日本教職員組合(日教組)の瀧本司中央執行委員長は11月25日までに、教育新聞のインタビューに応じ、文科省が進めている教員勤務実態調査とその結果を踏まえた給特法など教員の処遇見直しについて、「調査結果をもとに教職調整額をアップするという選択をするならば、それは学校現場の教員たちに対して『お金をこれだけあげるから(長時間勤務の)今の働き方を続けなさい』という、間違ったメッセージを送ることになる」と指摘し、給特法は「完全に廃止、もしくは時間外勤務手当支給の除外要件を外す抜本的な見直しを行うべきだ」との見解を明らかにした。また、教員志望者を増やしていくためには「教員に優秀な人がほしいという政策を強く打ち出すことと、学校の働き方改革が必須条件」とし、「教員のワークライフバランスを改善するには、結局、人が必要になる」と強調した。
教員の処遇見直しについては、文科省が現在、検討作業に先立つ教員勤務実態調査を進めている一方、自民党が11月16日に「令和の教育人材確保に関する特命委員会」(委員長=萩生田光一政調会長・元文科相)を立ち上げ、抜本的な改革案の議論に着手した。その焦点の一つが、公立学校教員の給与に月額4%分の教職調整額を上乗せして支給する代わりに、残業代は支給しないことを定めた「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(給特法)の見直しとなっている。
この給特法の見直しを巡り、自民党などで教職調整額の引き上げが検討対象となっていることについて、瀧本氏は「仮に教職調整額をアップするという選択をするならば、学校現場がどんなメッセージとして受け取るか、考えてもらいたい。現在の4%を、例えば8%にしようが、12%にしようが、『お金をこれだけあげるから(長時間勤務が問題となっている)今の働き方を続けなさい』というメッセージにしかならない。『ちゃんと処遇しましたよ』と言っても、学校現場の教員たちは、そうは受け取らないだろう」と説明。
「学校の働き方改革を進めるためには、人を増やすことが問題になる。学校現場の教員が求めているのも、そこだと思う。教職調整額のアップは、学校現場に人を増やすインセンティブにはならない。だから、学校現場の教員に対して、間違ったメッセージを送ることになる」と続け、教職調整額のアップでは問題解決にならないとの見方を強調した。
給特法が教職調整額を設定している背景について、永岡桂子文科相は11月18日の閣議後会見で「教員の職務は、どこまでが職務であるか、その切り分けの特殊性等を踏まえ、時間外の勤務手当を支給しない代わりに、勤務時間の内外を包括的に評価するものとして、教職調整額を支給している」と説明した。
こうした教員の職務と時間管理の考え方について、瀧本氏は2019年1月に文科省が在校等時間を勤務時間管理の対象にするとした「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」を示したことに触れ、「『教員の仕事は時間管理になじまない』というが、在校等時間という考え方で、すでに時間管理が行われている。時間外勤務がどれだけあるのか、各教育委員会が公表し、文科省も把握している。つまり、教員の仕事は時間管理ができない、という理屈はもう無理。教員の仕事だって、時間管理はできる。この考え方は大前提になる」と指摘。「時間管理ができているなら、教員の職務の特殊性を理由に時間外勤務手当を支給しない、という根拠はもう崩れている。この分を『ただ働きさせるのか』と言いたい」と述べ、時間外勤務について相応の手当が支給されるべきだとの見解を示した。
改正給特法でガイドラインは指針に格上げされた。この指針に沿って昨年12月に公表した「学校の働き方改革の取り組み状況調査の結果」によると、時間外勤務が労働基準法に定められた時間外労働の上限となる月45時間以内に収まっている教職員の割合は、18年5月時点と21年5月時点を比較して、小学校で41.0%→64.0%、中学校で28.1%→47.0%、高校で45.4%→66.1%に改善した。教員の長時間勤務はだんだん減ってきていることが分かるが、それでもなお、小学校と高校の教員の3分の1、中学校の教員の2分の1は、法定上限を超える長時間労働を続けている。「過労死ライン」とされる月80時間超の時間外勤務を迫られている教職員は、小学校3.2%、中学校13.0%、高校9.6%だった。
こうした時間外勤務の把握ができるのであれば、教員の仕事に対する時間管理は可能で、給特法の教職調整額が前提としている「教員の職務は切り分けがたい」という特殊性は、もはや通用しないのではないか、というのが瀧本氏の見解だ。そこから、時間外勤務が把握できるのならば、その分の時間外勤務手当が支給されるのは当然だ、という主張につながっている。
こうした理由を挙げながら、瀧本氏は「日教組としては、給特法は廃止、もしそれができないなら、少なくとも時間外勤務手当支給の除外要件を外してほしい、と考えている。教員の仕事は、間違いなく時間管理ができる。対財務省の問題など、さまざまな政治的な判断もあるだろうが、筋で言ったら、職務の切り分けができないと言って教職調整額を支給している給特法であれば、今は勤務時間の計測ができているのだから、もう役目は終わった、ということになる」と、主張を整理した。
自民党特命委をリードする萩生田政調会長は、教育新聞のインタビューで、給特法を含めた教員の処遇問題を議論するにあたり、「教員は休みの日に子供に何かあれば飛び出していって対応しなければならないこともある。そのくらい尊い仕事だからこそ、人材確保法によって(教員は)一般の公務員とは別の位置付けをされている。そういうところを包含したのが、(給特法による)4%の教職調整額の精神だった。崇高な仕事に携わる教員のプライドだけはうまく残して、いい制度が作れないかなと思っている」との考え方を説明した。
こうした教員に対する優遇措置について、瀧本氏は「教員はリスペクトされる崇高な職務であると言っていただけるなら、それは国の意思として、人材確保法でちゃんと担保していただくことが、ストレートなメッセージとして伝わっていくのではないか。教員の処遇を定めるのは、法の趣旨を考えると、人材確保法になる。(給特法の)教職調整額や長時間労働の問題に絡めない方がいい」と述べた。
その上で、1974年に施行された人材確保法について「教員に優秀な人材を確保するために、法律ができてから20年間ぐらいの間、教員は賃金ベースで優遇されてきたが、小泉内閣による構造改革で『教員はもらい過ぎではないか』とされて優遇措置が削られ、今は一般公務員の行政職とほとんど変わらなくなっている。教員をリスペクトする精神は残っているかもしれないが、実態としては優遇されていない」と説明。「教員不足を解消するために、教員を改めて処遇するのであれば、人材確保法を元に戻していくことが第一歩なのではないか、と日教組では考えている」とした。
人材確保法は、正式名称「学校教育の水準の維持向上のための義務教育諸学校の教職員の人材確保に関する特別措置法」。文科省によると、1973年から78年に3次にわたる計画的な改善が行われ、一般公務員の行政職に比べ、合計25%の給与引き上げが行われた。しかし、行財政改革の過程で優遇措置が次第に削られ、2001年から05年度の平均で、一般行政職と教員の平均給与月額を比較すると、一般公務員の行政職39万9128円に対し、小中学校の教員は41万451円だった。この時点で、教員を100とした場合、一般公務員の行政職は97.24で、優遇措置による差は2.76ポイントとなっている。
教員志望者が減り、公立学校の教員採用選考試験の採用倍率が過去最低になっていることについて、瀧本氏は「教員は明らかに不人気になっている。新規採用した教員が本当に辞めていく。今年度に入って、全国各地で顕著に聞く話だ」と懸念を示した。
一番早い例では、始業式前の4月4日に辞めた新規採用の教員がいた、という。その理由について「2つ聞いた。一つは、今年の新規採用教員は、コロナのために教育実習をやっていない。だから、初めて学校に来て、『こんなところで、できませんね』となった。もう一つは、最近の若者の特徴は、常にスキルアップを考えるから、同じ職業にとどまるという感覚が薄れているのではないか、ということ」と説明した。
対応策としては「政府が教員に優秀な人材が欲しいということをしっかり政策として打ち出さない限り、人材は定着しないのではないか。例えば、人材確保法を元に戻すとか。また、若い人たちは家庭や自分の時間を大切にするから、やっぱり働き方改革が必須条件になる。その2つが学校に整えられない限り、教員採用試験を見直しても難しいと思う」と述べた。
働き方改革について、瀧本氏は「教員のワークライフバランスを改善するには、もう完全に人が必要になっている」と、学校現場のマンパワーを充実させる必要性を強調。「一番悪いのは、ボランティアとかPTAとかに無償でやってもらおうという考えが根底にあること。結局、限界がある」と述べ、必要なマンパワーには相応の対価を支払うことが前提になるとの考えを示した。
その上で、教員定数を定めている義務標準法(公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律)が抱える構造的な問題点を指摘した。「学校の教員数は義務標準法で、学級数に応じた人数になっている。基本として、学級数に応じて教員を配置すると、そもそも教員に余裕がない。そうした余裕がないことが、今の学校現場で一番の難点になっている。誰かが休んだり病気になったりすると、空いている教員がいないから、教頭でも校長でも授業をせざるを得ない。これまでどうにかやってきたとしても、これだけ問題が噴き出ているからには、そもそも学級数に応じて配置している教員数に余裕を持たせるしかないと思う」。
分かりやすい例も挙げた。「例えば、学習指導要領の改訂で、プログラミングや小学校の外国語が加わった。従来の教員にとっては、新たな業務になる。一方で、これまでの業務が減っているわけではない。文科省は学習指導要領をいろいろ作り変えても、教員は黙ってやってくれる、という大前提のもとに、10年ごとに学習指導要領を改訂している。しかし、従来にはない新しい業務を学校に求めるなら、それをやる担い手を学校にちゃんと確保してほしい」。
萩生田氏が文科相当時に実現した小学校の35人学級については「40年ぶりに学級編制を見直し、きっちりとした35人学級を作ったことは、すごく画期的だ」と高く評価。「ただ、働き方の観点からいくと、それだけで良くなるわけではない。そもそも学級数に応じて教員数に余裕を持たせないと、十分な働き方改革にはならないと思う」とも述べた。
今後の学校の環境整備については「文科省だけにお願いする必要はない」と指摘。「例えば、スクールカウンセラー(SC)やスクールソーシャルワーカー(SSW)は、こども家庭庁に頼めばいい。文科省が予算を付けて週1回、学校に来てもらうよりも、こども家庭庁がやった方が学校に常駐してもらえるのではないか。GIGAスクール構想に必要なWiFiネットワークの整備や端末更新への対応は、デジタル庁にやってもらってもいい」と説明し、さまざまな省庁や自治体の部局が学校にもっと関わっていく体制作りを求めた。
最後には「学校に関わる全てを教員がやることはできないのだから、学校もいろいろな人材や外部の組織を受け入れていかなければならない。ただ、教育界は、そんなに一気には変わらない。教育委員会を含めて、小中学校で何かが大きく変わるには、20年ぐらいかかる。少なくとも10年単位で物事を考えないと、さまざまなことが変わっていかない。それでも、だんだん変わっていくと思う」と述べ、インタビューを終えた。
文科省によると、昨年10月1日時点で、日教組には教職員21万1418人が加入しており、そのうち教員は20万211人となっている。教員全体(83万5592人)に対する加入率は24.0%。新採用教職員の加入率は18.2%。加入率は低下傾向が続いているが、教職員団体として国内最大の組織力を維持している。