先月、岐阜県の回転寿司店で、客によるしょうゆボトルや湯飲みをなめ回すなどの迷惑行為を撮影した動画が、SNS(会員制交流サイト)上に投稿され、物議を呼んだ。運営企業は警察に被害届を提出。民事、刑事両面での対処を検討している。迷惑行為を撮影した動画をSNSに投稿し、「炎上」する事案は後を絶たず、高校生が罪の意識なく行っているケースも少なくない。昨年度、内閣府が行った調査で、高校生の86.1%がインターネットを用いて、投稿やメッセージ交換を行っていることが明らかになるなど、オンラインでの情報共有が当たり前になる中、インターネット上での法律問題に詳しい弁護士はITリテラシーに対する教育の不足を指摘。その上で、「大人こそSNSに触れて、理解しなければいけない」と話す。
先月29日、回転寿司チェーン「スシロー」の店内における迷惑行為の動画がSNS上で拡散された。動画では若い男性が共用のしょうゆボトルや未使用の湯飲みをなめ回して元の位置に戻したり、流れてくるすしに唾液がついた指をこすりつけたりする様子が映っていた。この男性は高校生とみられている。
この事案を受け、当該店舗を運営する「あきんどスシロー」(本社:大阪府吹田市)は2月1日、ホームページ上に声明を発表した。それによると、1月31日午後に警察に被害届を提出。迷惑行為を行った当事者と保護者から謝罪を受けたと明かす一方、今後については「引き続き刑事、民事の両面から厳正に対処する」としている。
被害店舗の全ての湯飲みの洗浄やしょうゆボトルを入れ替えたほか、近隣店舗では食器や調味料を客自身がテーブルまで持っていくとともに、テーブル席とすしが流れるレーンの間に一部アクリル板を設置するなど、対応に追われた。
インターネット上の法律問題に詳しい弁護士法人LEON(東京都中央区)の田中圭祐弁護士は刑事責任について、「物理的な行為を加えて、営業活動に支障を来たすような被害をもたらしているので、威力業務妨害という罪が成立する。器物損壊罪もおそらく成立する。なめた商品は使えないので、器物損壊したと同じ扱いになる」と話す。
高校生だった場合、刑事事件として立件されれば、身柄を家庭裁判所に送られ、調査を受ける。保護観察になる場合もあるという。仮に成人だった場合は、罰金刑になる可能性が高く、「悪質でも一発実刑(執行猶予が付かない懲役刑)は考えられない」(田中弁護士)という。
刑事責任は軽い一方、民事責任は場合によっては高額、さらに長期間におよぶ場合もある。今回の場合、運営母体が大きいこともあり、「本気で請求しようと思ったら、何十億の世界」と田中弁護士はいう。
当該店舗については、「物を捨てたり、入れ替えたりするお金がかかるので、廃棄費用と新しく買った費用は損害として計上されるのは間違いない」と説明。店内消毒などで外部業者を使った場合の実費も計上されるという。
当該店舗も含めた全店舗の売上に対する賠償についても、裁判所が認めるかは別とした上で、「理論上は請求できる」と話す。「一般消費者からすると、スシローに行きたくなくなる。あとは因果関係の問題。迷惑行為から損害が発生するのに相当な因果関係があるかという枠組みで判断するので、チェーン全体の損害が認められれば、とんでもない額になる」とした。加えて、加害者側が支払う弁護士費用は、通常被害額に比例するため、損害賠償が大きくなればなるほど高くなる。
誰に対して訴えを起こすかについては、「責任能力が認められる年齢は一般的には12歳から13歳程度と言われている。民法は中学生になったら責任能力があるという考え方をする。高校生は責任能力があるので、その子に対して裁判を起こせる」と説明する一方、子供は支払い能力が低いため、監督義務を負っている親権者と子供の両方に損害賠償請求を行うのが一般的だという。
しかし、同じ高校生でも民法上の「成人」である18歳の場合は異なると話す。「親権者の監督義務がなくなる。民法上は一人前の自立した大人とみられるので、その監督責任を請求するのはなかなか難しい」とし、当事者だけで責任を背負わなければいけない可能性を示唆した。
民事裁判は時間を要する。田中弁護士は「請求金額が大きく、話題にもなると、営業損害をどこまで認めるか議論する必要がある。多分2、3年くらいのスパンで争うことになると思う」と見通しを口にする。たとえ刑事責任を果たし終えたとしても、その間は当事者と保護者が罪から解放されることはない。
「ネット情報は消えない。一生付きまとう。取り返しがつかず、まともに就職できない人生になる可能性もある」と危険性を強調する田中弁護士。SNS上における問題事案の加害者と接して、感じるのは罪の意識の低さだという。「なんでやったのか尋ねると、友達同士の悪ふざけ。同級生に見せたくて投稿する。だけど公開されているから、あっという間に火がついてしまう。どういう法律上の責任を負うとか当然考えていない。大体は友達やSNSのフォロワーなどを笑わせたくてやっている」。
IT技術は年々目覚ましい進化を果たしている。スマートフォンやパソコン、タブレットがあれば、どんな情報でも一瞬で手に入るし、提供できる時代だ。田中弁護士は「ネットへのアクセスがあまりにも簡単だし、自分からの情報発信手段が非常に多い。子供がやってはいけないことをやりやすくなっている」と指摘する。
その上で、「やっぱり教育が足りていない。法律とか、どういう責任が生じるのか」と強調する。「授業をやった方がいい。1回でも2回でも。こういうことをしてはいけないぐらいは、学校はやっていると思う。でも冊子を配ったとしても誰も読まない。親が読んで子供に伝えたとしても深刻さを持たないと思う。だから、こういうことをすると警察に逮捕されるとか、いくら払わなければいけないとかという細かいところまで、専門家を呼んで授業をしてもらう。フィルタリングソフトを入れればOKという風潮になっているのではないか。見てはいけないものを見ないようにするのはできるが、やってはいけないことをやらないようにするのは結構難しい」。
さらに田中弁護士は「教員もSNS世代ではない。年配の校長や教頭だと、もはや何も分からないのではないか。子供たちからすれば生活の一部」と話し、だからこそ大人もSNSに触れてほしいと願う。「こういう事案は大人でも起こる。大人が分かっていないのだから、子供はもっと分からない。スマートフォンなどを使うなということではない。便利だし、コミュニケーションも取れる。いろいろなサービスがどんどん出ている。(弁護士の世界でも)SNSを使って何ができるか分からないのでは、話にならないので、下の弁護士には全部使えという話をよくする。それこそ教員も使ってみる。そして、その有用性と怖さを子供と共有してほしい」と呼び掛けた。
【略歴】
田中圭祐(たなか・けいすけ) 弁護士法人LEON代表弁護士
1988年生まれ。東京弁護士会所属。株式会社Cygamesの社内弁護士を務めた後、弁護士法人LEONを設立。IT・エンタメ企業を中心とした企業法務やインターネットにおける誹謗(ひぼう)中傷問題などに注力しており、有名VTuberやYouTuberの訴訟案件も多数担当している。