アーカイブによると2021年には693件の銃撃事件が発生し、ジョー・バイデン大統領は6月にホワイトハウスの会見で「米国では日常生活の場が殺害場所になっている」と述べた。
22年には11カ月の間(12月5日時点)に620件の銃撃事件が起こり、そのうち275校で学校銃撃事件が発生した(ガン・バイオレンス・アーカイブ調べ)。
学校の銃乱射事件で世界的に最も知られているのは、1999年に生徒12人と教師1人が死亡したコロンバイン高校(コロラド州コロンバイン)の事件だろう。22年5月に児童19人と教師2人が死亡したロブ小学校(テキサス州ユバルディ)の事件は記憶に新しい。
そんな中、米国では「教師が銃武装すれば銃乱射事件は解決する」という声が上がり、「(自衛のための)教師の銃武装」を巡って教師らが賛否両論を繰り広げている。
教師の銃武装についてどう思うか。この問いに「どのような状況であっても、学校内にいる人間は武装するべきではないと考えている」と答えるのは、ニューヨーク州の小学校に勤めるクリストファー・アルブレッツ教諭。
「教育機関の目的は人に教えることで、警察の目的は人を統制すること。学校は学習の場。児童生徒に自制心を教える場であって強制する場ではない。教師が児童生徒を力ずくで支配することは児童生徒に恐怖心をもたらし、教師と児童生徒の間に壁を作ることになる。それは 『信頼』を破壊する。『信頼』は学校を成功させるために不可欠な要素だ。銃は怒りを生み、それ故に銃が増えるのだ。(銃乱射事件などの)校内暴力をなくす最良の方法は、学校と地域社会の間によいコミュニケーションを築くことだ」と語る。
教師の銃武装に強く反対するのは、学校の安全対策の指導を行う全米学校安全・保安サービシス(オハイオ州クリーブランド)のケネス・S・トランプ社長だ。
反対する理由についてトランプ社長は「教師、校長、管理人、その他の学校職員に、8~60時間をかけて銃の発砲や取り扱い方法を訓練し、公共安全に関与する資格を与えることは、かえって安全に対する高いリスクとなりうる」と指摘し、「子どもたちを支え、育てる役割を担っている教師らに、その子どもたちと同じ人間を一瞬で殺す心構えを持てと強制するのも現実的ではない」と強調する。
一方、「教師の銃武装で銃撃事件は防げる」と考える教師もいる。テキサス州の私立高校に勤めるジョン・バーグマン教諭は「学校で教師を武装させることについては、複雑な心境だ。私は銃を所有していないし、銃を持つことに抵抗がある」と言及した上で、「しかし、もし選ばれた教師や学校職員が厳しい訓練を受け、その武装した教師や職員が校舎内にいたとすれば、銃撃事件の抑止力になり、生徒を守るための安全対策になるとも信じている」と述べる。
また、銃乱射事件の被害者や犠牲者の遺族らの中にも、「教師や職員の銃武装」案を支持する声も増えつつある。
実際に、教師が銃を持っていたために事件の抑止力になった例もある。1997年にパール高校(ミシシッピ州パール)で発生した銃乱射事件では、同校の教頭が自分の車から銃を取り出し、逃げる犯人(生徒2人を殺害した後)を拘束し、到着した警察が犯人を逮捕することに成功している。
その一方で、18年2月にジョージア州のダルトン高校では、男性教諭が銃を発砲する事件が発生した。同事件のように、教師が銃を保持しているために新たな問題が増える可能性も出てくるだろう。このことから「教師に銃を持たせれば別の危険が生じる」と反対する声もある。
米国で「教師の銃武装を」と声に出す人が増えている背景には、18年2月にマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校(フロリダ州パークランド)で起きた銃乱射事件(生徒14人、教師1人、学校職員2人が死亡)に関して、当時のドナルド・トランプ大統領が「もし、銃器の扱いに長けた教師がいれば、銃撃を素早く終わらせることができる」と発言した影響が大きい。「軍隊や特殊訓練を受けた熟練教師に隠し銃を持たせる」という案もトランプ前大統領は発言していた。
トランプ前大統領の同発言の要因の一つに挙げられるのが、共和党の支持基盤である全米ライフル協会(NRA)の存在だ。同協会は「銃は人を殺さない。人が人を殺す」というスローガンを掲げており、多くの共和党派の政治家は銃規制に積極的ではない。
教師が銃武装をすることによって銃の需要は高まり、同協会にとっては有益となるだろう。逆に銃規制が実施されたら同協会の利益は減るだろう。現政権のバイデン大統領(民主党)は銃規制を推進させようと努めているが、共和党の反対が強いため果たせないままとなっている。
一方、トランプ前大統領が18年2月にホワイトハウスで「マージョリー・ストーンマン・ダグラス高校」の銃乱射事件の被害者や犠牲者の遺族らと面会した際、出席者の多くからは、トランプ前大統領の「教師や職員の銃武装」案を支持する声が上がっていたことも事実だ。
米国の学校では銃撃事件への対策や警備が大きな課題となっている。日本の学校で行われている火事や地震に備えた避難訓練のように、米国の多くの学校では銃撃事件に備えた避難訓練が行われている。避難訓練の方法は「教師が児童・生徒を教室の一角に集め、教室のドアに鍵を掛け、照明を消して窓から離れて待機すること」が一般的だ。
前出のトランプ社長は「学校長らが学校の安全が最優先であると美辞麗句を並べることは簡単だが、その言葉が予算や実際の行動に反映されていない」と指摘する。
具体的な対策について「学校の安全を確保するためには、教師や管理職の職員だけではなく、学校の管理人、メンテナンスチーム、フードサービススタッフ、バス運転手、セキュリティースタッフなどの現場の最前線にいる人たちにも、それぞれの業務の観点からセキュリティーと緊急時の備えの訓練を受けさせる必要がある。予防、計画、準備、実践が重要だ」とトランプ社長は説明する。
「監視カメラや金属探知機、生徒や教職員らの入退室管理など、テクノロジー機器によって行う安全対策は、人々に安心感を与えるかもしれないが、必ずしもそれが実際の安全性を高めることにはならない」とも指摘する。「学校安全訴訟の民事訴訟専門家としてアドバイスするなら、セキュリティーのハードウェアや機器の不具合よりも心配しなければならないことは、学校のポリシーや教職員の訓練などといった人的要因の不具合だ」と強調する。
銃撃事件に備える最も重要なことは「よく訓練され、高い警戒心を持ったスタッフと生徒たち」と「武器、危害を加えようとする子どもや自傷行為を考えている子どもについて知っていることを、信頼できる大人(保護者や教師)に伝えられる生徒」の存在だとトランプ社長は明かす。
米国では、州法により学校区に学校警察を置くことが認められている場合もある。トランプ社長は「市や郡の警察官を学校に配置すること」を以前から支持している。
「教師の銃武装ではなく、別の方法で」と考える教師も目立つ。前出のアルブレッツ教諭は「真の地域社会は学校が中心となっていることが重要だ」と話し、「私は毎晩、保護者たちへ電子メールを送り、授業内容から議論のポイントまで知らせている。教師も生徒も、地域社会に積極的に参加することが必要。私は自分が教えている学校の地域に住んでいるため、地域の人たちは、教師という役割を超えて、私のことを知っている。地域の中に溶け込むことが大切だ」と強調。
「私は、頻繁に家庭訪問を行い、生徒と保護者らとよいコミュニケーションを保つことを心掛けて、学校での生徒たちの安全を守っている。私たちの建物には鍵付きのドアや二重ドアがあるが、これが答えだとは思っていない。平和への鍵は、誰も締め出す必要がないこと。そのためには、人間関係、優しさ、責任、尊敬を生徒たちに教えることが大事。(銃撃事件を防ぐには)そういうことが効果的だと思っている」と語る。
ユニークなアイデアもアルブレッツ教諭は明かす。「例えば、ある学区で小学校から高校まで全員が同じ小説を読んでいると想像してみてほしい。その小説は、全ての年齢の子どもたちに理解できる題材がふさわしい。さらに、その学区の地域にある企業にも働き掛けて、学校と同じスケジュールで企業の従業員たちにも同じ小説を読んでもらう。その本をテーマにした学校と地域のイベントを行うことによって、学校の子どもたちと地域社会の人たちがよいコミュニケーションが取れるようになる」と考える。
銃撃事件を「銃」や「ドアに鍵を掛けること」で解決するのではなく、「人と人のつながり」や「道徳心」で解決する方法を口にする教師を増やすことが、銃撃事件を解決できる鍵になるのかもしれない。
銃撃事件が起こる主な原因として、いじめや仲間外れ、薬物中毒やメンタルヘルスの問題が指摘されている。「教師の銃武装」が学校銃撃事件の解決方法になるのかどうか、今後も議論を続ける必要はあるだろう。