日本の学校現場では、GIGAスクール構想の実現により、世界の中でも遅れを取っていたICTの導入が急速に進んでいる。その先にあるのは、デジタル技術の普及によって授業や校務、さらには学校そのものを変革するDX(デジタルトランスフォーメーション)だ。しかし、DXはこれまでアナログな方法で行ってきた授業や校務を単にデジタルに置き換えたり、新しいシステムを導入したりすれば実現するというものではない。データを使い、学校現場を変えていくための道筋を模索する自治体や学校を取材した。
山形県酒田市は1月25日、教育コンテンツの制作や学習塾を展開するスプリックスと連携協定を結び、同社が開発した「CBT for school」を導入すると発表した。「CBT for school」では、同社が開発した「国際基礎学力検定(TOFAS)の問題に取り組めるだけでなく、プログラミング教育のコンテンツや単元別テストによる主要教科の理解度の確認を、子どもたちが端末上で行うことができる。
知識・技能の「葉」の力、思考力、判断力、表現力の「幹」の力、学びに向かう力、人間性などを「根」の力と位置付け、子どもたちに付けたい力を「まなびの樹」として表現している酒田市では、「CBT for school」の入ったGIGAスクール端末を家庭に持ち帰ることで、学習習慣の定着につなげることを目指す。
鈴木和仁教育長は「子どもたちの学習習慣を身に付け、その結果として、『僕、私はできるんだ』という自己効力感を高めていくことが、『まなびの樹』の根っこの力を育てるポイントになるだろうと考え、それに役立つツールはないかと探していた」と、「CBT for school」に着目した理由を説明する。
一方で、「CBT for school」のデータを教員がどう活用するかについては「教員はいつも真面目に取り組んでいるので、こういったものを導入するとどうにか授業内でも活用して、指導の中に取り入れようとする。だが、『CBT for school』に関してはそうならないようにしたい。あくまで子どもたちの主体的な学びに軸足を置くことを忘れないようにするところから始めていきたい」と話す。「教員が管理しようとすると、根っこの部分が一向に育たない」(鈴木教育長)というのがその理由だ。
「『CBT for school』には中学校までの教材があるので、場合によっては小学生のうちに中学校の教材に入っていく児童が出てくることも考えられる。その様子をデータとして教員は見ることができるわけだが、そのままやらせて、見守っていく。そういった支援、指導体制に変わっていくだろう」と鈴木教育長。あくまでも子どもたち自身が主体的に学んでいくために、「CBT for school」のデータを活用していくという姿勢だ。
端末の活用からその先にある個別最適な学びに向け、GIGAスクール構想の次のステップを見据えた動きが今、全国の自治体で活発になっている。
教職員用のパソコンを開くと、子どもたちが朝夕の心と体の状態を笑顔や泣き顔などのマークで入力したアンケート結果が一覧になっている。「テストが嫌だ」「〇〇くんとケンカした」など、自由記述で気になる子どもの言動があると、自動的に赤く表示され、その子の最近の心の状態の変化なども追うことができる。さらには、学習者用端末の使用時間や授業の理解度、出欠、保健情報、全国学力・学習状況調査の結果など、さまざまな情報が一元的に可視化され、簡単な操作でそれらを参照することができるようになる。
さいたま市は昨年12月から、市立小、中、特別支援学校など計10校で「スクール・ダッシュボード」のプロトタイプの試験運用を開始した。その中の一つ、市立大宮東小学校(玉川徹校長、児童692人)では、5年生でこの「スクール・ダッシュボード」の活用を始めた。まずはどのようなデータを見ることができ、どう活用できるか、教員間で試行錯誤している段階だ。
教員からは、早くもメリットを感じているとの声が出ている。5年3組担任の小沼彩依教諭は「クラスに40人の児童がいるので、朝の短時間の健康観察だけでは、睡眠不足など、分からないことがある。児童が記述もできるので、例えば『サッカーで足首を痛めた』といった、健康観察ではわざわざ伝えるほどではない情報が書かれていれば、その日の体育の授業で注意深く様子を見たり、ケンカなどのマイナスのワードがあると赤くなるので、まずは赤くなっている児童を中心に1日の変化を気を付けて見たりすることができる。教科担任制が始まり、自分のクラスにいない時間が増えたからこそ、そういうデータが会話のきっかけになったり、見守りの視点になったりしている」と明かす。学習面の活用はまだ本格化していないが、例えば別の教員が担当している教科でも児童一人一人の理解度が確認できるため、学年の中で学習課題を常に共有したり、学級担任による宿題のチェックや声掛けを個々の児童に応じて工夫したりできるといった可能性が考えられるという。
校内でこうした新しいデジタル技術を浸透させていく視点として、玉川校長は「まずは使ってみることからスタートして、どういう点が便利なのかを、使ってみた学年、教員から広げていく。管理職が積極的に使っていきながら、こういうところが使えそうだと投げ掛けていくことがポイントだ。例えば、できなかったことができるようになったり、マイナスな気持ちがプラスに変わったり、そういう子どもたちの成長を見える化できるツールであって、ただ便利なだけではなく、最後には子どもに返るということを伝えていかなければいけない」と強調する。
この試験運用を踏まえ、さいたま市教委では来年度に本格的な「スクール・ダッシュボード」のシステム開発に着手。来年度の3学期には全ての市立学校で稼働させる方針だ。
学校教育におけるデータ利活用を全国に先駆けて取り組んできた埼玉県戸田市では、ICTを学校で活用する際に、テクノロジーが授業などに与える影響を示した尺度である「SAMRモデル」を援用して、「授業を科学する」「生徒指導を科学する」「学級・学校経営を科学する」をコンセプトに、学校現場のDXを目指している。
しかし、その道は前途多難だ。戸田市が考える「SAMRモデル」の指標は、アナログでできることをデジタルに変換する「Substitution(代替)」から、デジタルの特性を生かして、学習効果を増大する「Augmentation(増強)」、個別最適・協働的な学びの実現に近づく「Modification(改革)」、実社会の課題解決や新たな価値の創造を実現する「Redefinition(再定義)」の4つのステップが描かれている。このモデルに市内の学校のICT利活用の状況を当てはめてみたとき、戸ヶ﨑勤教育長は「例えばICTによる個別最適な学びや協働的な学びが暗黙知のようにできているのであれば、M(Modification)、つまりDXの領域に入ってきたと言える。これは教育委員会と学校の間で共有している。でも実態は非常に難しい。学校でのICTの活用は進んでいて、子どもたちは文具感覚で使いこなしている学校もある。しかし個別最適な学びや協働的な学びに自然に使われているかというと、そこまでは至っていない。まだまだデジタルの特性を生かして学習効果を広げている段階。それはあくまでもA(Augmentation)だ。SAMRモデルのMのレベルは非常に高い」と打ち明ける。
特にこのMの領域では、それぞれの学校がICTで課題解決をしていく「自走」が求められると戸ヶ﨑教育長はみる。そうしなければ、いくら教育委員会でシステムを開発しても、データ利活用は進まない。
そんな中、戸田市内の学校でも進化の兆しがみられるようになった。
市立喜沢小学校(手塚浩校長、児童390人)では、コロナ禍の全国一斉休校をきっかけに、応用行動分析の考え方に基づき、称賛や承認などのポジティブな支援を通じて、子ども一人一人が学びを楽しいと実感できる学校づくり、「スクールワイドPBS(Positive Behavior Support)」に取り組んでいる。
その理由を手塚校長は「私たちがこだわったのは、全ての子どもたちという点。学力調査でも、国の平均正答率に対してうちの学校はどうかと、どうしても平均でものを見てしまいがちだ。それも大事だが、その平均の中には、9割できている子もいれば、1割もできていない子もいて、それが集まって学校の平均になっている。見直さなければいけないのは、平均をみるのではなく、この子たち一人一人に目を向けなければいけないということだ」と説明。多様な子どもたち一人一人に最適な学びができているかを学校として常に問い続けてきたことで、授業や子どもへの支援が変わってきたと手応えを感じているという。
そして、この取り組みを進めているうちに、同小の教員たちは個々の子どものデータを蓄積し、共有していく重要性に気付いていった。小学4年生以上の各学年で行っている埼玉県学力・学習状況調査は、項目反応理論(IRT)に基づき、子ども一人一人の学力の伸びを追跡することができる。その分析の過程を通じて、「前年に比べて学力が上がった子もいれば、ぐっと下がってしまった子もいる。その子をピックアップしてさらにみていくと、例えば友人関係で悩んでいるなど、学習面だけの問題にとどまらないことが分かってきた。学力は授業だけではなく、生活面も含めてその子を見ていかないといけないという結論に行き着いた」と手塚校長は話す。そこで今年度から、市教委の協力の下、学力調査のデータや単元別テスト、学級満足度、いじめアンケート、子どものウェルビーイングの状態を測るアンケートなど、子ども一人一人のさまざまなデータを蓄積・連携させた学習支援システムを導入した。
さらに同小は、ウェルビーイングの状態や学力、生活面などで、学級で気になる子どもがいると、担任だけでなく学校全体で共有し、その子の支援やフォローについて話し合う「ケース会議」を活性化させた。「これまでは会議の大半の時間を、担任が状況を一から説明することに費やしていたが、データベースがあれば共通理解がしやすくなる。事前に目を通してから参加するようにすれば、具体的な支援策のところから話を始めることができる」と手塚校長。今後は、システムの改良を進めつつ、子どもたちの抱えている問題が小さいうちに「ケース会議」を開けるようにすることで、早期支援につなげていけるかがポイントになると力を込める。
DXを進める上でもう一つ、戸ヶ﨑教育長が指摘するのは、外部評価の習慣化だ。戸田市教委ではエビデンスに基づく教育施策を推進するため、教育委員会内部に「教育政策シンクタンク」を設置。外部有識者が定期的に戸田市の教育施策に対してアドバイスをする「アドバイザリーボード」を設置している。
「外部の人に見てもらう習慣があるのとないのでは違う。アドバイザリーボードの仕組みも広義に見たらDXの一つだと思う。データによって検証する面は、他の自治体よりも一歩も二歩も進んでいる。自分たちだけでなく外部の人が見ても変わったと言えたとき、DXが進んだと解釈できるのではないか」と戸ヶ﨑教育長は胸を張る。
さらに戸田市では、学校ごとのEBPMを進めるための取り組みにも着手。エビデンスに基づく教育の研究や実践を行っている岐阜県養老町立笠郷小学校の森俊郎教諭を教育データ利活用アンバサダーに抜てきした。アンバサダーとして森教諭は今後、戸田市でデータ利活用に関する教員研修や学校への助言を行っていく予定だという。
勤務校では教務主任の立場からさまざまな試みをし、エビデンスとなるデータを取ってその効果を検証している森教諭。良かれと思ってやったことが、検証してみたら期待していた成果が出ていないなどの「うまくいかない」こともあるという。
森教諭は「エビデンスやデータ活用をした結果、思うようにいかないこともある。そういう体験も踏まえて、同じ教員の立場から、戸田市の学校と一緒にエビデンスやデータを使うことを考えていきたい」と意気込む。