10代のメンタルヘルス問題は「国家危機」の状況 米国

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青少年のストレスに関する衝撃的な報告

 2月に米国の疾病予防管理センター(CDC)が、10代の青少年の精神状況に関する報告書『Youth Risk Behavior Survey 2011-2021』を発表した。同センターは2年置きにデータを集め、10年間の青少年の精神状況の推移に関する調査を行っている。今回の調査は2011年から21年の間の変化を調べたものである。その内容は驚愕(きょうがく)であった。

 同報告を受けて、米国メディアもその内容を報じている。『ニューヨーク・タイムズ』は2月18日に「American Teens Are Really Miserable. Why? (アメリカの10代は本当に惨めである。なぜか?)」と題する記事を掲載している。雑誌『The Atlantic』も2月16日の同誌ウエブサイトに「America’s Teenage Girls Are not OKAY(アメリカの10代の少女たちは大丈夫ではない)」と題する記事を掲載し、10代の青少年、特に女子生徒が直面する精神的な問題の深刻さを伝えている。

 CDCの報告書は「性的行動、暴力の経験、メンタル・ヘルス、自殺未遂や自殺に関する全ての指標は(この10年で)大幅に悪化している」と指摘している。「コロナウイルスが感染拡大する10年前から生徒のメンタル・ヘルスは悪化し続けており、中高生の40%以上が悲壮感や無力感を感じており、鬱(うつ)病的な症状を経験し、過去1年のうち少なくとも2週間は通常の活動を行えない状況にある」と指摘している。

 CDCの報告は、男子生徒よりも女子生徒がより深刻な状況にあると指摘している。「2021年には女子生徒の約30%が過去30日間にアルコールを飲んでいた。約20%が過去1年に性的な暴力を経験し、14%の女子生徒が強制的に性行為を強いられ、60%の女子生徒が過去1年間に継続的な悲しみや無力感を経験し、25%が自殺を考えたことがある」と指摘している。

 『The Atlantic』の記事は「11年から21年の間に、悲壮感や無力感を抱く女子生徒の数は36%から57%に増えている。これは過去最高の上昇である。自殺を考えた女子生徒の割合は、この10年で倍になっている。男子生徒も上昇しているが、女子生徒に比べると増加率は小さい」と指摘し、さらに10代の青少年の精神的な問題が急速に深刻化していることは「国家的危機」であると表現している。

 教員専門のサイト『The 74』は、生徒のメンタルヘルスの問題が学習にも影響を与えていると指摘している(昨年12月7日、「A ‘New Normal’: National Student Survey Finds Mental Health Top Learning Obstacle」)。同サイトは「Youth Truth」の調査結果を引用し、「鬱(うつ)と不安が米国の中学と高校の大多数の生徒を苦しませている。中学校では鬱(うつ)やストレス、不安が最も共通した学習の障害になっている」と、メンタルヘルスの状況悪化が学習能力にも影響を与えていると指摘している。

失われる学校との“つながり感”

 CDCの報告はこうした現象の背景を「21年の調査では、女子生徒、有色人種の生徒、LGBTの生徒、同性愛の生徒は、学校との結びつき(connectedness)が弱いと感じ、自分たちは守られていないという感覚を抱いている」と説明している。学校を含む社会から孤立することで、青少年の多くは孤独感や焦燥感を持つようになり、精神的に追い詰められている。さらに『The Atlantic』の記事は「ソーシャル・メディアの普及、友人と過ごす時間の減少に加え、銃撃事件の多発や気候変動など存在を脅かす危機の存在、子育ての変化による、子供たちの精神的な回復力の低下」を要因として指摘している。

 『ニューヨーク・タイムズ』の記事も「ソーシャル・メディアが1990年代と比べると成人年齢の経験を悪化させている」「スマートフォン革命が家族関係の安定性を低め、宗教心を低下させ、自己意識を強め、社会的な規範に対する強い敵意を生み出している」と、同様の分析をしている。

 CDCはこうした青少年の精神的な問題の解決策として、「学校とのつながり(school connectedness)」を高めることが重要だとしている。「学校は、低学年から社会的、情緒的プログラム(social and emotional program)を始め、高学年になれば若者向けの開発プログラム(youth development program)を始めることで、学校とのつながり意識を高めることができる。全学年を通して、教師やクラスの管理者に対して専門的な開発プログラム(professional development)を提供することで、学校とのつながり意識を高めることができる」としている。さらに「学校べースのサービスを改善し、若者や家族を地域社会のケアに結び付けることで、必要なサービスへのアクセスを高めることができる」とも指摘している。

進む青少年向けの独自のセラピー制度の導入

 状況の深刻さに対応して、青少年のメンタルヘルスに対する取り組みは始まっている。政治専門サイトの『The Hill』は青少年の精神的なケアのために、もっと積極的に資金を投下すべきだと主張している(昨年1月28日、「US youth are in mental health crisis―we must invest in their care」)。同サイトは「メンタルヘルス問題は子供たちの教育に重大な影響を与える病気である」と指摘し、「わが国の若者に対するメンタルヘルス制度は根本的に欠陥がある」と、改善の必要性を訴えている。「私たちはメンタルヘルスに関わる働く人を強化しなければならない。連邦政府は医者を訓練するために年間150億ドルを支出している。しかし、メンタルヘルスに関わって働く人に対する支出は全体の500分の1でしかない」と、政府の対策の不十分さを批判している。

 そうした厳しい環境の中で行政に頼らない仕組みも導入されつつある。コロラド州の子供病院は「子供やティーンの深刻なメンタルヘルス問題の急増に警鐘を鳴らし、“非常事態”宣言を行った」。そして、この問題に取り組むために「I Matter」と呼ばれる仕組みが導入されている(Meeting the Moment、1月20日、「Colorado experts declared a youth health emergency, Here’s what happened next」)。12年生以上はオンラインでセラピー・セッションに登録でき、12年生以下は親の同意があればセッションに参加できるようになっている。同州には200人以上の「I Matter」セラピストが存在し、子供の治療にあたっている。

 さらにロサンゼルス郡は100万人を超える同郡のK-12生徒が電話によるセラピー(teletherapy)を無料で受けられる制度の導入を計画している(『The 74』、2月21日、「1.3 million Los Angeles Students Could Access Free Teletherapy」)。同郡には80の学区があり、それぞれがテレセラピーの専門会社Hazel Healthと協力し、サービスを提供する権限が与えられることになる。同様の試みは他の州でも進んでいる。

 米国の若者は日本と比べれば比較にならないほど、多くのストレスに取り囲まれている。社会的な分裂も若者の心に大きな影響を与えている。個人主義が孤立を誘発している面もある。米国では青少年の死因の第2位が自殺だ。青少年のメンタルヘルスの状況は、まさに「国家的危機」と言っても過言ではない。ただ、同時に社会が迅速に対応するのも米国社会の特徴である。日本でも規模は違うが同じような問題が存在している。しかし、それが表面化しにくいのが日本の特徴であり、同時に問題でもある。また、日本では行動を取るまでに時間がかかる。米国の取り組みは日本でも参考になるだろう。

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