【GIGAで学校改革】 中学理科で一斉授業をやめてみた

【GIGAで学校改革】 中学理科で一斉授業をやめてみた
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 生徒が社会に出て必要な力を育てるには、ICTを活用して授業を大胆に変える必要がある。たとえ不安があっても――。千葉県にある船橋市立飯山満中学校の辻史朗教諭はそう考えて一斉授業をやめたと話す。授業中、チョーク&トークはほぼゼロ。一人一人の生徒が黙々と課題に取り組む静かな時間が流れる。どのようにしてこのような授業に行き着いたのか、理科の授業を取材後、その経緯を聞いた。(全3回)

チョーク&トークを手放す

――さきほどの3年生の理科「宇宙を見る」の授業では、生徒が地球や月、金星に関する疑問を出し、各自で選んで解説するデジタルポスターを作っていました。自ら問いを見つけ、情報を集めて分析し、まとめ・発表していく。まさにICTを活用した探究型の学習です。普段からこうした授業をされているのですか。

 なるべくそうするようにしています。生徒が私の説明を聞くのではなく、生徒が関心のあるテーマを選んで調べ、発表するプロセスを通じて必要な知識を学んでいくようにしています。

 比較的取り入れやすいのは生物・地学分野です。暗記項目が多い分野だけに知識の伝達に走らず、生徒たちが本質的なところに迫りながら学べるようにと考え、一斉授業は行わないようにしました。まとめや振り返りも生徒に任せて、「まとめのためのまとめ」はしないようにしています。

――生徒が集めた情報やまとめたスライドの内容が間違っていたら、どうするのでしょうか。

 提出したスライドなどの成果物に私が目を通し、指摘することで調べ直しを促しています。スライド中の間違いを直接指摘することもあれば、範囲だけを示して「調べ直して修正して提出を」とコメントを付けることもあります。

辻教諭の理科の時間。50分間ずっと各自が単元のまとめスライドを作成していた
辻教諭の理科の時間。50分間ずっと各自が単元のまとめスライドを作成していた

 明らかな間違いは、授業中に生徒の様子を見て回り、画面をのぞき込めば分かります。例えば、ネットで検索して一つの情報源だけを基にしてスライドを作ろうとしている様子を見たら、「調べたことは、別の方向からも裏を取ろう」と呼び掛けます。ウェブサイトから情報を丸ごとコピペしがちな生徒も、ある程度は把握しています。

 生徒が主体的に課題解決を進めていくような授業にする上では、生徒の様子をよく観察することが大事です。私自身、生徒たちの学びの様子をしっかりと見て、把握する役割に徹してきました。今では黒板に何か書くと、「辻先生が黒板に書いた」なんて学級日誌に報告されるほどです。

――実験が必要な単元はどうしているのでしょうか。みんなで一斉に実験ができないといけないのでは…。

 実験の多い物理・化学分野ではまず、実験結果を記入する紙のプリントをGoogleスプレッドシートに置き換えました。そうすることで、各班が実験結果を同時に入力し、瞬時に全員で共有できるようになります。さらには班ごとに条件を変えて実験し、結果を比較するような学習活動も容易になります。そうして一斉に行う「確認のための実験」から、それぞれが「何かを探るための実験」へと変わっていくのです。

代わりに鍛えたのは相互評価する力

――生徒が作成したスライドや実験のスプレッドシートの評価は、どのようにするのでしょうか。

 生徒同士で相互評価を行うことが多いですね。まず、その単元に入る前にGoogle Classroomにルーブリックを公表し、評価基準を示しておきます。その上で各生徒の発表をクラス全員で聞き、各自が評価をGoogleフォームに記入します。そして、そのデータを集計し、平均値をその生徒にフィードバックしています。

グループで見せ合う輪に、辻教諭も加わる
グループで見せ合う輪に、辻教諭も加わる

 最終的な評価は、生徒が行う相互評価と教師が行う評価を半々にして出しています。配点が100点なら50点は教師の評価、残り50点は生徒の相互評価という形です。成績に直結するだけに、生徒たちが相互評価をする力は中1の段階から鍛えてきました。相手を評価することの意味や具体的な評価の手法をしっかりと伝えているので、生徒たちは真面目に取り組んでいます。

 相互評価に慣れていない生徒はルーブリックを参照せずに、仲が良い友達に高い点数をつけるなど、正当とは言えない評価になってしまいがちです。なのでそこは常々、相手を評価するとはどういうことかを話しています。そうして中学1年からきちんと説明すれば、正当に評価できるようになります。

――もう少し具体的に、授業のどんな場面で相互評価を取り入れているかを教えてください。

 例えば、1年生の「いろいろな気体の性質」では、酸素、二酸化炭素、水素を発生させてその性質を確かめる実験があります。まず4人グループで一人ずつ、どの気体を担当するかを決め、私が「酸素の担当の人、前に来て」などと呼び掛けて、前に集めて演示実験をします。そのとき生徒は私の演示を端末で録画します。

 続いて、生徒は録画した映像を見ながら実験の練習をし、次の授業で自分の班で実験を説明しながら行います。各班では「内容を捉えているか」「説明がよくできるか」などの評価基準に沿って相互評価をします。

 ポイントは、私が演示するときに詳しい説明をしないことです。これまでの授業なら「酸素は過酸化水素水と二酸化マンガンで発生する。酸素は水に溶けにくい性質があるから水で満たした試験管に集めれば空気と混ざらないよね?」などと、教師が解説を加えながら見せていました。でも、この「~だから、こうする」の部分を意図的に省いて説明をするのです。

 すると生徒たちは、その補足の情報を調べながら実験を組み立てなければなりません。班で実験を見せるときに、「うまく説明ができている」「内容を捉えている」と班のメンバーが感じたら、「主体的に学習に取り組む態度」の観点でそう評価するのです。

 そうはいっても、生徒たちはノーヒントで実験を行うわけではありません。実験の前に教科書に載っている気体についての「まとめプリント」に取り組んだり、AIドリルのQubena(キュビナ)で知識の下地を身に付けたりしています。

 これまでのオーソドックスな理科実験は、教員の説明をよく聞いて、正しい手順で進めて確認することが求められていました。言葉を選ばずに言えば、実験さえこなせればよかったのです。でも、私の授業では自分で調べた情報を加えて、説明しながら実験をすることが求められます。薬品や実験器具を操作しながら原理を説明するのは、意外と難しいんです。それだけに生徒は自身が何を学習しているのかを理解し、相手に分かるよう伝えようとする意思が生まれてくるのです。

大人になったときに幸せになれる力を

――いつからこのような授業スタイルに変わったのですか。GIGA端末が整備されてからでしょうか。

 整備される以前の2019年度からです。新しい学習指導要領が翌20年度から実施されることが分かっていたので、「何か仕掛けておかないと」という意識がありました。ただ、端末が1人1台ずつそろう前だったので、ここまで大胆にはできませんでした。それでも、紙のプリントを使って生徒が自分で調べてまとめるという学習活動を取り入れていました。

――このスタイルが良いと確信したのはいつごろですか。
 
 今も確信は持てておらず、この授業の進め方で、本当に受験に対応できる学力が身に付くかという不安は常にあります。生徒も同じ気持ちでしょう。

受験か探究かの二項対立になってはいけないと語る
受験か探究かの二項対立になってはいけないと語る

 でも、常々話しているんです。「僕らの仕事は受験で君らを高校に合格させることじゃない。そこが塾と学校の違いなんだ」と。「みんなが社会に出た時、大人になった時に『幸せ』になれるようにするのが学校。そのための力を付けるために授業があると思っている」と話しています。

 目の前に受験があって、それに合格したいと思う気持ちはとても大切ですし、できることならかなえてあげたいと考えています。その一方で、学ぶ意味や本質は見失わないようにしたいのです。

――中学校の教員であれば、誰もが直面している葛藤かもしれません。

 本質的な話は、子どもたちに率直に伝えるようにしています。ただ、受験か探究かの二項対立になってはいけないと思うんです。テスト前は知識をしっかり覚えなければいけないので暗記をしっかりやる。時間があるときには自分で情報収集したり、表現するためのスライドづくりをしたりするなど探究的に学ぶ。そんなふうに学び方をうまく使い分けられるようになってほしいと考えています。

【プロフィール】

辻史朗(つじ・ふみあき) 千葉県船橋市立飯山満中学校教諭(理科)。校内のGIGA推進担当として「Google Workspace for Education」を活用した教育活動を進めている。また、千葉県授業づくりコーディネーターとしてICTを活用し、「主体的・対話的で深い学び」を実現する授業の実践に取り組む。その傍らGEG Chiba City共同リーダー、Google認定トレーナー・コーチとして活動中。共著に『逆引き版ICT活用授業ハンドブック』(東洋館出版社)。

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