岸田内閣の看板政策の一つである「出世払い」奨学金の制度設計に取り組んできた文科省の検討会議は12月15日、最終回となる第4回会合を開き、大学院生を対象に修了後の所得に応じた授業料の後払いを可能とする「受益後納付」制度の創設を盛り込んだ報告案を了承した。大学院に在学中の授業料は日本学生支援機構(JASSO)が代わって大学に納付し、利用者は卒業後、所得が一定の年収に達した段階から授業料を毎月分割でJASSOに納付する。一定年収を下回っている段階でも月額2000円程度を支払う最低納付額も設定する。政府は今年9月に公表した教育未来創造会議の工程表で2024年度のスタートを明記しており、今後、財源を勘案しながら、年収要件などについて詰めの調整を行う。報告は最終調整を経て近日中に公開される。
大学院生を対象とした「出世払い」奨学金の創設は、政府の教育未来創造会議が今年5月の第一次提言で「ライフイベントに応じ返還者の判断で柔軟に返還(出世払い)できる仕組みを創設するため、恒久的な財源の裏付けの観点も念頭に置きつつ、奨学金制度を改善する」と盛り込み、それを受けて文科省の検討会議が具体的な制度設計に取り組んでいた。教育未来創造会議では、将来的には大学の学部学生にも対象を拡大することを視野に入れて議論が進められ、大学院生を対象とした制度を先行して導入する道筋が描かれた経緯がある。
報告案では、こうした教育未来創造会議の狙いに加え、2024年度には、低所得世帯を対象として20年度に始まった高等教育修学支援新制度の下で大学に入学した学生が大学を卒業して大学院への進学を検討するタイミングになることから、「経済的に困難を抱える学生が、就職・進学を検討するにあたって、修士課程・専門職大学院の授業料という当面の家計負担が、中長期的な進路の意志決定に過度に影響しないようにする必要がある」と、大学院への進学希望者に向けた新制度創設の必要性を強調した。
具体的には、新たな仕組みとして、授業料の「受益後納付」制度を創設する。この名称については、修士課程・専門職大学院の授業料に関して「教育の便益を受けた後に、卒業後の所得に応じて無理なく納付していく」ための制度という意味合いを説明した。
制度設計をみると、新たに導入される授業料の「受益後納付」制度は、現行の貸与型奨学金とは大きく異なる=図参照。現行の貸与型奨学金では、大学院の授業料は学生本人が大学に支払い、JASSOから奨学金を給付される。学生は卒業後、奨学金をJASSOに分割で返還する。
これに対して、授業料の「受益後納付」制度では、大学院の授業料はJASSOが学生に代わって支払い、在学中の学生は授業料を徴収されることがなくなる。この新制度の利用者は、卒業後、所得が一定の年収に達した段階から授業料を毎月分割でJASSOに納付する。この納付月額について、報告は「前年の年収から、税や社会保険料等を控除した所得の9%を12等分した額」と説明。同時に一定の年収を下回る場合には「月額2000円など一定の最低納付額を設定」するとした。
授業料の後払いとしてJASSOへの納付が始まる一定の年収がいくらになるのかは、今後、政府が財源との見合いで検討する、とされた。報告では、現行の無利子奨学金で所得に連動した返還額となる単身世帯で146万円よりも大きい値を設定することを求め、「例えば単身世帯で年収300万円などとすることなどが考えられる」と目安を示した。また、利用者の結婚や子育てを後押しするため、年少の子供を扶養する場合には独自の所得控除を措置することや、災害や疾病などで納付が困難になった場合には免除可能とすることも明記した。
審議の中で、川端和重新潟大学副学長は「新制度が学生にどう見えるかが非常に重要。貸与型奨学金の拡大にしか見えないのでは意味がない。新しい制度として、学生が進学したくなるようなものにならなければならない。(月額納付が始まる)一定の年収は政府が財源を勘案して決めるというが、その思想は残してほしい」と指摘した。
これに対し、文科省の西條正明高等教育担当審議官は「新たな制度だというところをしっかり打ち出していく」と制度の周知に取り組む姿勢を示した上で、「学生が使いやすい、しっかりした制度にしていくことが重要だと思っている」と述べた。
座長を務めた小林雅之桜美林大学国際学術研究科教授は「現在、最も優れた制度と言われているオーストラリアのHECS(高等教育負担制度)に比べると、まだまだいろいろな点で問題を抱えていることも事実だ。ただ、それはオーストラリアと日本では全く事情が違うわけで、現在の制約条件の中で制度を作れば、やむを得ないところもある。政府による詳細な制度設計では、この報告を踏まえて進めてほしい」と総括。
さらに「(新制度は)効果検証が求められる。どこに問題点があるのか、エビデンスを出して議論していくことが、税金を使う政策として国民の理解を得る点からも非常に重要だ。この制度を今後、学士課程とか専門学校などに広げていく上でも、大きな試金石になる」と述べ、効果検証の重要性を強調した。