多様化する子どもたちの包摂が議論される一方、教員の働き方は、十分に多様化しているといえるだろうか。学校では依然として長時間労働が大きな課題となっており、育児・介護と両立しながら、あるいは病気や障害と付き合いながら働いたり、学校外の活動に参加したりするには、かなりの努力や工夫が求められることも多い。しかし、教員が画一的な働き方から脱することは、長い目で見れば子どもたちのためにもなる。家庭や地域など、学校の外で得た経験や視点が、さまざまな困難を抱える子どもたちに寄り添うための手掛かりを与えてくれるからだ。「共に学ぶ」第16回では、子どもたちの将来のロールモデルにもなりうる教員の多様な働き方に注目し、それを実現するための環境作りについて考える。
高校教員の瓦田尚(ひさし)さんが勤める定時制高校には、不登校を経験した生徒や外国にルーツを持つ生徒、障害のある生徒、家庭で困難を抱える生徒などが多く通っている。「この場所で、誰も置き去りにしない、という思いを持って働くのは、ものすごくやりがいがある」と瓦田さんは語る。「義務教育でない高校では、ついてこられない子を見捨ててしまう風潮があるように感じていて、それを何とか変えたいと思っていた。子どもたちのきつさに寄り添いたいという気持ちで、自分なりに何ができるかをずっと考えてきた」。
瓦田さんがこうした視点を持つようになったきっかけがある。教員になって2年目、うつ状態のために休職したことだ。困難を抱えた生徒が多い高校で、生徒たちには大人に対する根強い不信感があり、教員の側にも「生徒になめられないように」と、力で押し付ける指導に走りがちな側面があった。1年目の終わりごろから、あるトラブルをきっかけに精神的な不調に見舞われるようになった。
ある日、職員室に行くと抗議の文書が自分の机の上に置かれていた。職員室の誰かが受け取って置いたはずだが、その「誰か」が、瓦田さんのことを気に掛けてくれるわけでもなかった。「この時は本当に、誰にも頼れないという感覚があったし、自分で責任を取らなければいけないと思っていたので、ヘルプを出すこともできなかった。僕がそういう状況だったということを、周りの教員は知らなかっただろう」と瓦田さんは振り返る。
3カ月の休職期間には、いろいろなことを考えた。このまま辞めてしまおうか、故郷に戻って別の仕事を探そうかと考えたこともあったが、周囲の励ましもあり、「教員の仕事そのものが嫌になったわけではない」と踏みとどまった。夏休み明けに復職すると、生徒に対する自分のまなざしが少し変化していることに気付いた。
瓦田さんはある時、自分が休職してつらかった時期について、生徒たちに打ち明けた。すると生徒たちは「自分にもそういう時、あるよ」と自然に受け止めてくれた。「押し付けるような教育をする大人には反発するが、自身も困難を抱えているからか、生徒たちは大人の痛みにものすごく敏感だった。教員という人間が自分たちとどう接するかを、とてもよく見ている。この子たちに対する対応の糸口が、ちょっと見えたような気がした」。
子どもたちに多様な背景があるのと同じように、教員にもさまざまな事情がある。病気や体の不調と付き合いながら働くケースだけでなく、子育てや介護をしながら、学校外の活動に参加しながらなど、仕事と私生活の折り合いを求められることもしばしばある。学校現場では、年休・時間休などの制度がある一方で、子どもたちへの責任や突発的な対応、休みづらい雰囲気などで、個人の事情に合わせた柔軟な働き方が難しい場合もある。
瓦田さんは「教員は個人商店のような働き方を求められ、つらさを共有しづらい。自分の裁量で仕事が進められるのは良いことでもある一方、労務管理が難しく、過重労働を招きやすい。多様な背景を持つ子どもたちがこれだけ増えている中で、きちんと接するだけの時間的な余裕や、寄り添う視点がなければ、居場所のない子どもたちは見逃されてしまう」と懸念する。
そのため、瓦田さんは「教員の働き方というものが、もっと見直されてよいのではないか」と考えている。自身の勤務校は昼夜間定時制で、午後から勤務している。子どもが小さい頃は、朝の出勤前の時間を使って一緒に遊んだり、地域の子育て支援センターに連れていったりと、共働きの妻と子育ての役割分担をすることもできた。
「午後からの勤務は意外とよいもので、今では自分の生活になじんでいる。定時制高校の生徒にも、起立性調節障害などで朝はどうしても起きられない、人が少ない方が落ち着く、昼間に仕事や学校外の活動をしたい、といったさまざまな事情があって、夕方からの登校を選ぶケースは多い」と瓦田さんは語る。そうした選択肢は近年、子どもたちの多様な学びの場として見直されつつある。
瓦田さんは勤務校で吹奏楽部の顧問をしているが、それに加えて、趣味でオーケストラの活動にも参加している。そこでは、教員以外のさまざまな業種の人に接する機会がある。「子育てや趣味などで地域に出ていき、そこで得た視点を学校に持って帰ってくるという感覚を、多忙な教員は持ちづらい。ただ、学校外で出会った人と話して、教員の仕事の良さや課題に気付くこともあるし、高校進学の相談に乗ったこともある。人とのつながりは大切だな、と実感している」と話す。
「子どもたちの多様性を理解できる教員がどれだけいるかが今、学校の最も大きな価値だといっても過言ではない。一方で教員には、まだまだ働き方の多様性が認められていないという印象を受ける」。そう指摘するのは、これまで数々の学校で業務改善を支援してきた㈱ワーク・ライフバランスの小室淑恵社長だ。
「教員の仕事は、学級や教科など一つの単位で全て責任を持つことがよしとされ、誰かとシェアしたり、サポートを受けたりすることは『甘え』と見なされがちだ。教員の側でも、情報共有が苦手だったり、助けを求めることに強い罪悪感を持ったりする。ただ、それを前提とすると、育児や介護との両立をはじめとした多様な働き方は難しくなる。こうした属人的な仕事の仕方は、民間企業ではもはや成り立たなくなっており、チームで情報共有したり、仕事の一部を切り出して専門家に知恵を借りたりと、他者と連携して仕事をすることが当たり前になりつつある」と、学校の働き方の特異性を分析する。
「今の子どもたちに必要なのは、多様なロールモデルだ」と小室社長は断言する。「生き生きと生きている教員の人生の豊かさ、あふれ出るエネルギーや魅力。それが、今の子どもたちが一番求めているものであり、今の学校に一番足りていないものでもある。教員が普段から学校の外に出て、社会の中のさまざまな立場の人と話し合う経験は、子どもたちともフラットな関係性でディスカッションしたり、子どもたちの気持ちに寄り添ったりするためにも、非常に重要になる」。
教員の仕事と私生活との両立を支援するため、本腰を入れる自治体も出てきた。今年9月、福岡市がワーク・ライフバランス社と連携し、勤務終了から次の勤務開始まで11時間を空けて休息の時間を確保する「勤務間インターバル宣言」と、男性社員の育児休業取得を促進する「男性育休100%宣言」に賛同を表明した。画期的なのは、市立学校に勤務する全ての教職員も対象として取り組む、とした点だ。
同市教委によると、今年6月時点で勤務間インターバルが11時間以上確保できている日数の割合は約9割、市教委における男性職員の育休取得率は16.9%(2020年度)。勤務間インターバルについて担当者は「突発的な児童生徒対応や保護者対応、学校行事など、学校特有の業務はあるが、まずは管理職のマネジメントにより確保していくことが必要。教員が生き生きとして子どもと向き合うことにより、子どもたちへの効果的な教育活動につながる」と説明する。
小室社長は「インターバルの時間を決めることは、学校現場にとって重要な第一歩だ。ただ、それを実現する具体的な方法を示すこと、実現したらきちんと評価されるようにすることが、必ずセットで必要になる」と強調。学校の働き方改革で大きな役割を担うのは、やはり学校管理職だとして、「問題は管理職個人の資質能力以上に、職場の多様性、生産性を向上させた管理職が評価される仕組みが不十分であること。校長・教頭の意思決定によって、同地域の他校ではとても無理だと言われているような働き方改革が、劇的に進んだ事例も少なくない」と指摘する。
教員の多様な生き方を後押ししている学校管理職の事例を見てみたい。東京都練馬区立関町北小学校の吉川(きっかわ)文章校長は、校内で発達に特性のある児童が、むしろ特異な才能を有しているという理念のもと、困り感を抱える児童の支援に取り組むなど、特別支援教育に力を入れている。同時に、育児との両立をはじめとする、部下の多様な働き方を応援する「イクボス」でもある。
校長室に足を踏み入れると、「関町北小学校 イクボス宣言」という張り紙が目につく。宣言には、こう書かれている。「子供は世界の宝物です。私は育児をしながら仕事をする職員を応援します」「私は、病気でなければ休暇が取りにくい雰囲気を変えるよう努力します」「私は、仕事を効率的に終わらせ早く帰る部下を評価します」――。
吉川校長は前任校にいた2018年、厚労省や自治体の長、企業の社長などが出していた「イクボス宣言」の例を見て、「自分の学校でもできないか」と考えた。中教審で学校の働き方改革に関する議論が進められていた一方で、学校現場は長時間労働が当たり前の状況。「帰れるわけがないだろう」と大きな反発があることを承知の上での、思い切った宣言だった。ところが「意外にも好意的な反応が多かった」と振り返る。
この「イクボス宣言」に支えられたのが、「妊活」中の女性教諭たちだった。それまで妊活のために年休を取得する際、「皆さんが休暇も取らず頑張っているのに」と、後ろめたさを感じていたという。しかしこの宣言によって、職場全体に気持ちよく送り出す雰囲気が生まれた。そして、不妊治療でもなかなか子どもを授からなかったというある女性教諭が、無事に妊娠・出産したという。
その後も産休・育休に入る教員が相次いだが、吉川校長は「代わりの教員を探すことはもちろん大変だが、それに比べたら、新しい命を授かることの方が尊いに決まっている。イクボス宣言を出して本当に良かった」と、笑顔を見せる。また、「病気でなければ休めないという教育現場の特殊な環境を変えたい」とも強調。イクボス宣言は現任校でも継続して、教員たちには「仕事とプライベートのどちらを優先するか聞かれたら、迷わずプライベートを取りなさい」と話しているという。
「例えば、自分の学校公開と、わが子の発表会が重なってしまったら、『代わりの先生が授業をするから、休暇を取って発表会に行きなさい』と言うだろう。自らが幸せになろうとしない人間が、何が教育者だ、と思っている。全ての児童はわが子同然、という思いがあればよい」と語り、「どれだけ管理職が、同僚や部下と心を通わせるかが重要であって、根底にあるものは特別支援教育や才能開発教育と同じなのだ」と力を込めた。
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