教育大国シンガポールの教育改革 生徒の総合的な能力高める方向へ

教育大国シンガポールの教育改革 生徒の総合的な能力高める方向へ
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予算に占める教育費の比率は防衛費に続く規模

 シンガポールは人口560万人の小さな都市国家だが、国際ハブ都市として繁栄している。繁栄の背後には、優れた教育制度が存在している。資源の乏しいシンガポールにとって、人的資源の開発は繁栄に必須だ。教育重視の政策によって、教育予算は防衛予算に次ぐ規模を誇り、着実な成果を上げてきている。同国は「PISA(国際学力調査)」で常に上位にランクされている。それは、時代の変化に常に対応しながら独創的な教育改革を行ってきた成果であるといえる。そのシンガポールで現在、「総合教育(holistic education―ホリスティック教育)」へ向けた動きが加速している。

 教育省は教育政策を“学力重視”から生徒の“総合的な能力”を高める方向に大きくかじを切り始めている。3月1日、教育省は国会で「カリキュラム改革」を発表した。デジタル新聞『Today』は(3月2日、「A-level scoring to change 2026 to reduce emphasis on grades, give students room to pursue passion」)は、同改革の目的は成績重視の政策を転換し、生徒の負担とストレスを軽減し、教科外でボランティア活動など生徒が興味を持つさまざまな関心を追求するために時間的な余裕を与えることにあると説明している。 

 チャン・チュン・シン教育大臣は「PISAの順位を上げたり、成績を向上させたりすることを乗り越え、『スキルに基づく実力主義(meritocracy of skills)』の方向に転換していく。それによって、人生を始める場所に関わりなく、全ての人が自分の潜在力を実現する機会を与えられることになる。どうしたらわが国は世界の教育の範となれるのか。それは、成功に至る多様な道筋を準備し、実力主義を共感性と内包性、敬意と結び付ける国家になることである。そのために高等教育機関は適性に基づく入学制度を通して『スキルに基づく実力主義』を構築し、人生を通した学習のために異なったエントリー・ポイントや道筋を提供する重要な役割を果たすことになる」と語っている(『Today』、3月11日、「Singapore education should move focus grades to a meritocracy of skills: Chan Chun Sing」)。

 さらにシン大臣は「学ぶ喜びを培うために、良い成績を上げるためにテーマを選択するのではなく、生徒が自分の情熱を追求できるようになることを願っている。また生徒が自分自身で学習負担を調整することで、より多くの時間を総合的な発展に振り向けることができるようにする」と、生徒の主体的な学びの必要性を説いている。こうした試みは、批判的、創造的思考が重要なスキルとなる将来に向かって生徒を準備させるものである。

 カリキュラム改革は2026年から実施に移されるが、すでに同じ路線に沿った改革も行われている。小学校と中学校で年2回行われていた試験が、19年以降、1回に減らされる(『Today』、22年3月9日、「Mid-year exams to be scrapped in all primary, secondary schools by 2023」)。シン大臣はその狙いを、「小学校と中学校の生徒は19年以降、もう中間試験(mid-year exam)の準備のために机に座る必要はなく、自分で決めた学習や『21世紀に必要な能力』を開発するために、より多くの時間を使うことができるようになる。試験回数の削減によって良い効果がもたらされる」と説明。さらに「学校と教師は試験の回数を減らすことで、生徒の学びのペースと深さをよりうまく調整できるようになる。生徒も自分の学習に集中し、成績をそれほど気にしなくなる」と語っている。

 こうした政策に伴い、教育省は、多様な能力とニーズに合った広範な選択肢を提供する検討を行ってきた。24年までに中学校の能力別編成制度を廃止し、「Full Subject-Based Banding」制度が実施に移される。「Full Subject-Based Banding」は、学習の喜びを育み、生徒のさまざまな強みや興味に応えるための複数の学習経路を提供する制度だ。ただ、試験回数の減少で、学習能力の低下を懸念し、一部の親は子供を公立学校から私立学校に転校させる動きも見られた。

シンガポールにおける教育改革の歴史

 シンガポールの学者3人が、シンガポールの教育改革の歴史に関する論文を発表している(Center for Universal Education at Brookings、「Singapore’s Educational Reforms toward Holistic Outcomes」)。シンガポールの教育改革を5段階に分けて分析している。

 第1段階の改革は独立直後に始まった「生存に基づく段階(1965~78)」である。新しい技術習得と労働倫理の確立が課題とされた。第2段階の改革は「効率性に基づく段階(79~97)」で、新産業国家となったシンガポールに必要なスキルを生徒に習得させるための能力別編成が行われた。第3段階の改革は「能力と意欲に基づく段階(97~2011)」で、学校の規制緩和と差別化に基づく改革が行われた。生徒の能力に応じたカリキュラムのカスタマイズが行われた。第4段階の改革は「生徒中心、価値観に基づく段階(11~19)」である。生徒のホリスティックな発展が課題とされた。

 そして現在の「人生のための学習(Learn for Life)段階(20~現在)」に至る。成績重視から人々とつながり(connect)、協力し(collaborate)、創造し(create)、変化する環境に対する対応力を付ける(resilient to changing circumstances)への転換を目指す改革である。

 5段階を通して、①政府のトップダウン管理からボトムアップ政策への変化、学校のカリキュラムや評価に対する主体性の増加②中央集権的な指示から生態的な全システムの改革(ecological whole-system innovation)の高まり③教師主体の教育戦略から学習者中心の教育への転換――が見られ、新しいパラダイムである「中央集権的非集権制度(centralized decentralization)」へのシフトが起こっている。総合的な生徒開発(holistic student development)が、現在のシンガポールの教育改革の柱となっている。

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