美大・芸大の受験対策だけでなく、自分で答えを見つける力を育てるワークショップなどの授業をすることで、空き待ちが出るほどの人気教室となった「アトリエe.f.t.」。代表の吉田田タカシさんはコロナ禍に、不登校の子を持つ親が活動する拠点「トーキョーコーヒー」をスタートさせた。ポイントは「親が楽しむ姿を子どもに見せることで自己肯定感を育てること」だと話す吉田田さんに、インタビューの第2回では活動が全国へ広がっていった経緯などを聞いた。(全3回)
――「アトリエe.f.t.」には大人も通っているんですね。
カメラマンやデザイナーなどクリエーティブ系の人もいれば、サラリーマンや駅員さんなども通っています。ワークショップでは、そうした人たちが大学生や高校生に交ざって、一緒に活動しています。大人が中学生に教わることもあって、上下関係はありません。
「アトリエe.f.t.」では、一番人気の「ワークショップデイ」が月に1回あります。毎回、例えば「香りから何か形を描く」などのテーマが決まっていますが、同じ香りを嗅いでも、「柔らかい」とか「とげとげしい」とか、人によって表現が違ったりします。「じゃあ、色も想像してみよう」と僕が言うと、「さっぱり見えません」と言う人もいれば、「真っ赤」と言う人もいます。
続いて、香りから何か造形物を作るという活動に取り組むのですが、外に出て何か始める人もいれば、写真をいっぱい切り抜いてコラージュする人もいます。みんなそれぞれの表現で自分なりの答えにたどり着いて、最後にプレゼンをするんです。
――ワークショップは毎回何人ぐらい参加しているのですか。
10人ぐらいです。毎回、取り組む内容が異なります。「森に行ってグループごとに森と一体化する」とか、「虫みたいなものをつくって地中に埋まる」とか、原始民族みたいなことをやったりもします。以前、「透明」をテーマにしたときは、鉛筆の粉で汚れた床を消しゴムで人型に消して、まるで透明人間がいたかのように表現する人もいました。
また、「家とは何か」を探るワークショップでは、家であるための最低条件を話し合った上で制作しました。あるグループは、自分のプライバシーを守る最低限の条件は「顔」だと考え、顔だけを隠す「顔だけマンション」を創作しました。創作活動は数学の方程式のような回路ではなく、やったことのない思考回路、考えたことがないような回路を使いながら進めます。
最近よく「見通しのきかない時代」だとか「先行き不安な時代」などと言われますが、これまで日本の教育の基盤となってきたのは「安定」を求める教育だったと思うんです。でも、今の時代は海に例えたら波のない場所なんてどこにもないという感じです。だからこそ「波乗り」を教える方が時代に合っていると思います。どんな波が来ても乗れるような力、生きる力そのものを育てていく教育が必要で、そのために答えが一つではない授業をやっているんです。
――新しい活動として広がっている「トーキョーコーヒー」もユニークなネーミングですね。詳細を教えてください。
コロナ禍の自粛期間が続いた時、「ステイホーム」などでみんな苦しかったじゃないですか。ずっとやってきた仕事がいきなり止まって、人生を振り返る時間のようなものを与えられた感じで、「自分たちがやってきたことは、本当にそれでよかったんだろうか」みたいに悶々とした気持ちが世界中に漂っていた時期があったと思うんです。
僕は生駒山に土地と建物を持っています。ボロボロの平屋ですが、とても気持ち良い場所です。当時は「集まる」なんて言葉を使うのもはばかられましたが、やはり僕らは群れで生きていく生き物なんだから、「屋外だったらいいんじゃないか」となり、森の中に集まって何かつくることからもう一回人生を始められないかと思ったんです。
具体的に何をやったかというと、リノベーションです。ボロボロの家をみんなで作り直して、里山活動みたいなことも含めて全部、素人だけでやろうとしました。目的はリノベーションを完成させることではなく、みんなで作るプロセスです。それが本当にもうむちゃくちゃ楽しかったんですよね。みんなで石を積み、同じ釜の飯を食べ、終わったら一緒に銭湯へ行き、初対面の人ばかりでも一緒に何かを作ることですぐ仲間になれることはすごいなと思いました。
活動は平日に開催していましたが、その中の何人かが、「子どもが学校に行っていないので、連れて来てもいいですか?」と言い始めました。僕からは「ここは大人のための場所だから子どものものは何もないし、子どもが楽しめるようなワークショップもやらないけれど、それでもいいなら来てもいいよ」と伝えました。
それで、子どもは基本的に「ほったらかし」にし、危険がありそうなときだけ手を差し伸べるようにしました。当初はYouTubeを見ている子もいたし、騒いでいる子もいましたが、次第に安心感が芽生え、そのうち主体性が勝手に芽生えて昆虫探しに行ったり料理を手伝ったりするようになりました。そうして主体的に何かをやり始める姿を見て、「偶然だけど、すごい仕組みができたかもしれない」と思ったんです。
「自己肯定感を育む仕組みに偶然たどりついた」と話す
僕がずっと大事にしてきた教育の根幹となる部分は、自己肯定感だと思うんです。自分が「ここにいてもいいんだ」と思えるような安心の先に、自分の人生を変えるような意欲が湧いてくる。さらにその先には思考力やコミュニケーション力、創造性などの非認知能力が育つ。その根幹となる自己肯定感が、大人がわいわいと楽しんでいると、子どもの中に勝手にできてくることに気が付いたんです。
――それが、「トーキョーコーヒー」のスタートにつながったんですね。
これまで、「アトリエe.f.t.」をやってほしいといろいろな所から言われてきました。フランチャイズ化する話もありましたが、やらなかったのには理由があって、スタッフを育てるのが難しいんです。マニュアルもない中で、一人一人異なる特性・個性を持つ子どもにどんな声掛けをするのか、瞬時に考えないといけないわけで、とても高度でフランチャイズ化しにくい教室なんです。
そのため、これまではかたくなにしてこなかったんですが、少なくとも「主体性」と「自己肯定感」という2つのキーワードに関しては、コロナ禍の森の活動の仕組みを使えば、すぐに教えられると考えました。これまでずっとやりたかったことを、今こそやるべきだと思ったんです。それが、登校拒否をもじって名付けた「トーキョーコーヒー」の活動です。
【プロフィール】
吉田田タカシ(ヨシダダ・タカシ) 1977年、兵庫県生まれ。大阪芸術大学卒。98年に「アトリエe.f.t.」を開設。2021年に「トーキョーコーヒー」の前身に当たる「生駒の森」の改修を開始。同年、生駒駅前に駄菓子屋「チロル堂」をオープン。アート活動の傍ら、98年に結成したスカロックバンド「DOBERMAN」は、FUJI ROCK FESTIVALへの出演、ヨーロッパツアー、韓国ツアー、フェスの開催など国内外で活躍中。