異年齢集団の学び。イエナプランやモンテッソーリ教育が根幹にしていることで知られ、ソーシャルスキルの育成や学び合いなどが狙いだ。子どもを学年別に編成するのが一般的な日本の学校でも、導入が進みつつある。「共に学ぶ」第14回では、「一斉」「平等」という概念を取り払い、年齢も特性も多様まちまちな子どもが共に学べる場を作ろうとする取り組みを中心に、異年齢集団の学びの可能性を考える。
東京都最西部に位置する檜原村に開校した、オルタナティブスクール「森のスコーレ」。小学1年生から中学3年生までの子どもが、それぞれの関心に応じて性別も年齢もまちまちな仲間を作り、自由に遊びながら学ぶ場だ。
発起人は、約30年間にわたり私立栄光学園中学校・高等学校(神奈川県鎌倉市)で数学を教えてきた井本陽久さんだ。「イモニイ」の愛称で知られる井本さんは、2019年から栄光学園の非常勤講師を務めながら、学校になじめない子どもが集う私塾「いもいも」を主宰している。今年に檜原村に移住して、9月に森のスコーレを開校した。
井本さんと共に森のスコーレを立ち上げ、責任者となった飯塚直輝さんも元教諭だ。21年度まで鎌倉学園中学校・高等学校で英語を教えており、表現力を育む授業やESSの取り組みに力を入れてきた。校外でも精力的に活動しており、20年から桜美林大学との共催で「全国高校生グローバルイングリッシュアワード」を運営したほか、ケニアやフィリピン、バングラデシュの貧困街の子どもに授業をする教育支援もしている。今年3月に鎌倉学園を退職し、現在は森のスコーレの他に、他者との関わりに抵抗のある子のための「森の生活」も主催して、森のスコーレなど集団での学びに子どもが踏み出せるよう支援している。
学校を退職した井本さんらが満を持して開校した森のスコーレは、オルタナティブスクールの中でも際立った存在だ。一斉授業や時間割がないのはもちろんのこと、天井や壁に囲まれた教室もない。野外体験が主で、自然豊かな檜原村の川や森が「学びや」の役割を担っている。子どもはそれぞれの関心のままに、木材を用いた制作や川の水を利用した実験、山の探索などに取り組む。
こうした野外体験をするのは週3日で、その他にスタッフの自宅など屋内で学習する日が1日ある。各自の興味関心に沿った探究学習に充てられ、「カニの生態が知りたい」「比率を理解して料理に役立てたい」など、それぞれが今知りたいテーマを基に、スタッフが支援しながら学びを進める日だ。金~日の3日間は休日となる。
現在、森のスコーレでは15人ほどが学んでいる。その多くは遠方に自宅があるため、かつて観光客向けコテージだった宿舎が寮として用意されており、子どもたちは月曜日の朝に集まって森のスコーレに参加し、木曜日の夕方に檜原村を出て週末を自宅で過ごす。週の大半は親元を離れて生活する日々だが、それでも子どもたちは森のスコーレでの学びを選んでいる。
森のスコーレは年齢で学びを分けることをしない。食事も皆で屋外の炊事場を使って調理し、皆でとる。夕食後には対話があり、その日の学びを深めている。厳しい自然の中で野外体験をする時などは「12歳以上」と区切ることもあるが、 基本は7歳から15歳までが、年齢も性別も超えた仲間を自由に組んで共に学ぶ。
飯塚さんやスタッフによれば、森のスコーレは一般にあまり知られていない。井本さんはその理由を「広報に手が回っていないから」と話す。発信は飯塚さんのフェイスブックからのみ。通っている子どもの保護者は井本さんの講演会や対談で森のスコーレを知って直接問い合わせてきているという。
森のスコーレに通う男児Aくんの母Bさんも、ある映画監督と井本さんの対談で森のスコーレを知った。1年以上続いていたAくんの「登校しぶり」に悩んでいたBさんは、すぐにAくんを伴って森のスコーレに参加。瞬く間に雰囲気になじみ、楽しそうに過ごすAくんを見て、Bさんは入学を決意した。小学生でまだ幼いAくんと週に3~4日も離れて暮らすのは忍びないと、移住も決意。交通の便などを考え、檜原村に隣接するあきる野市に転居先を定めた。都内に勤務するAくんの父も共に転居した。
「他にも千葉県や神奈川県などに住む子たちが家族で移住してきている」とBさんは話す。コロナ禍でリモートワークが促進されていることも背景にあるとしながら、「移住を決めるほどの魅力が森のスコーレにはある。通常の学校のクラスには収まりきらなかった子たちが、ここでは伸び伸びと自分らしさを発揮できていて、他の子の特性も『その子らしさ』と捉えているようだ」と語る。
そうBさんが語る横でAくんは、学年が上の女児と肩を組んでスキップしながら周辺を散策していた。虫を見つけて観察したり、別の年上の子や飯塚さんと会話をしたりして、何を学ぼうか探っている様子だった。Bさんによれば、Aくんは飯塚さんに誘われてチャレンジした調理に夢中で、初めて扱う包丁や火を上手に使いこなして腕を上げているという。森のスコーレに来るたびに新たな学びとの出会いがあるとのことだ。
この日はAくんにとって予想外のことが起き、飯塚さんにしがみつき涙ながらに叫ぶようにして感情を吐き出す場面があった。その時には年上の子どもが次々と集まり、ラップ音楽を即興で作るのが得意な子が歌って笑わせようとしたり、話し上手な子がAくんの気持ちを代弁しようとしたりと、それぞれが自分なりの方法でAくんに寄り添っていた。その様子を見つめる年下の子たちも、他者の力になろうとする姿勢を学んでいる様子だった。最後には飯塚さんがAくんの訴えを丁寧に聞きながら、時間をかけて改善方法を話し合った。
森のスコーレについて飯塚さんは「自分が自分のままでいられる場所であること」を重視していると話す。年齢も特性もばらばらであるが故に、それぞれ違うのが当たり前で、互いにその違いを「その子らしさ」と認め合うことができているとのことだ。記者の目には、子どもたちだけではなく、研修生として参加している大学生、スタッフ、そして井本さんや飯塚さんまでもが、互いの個性を受け入れながら年齢を超えて学び合っているように見えた。飯塚さんは「森のスコーレには、そのままの自分を受け入れてくれて、好きになってくれる仲間や大人がいる」と強調する。
とはいえ、森のスコーレは始まったばかり。井本さんは「これが一番いい形なのかは分からない」と語る。今後どのように変容するか分からないとした上で、「理想は子どもが勝手に学ぶこと。大人が分かりやすい成果を求めて型にはめようとすると、自然な学びは止まってしまう」と話し、「森のスコーレの基本は子どものありのままを認めること。そうすれば子どもは自ら最高に輝く」と力を込める。
子どもを学年別に編成する学校教育の是非は長く議論されてきた。そこに新たな手法を示したのが、異年齢集団を根幹とするイエナプランやモンテッソーリ教育などのオルタナティブ教育だ。近年では日本でもイエナプランを取り入れる公立小学校が増えており、異年齢集団の学びを積極的に展開している。
例えば岐阜市立則武小学校は昨年6月から毎月1度、イエナプランを取り入れた半日~全日の学びを実施している。1~3年生の「下学年グループ」と4~6年生の「上学年グループ」で学級を再編成して行うもので、学習内容は国語の哲学対話や体育の自由遊びなどだ。教員の指導は最低限で、観察とサポートが主な役割となる。同校は「不登校傾向にある子どももイエナプランの導入日は登校する」として、この学びが異なる考えを認め合うことにつながっているとしている。
また、同様に昨年度から本格的にイエナプランを取り入れた名古屋市立山吹小学校でも、異年齢集団での活動を展開している。異学年で形成する「ふれあいグループ」での学習は、子どもが主体となって互いの考えや意見を共有しながら、設定したテーマについてよりよい解決策を探究している。
同校ではこの他、一人一人が自ら学習計画を立て、自分にあったペースで学ぶ「山吹セレクトタイム」を週に5~10時間程度、全学年で設けている。学ぶ内容や学び方、誰と学ぶか、どこで学ぶかなど全てを子ども自身が決める。教員の介入は最小限にするのが重要だとして、教員は互いに対話を繰り返しながら「学びの伴走者」になるという意識を根付かせてきた。
「異年齢の学びは取り入れた方がいい。年齢で区切るのを基本にしてしまうと、いじめや人間関係上の問題が起きやすくなる」と語るのは、沖縄県の公立小学校で特別支援学級の担任を務める細貝駿さんだ。細貝さんは東京都の公立小学校教諭を7年務めた後に退職し、世界21カ国の学校を視察。帰国の翌年に教員に復職した通称「世界一周先生」だ。
細貝さんは東京の公立小学校に勤務していた頃、日本で初めての事例となる「公立小学校へのワールドオリエンテーション導入」の研究に2年間取り組んだ。ワールドオリエンテーションはイエナプランの特徴的な手法で、下学年と上学年の異年齢集団で対話を中心にPBLを進める学びだ。この経験を振り返り、「年齢や性別がばらばらな状況では、できないことや知らないことに違いが生じるのが当然で、学び合いや助け合いが自然に起こる」と語る。例えば畑を耕す作業では、低学年の子どもがてこずっていると、自然と高学年の子どもが作業に加わって手助けするようになっていったという。
一方で、学年を区切り同年齢だけで学びの場を作ることについては、「『集団の中で秀でたい』という意識が強く働いて、誰かを見下して優越感に浸ろうとしたり、周囲と自分を比較して劣等感を感じたりする。それが関係をゆがませたり、いじめの一因になったりしているのではないか」と指摘する。
細貝さんは世界一周の途中でオランダのイエナプランスクールを訪れ、教員に異年齢集団で学ぶメリットを尋ねたという。その返答は「互いに学び合える。小さい子は大きい子から学び、大きい子は責任感を育むことができる」というものだった。また、実際に活動の様子を観察した細貝さんは、「子どもは学びたいから学び、遊びたいから遊んでいるという印象で、教員など大人の目を意識して行動するのではなく、自発的に『誰かが困っていたら助ける』などしていた。異年齢集団の中で助け合いや教え合いが自然に行われていた」と振り返る。
個別最適な学びと協働的な学びの実現を目指す「令和の日本型学校教育」と、異年齢集団での学びは、親和性が高いのかもしれない。子ども一人一人が自分らしくいられる場所として、また互いの自分らしさを認め合える場所として、教育における異年齢集団への期待は今後も高まりそうだ。
本企画「共に学ぶ」では毎回さまざまな角度から、学びから取り残されてしまっているかもしれない当事者の視点に立って見える学校の風景を描写するとともに、考える材料を提供していきます。
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