静岡県裾野市の保育園で起きた保育士による園児に対する暴行事件のほか、各地の保育施設などで不適切保育が相次いでいる。国は改めて全国の保育所、幼稚園、認定こども園などに適切な保育を呼び掛けているが、改めて注目されているのが、2021年に策定された「不適切な保育の未然防止及び発生時の対応についての手引き」(手引き)だ。再読すると、不適切な保育が明文化されており、未然防止策、疑い事例が発生した場合の対応の仕方など、保育に関係する職員が心すべき内容が全て盛り込まれている。現場でしっかりとこの「手引き」が遵守されていれば、園児たちが被害を被ることなく安心・安全な保育が行われていたはず。改めてこの「手引き」をひもといた。
加藤勝信厚労相は12月6日、閣議後の会見で裾野市の事件に触れ、「厚労省としては昨年、不適切な保育の未然防止や発生時の対応に関する手引きを作成し周知してきたところだが、今回の事案にあたり早急に改めて注意喚起を行っていきたい」と発言した。
この「手引き」は厚労省の「子ども・子育て支援推進調査研究事業」として21年4月に作成されたばかり。作成の背景には、「児童福祉施設の設備及び運営に関する基準」(1948年厚生省令)では、幼児への不適切保育や施設内での虐待を禁止する規定が置かれているが、保育所内でそのような行為を防止する取り組みや、情報を受け取った自治体の対応について国が考え方を示してこなかったことがある。そのため、この「手引き」は、行政担当者や施設長などに対して、不適切保育の未然防止や対応に当たっての、それぞれの役割とその役割を円滑に実行するための具体的な手法や連携の在り方を示したマニュアルといえる。
「手引き」では不適切保育をこう類型化している。①子ども一人一人の人格を尊重しない関わり②物事を強要するような関わり③罰を与える・乱暴な関わり④子ども一人一人の育ちや家庭環境への配慮に欠ける関わり⑤差別的な関わり――の5種で、「保育所保育指針に示す子供の人権・人格の尊重の観点から改善を要する行為」とされた。裾野市の事件で明らかになった不適切保育15件のほとんどが当てはまる。
不適切保育の背景について、保育士一人一人の「認識の問題」と「職場環境」から分析。「認識の問題」では保育士が子供の人権や人格尊重に関する理解が十分でないため、本人は問題ないと捉えている行動が不適切な保育となったり、かつては問題なかったとされた行為であっても、子供の最善の利益の尊重という考えの定着で慎重な対応が求められるようになったりしていることがあるので、保育士は経験や自身の常識を過信することなく、子供との関わり方が適切なものであるか振り返る必要があるとしている。
「職場環境」の面では、保育所は子供に保育を提供するとともに保護者に対する子育て支援を担うことも求められ、その家庭の多様化などにより保育士にかかる負担が大幅に増加していると指摘。多様なニーズを前に、保育士が子供や保護者に丁寧に向き合い対応するための十分な時間が確保できない状況も生じているとしている。ただし、こうした職場環境の問題は、 保育士個人による改善は難しく、施設長や法人の管理責任者による組織全体としての対策が必要で責務とした。
その上で、不適切保育を未然に防止するために重要な取り組みとして、保育士一人一人が子供の人権・人格を尊重する保育や接し方を認識して職員間で共有し、施設長や組織のリーダーがその共有の徹底や職員同士の気付きを促すことを挙げた。また、保育所における子供との関わりについて、どのような関わりが適切か不適切か判断するための考え方を整理するのは、市区町村および都道府県の役割であるとした。市区町村および都道府県には、不適切な保育に関する考え方を周知徹底するための手法として、チェックリスト・ガイドラインの配布や研修の実施を求めた。「職場環境」については、保育士が丁寧に子供に向き合える職員体制の整備や事務負担の軽減による勤務状況の改善、保育の悩みを相談できる仕組み作りが期待されるとした。
一方、裾野市の事件では園が事案を把握してからの初動のまずさや、市の対応の遅れも問題視された。「手引き」では不適切保育が疑われる事案の把握とその後の対応についても詳述。保護者や保育士が保育に対して違和感を持った場合に、気軽に相談できる担当者を保育所内で設けておくことは、不適切な保育の早期発見・改善につながるとともに、保護者の安心にもつながるとした。そして、不適切保育が疑われる事案を把握した場合に、 行政への情報提供を迅速に行えるよう、自治体における相談先を保育士へ周知することは事案を迅速に是正するために有効としている。
不適切な保育が疑われる事案を把握した場合、保育所は事案の事実関係や要因に関する情報を迅速かつ正確に収集し、市区町村または都道府県の相談窓口や担当部署に提供を行い、今後の対応について協議。行政側は情報提供・相談を受けて事実確認を行うにあたり、提供された情報を踏まえつつ、市区町村および都道府県が緊密に連携して事実関係を正確に把握することはもちろん、保育所において不適切な保育が行われたと判断する場合には、その要因を分析し理解するとともに、改善に向けての課題を丁寧に把握することが重要であるとしている。
不適切保育が確認された場合には、その事実を保育士個人や個別事案に限った問題として捉えるのではなく、保育所の組織全体の問題として捉えた上で原因究明や改善に向けた計画の検討を行うべきだとして、①不適切な保育を受けた子供をはじめとして、保育所を利用する子供の心のケアや、保護者への丁寧な説明を行うこと②市区町村および都道府県は、保育所の改善計画の立案を支援・指導するとともに、その実現に向けた取り組みを継続的に支援すること――が求められるとしている。その取り組みは、中長期にわたることもあり、普段から顔の見える関係を構築した上で、支援に当たることが望ましいとした。
「手引き」について厚労省保育課では「事件を受けて『手引き』の内容を整理して事務連絡を通知したが、再発防止に向けて改めて『手引き』の周知徹底を図っていきたい」と話している。