人道危機について理解を深めてもらおうと、特定NPO法人「国境なき医師団日本」による出前授業が3月6日、東京都新宿区立四谷小学校(石井正広校長、児童数584人)で行われた。世界中の紛争地域で医療活動を支える物資輸送などを担ってきた事務局長の村田慎二郎さんによる現地での体験談や「どちらの命を守るか」をテーマにしたディスカッションなどを通し、児童らは命を救うことの大切さや難しさについて学んだ。
「世界といのちの教室」と銘打ったこの出前授業は同法人が小学校5・6年生を対象にした家庭向けの教育プログラムとして、2020年に開始。翌年からは学校でも行われ、これまでオンラインを中心に27校で開催されている。この日は四谷小学校の6年生62人が参加した。
最初に村田さんが「独立・中立・公平」のルールに基づく、国境なき医師団の活動方針に続き、自然災害や感染病、紛争などで苦しむ国々を写真で説明。その後、グループに分かれてディスカッションを行った。
ディスカッションでは、児童らが内紛の起こっている国で活動する国境なき医師団の医師であると設定。「警察官を父に持つ政府軍側の一般家庭の子供Aさんと幼い兄弟の世話をする反政府軍側の少年兵士Bさん。同じ年の2人が同じ伝染病を患った。病気を治せる薬が1人分しかない場合、どちらを助けるか」というテーマで意見を交わした。
Aさんを助けると答えた児童は「反政府軍の少年兵士はたくさんの人を殺している。環境的にもまた感染する可能性が高い」などを理由に挙げた。一方、Bさんを助けると回答した児童は「Bさんが命を落とすことで、幼い兄弟が取り残されてしまう」といった根拠を述べた。このほか「確実にどちらかを助けるために、症状が軽い方を優先する」といった意見も出された。
その後、村田さんが訪れた国や地域で最も厳しかったというシリアでの体験談が語られた。同国は10年以上内戦が続き、「第二次世界大戦後、最悪の人道危機」と言われている。村田さんは現地で学校を改修して病院にするプロジェクトのリーダーを担当。病院のある村を取り囲むように週1回、砲弾が夜に発射されたといい、「着弾すると、ものすごい音が鳴り、見たことのない閃光(せんこう)が走った。怖いと思いながら仕事をしていた」と振り返った。
スタッフが命を落とすかもしれないという危険と紛争に苦しむ人々を助けるという使命との葛藤に苦しんだという村田さん。それでも建物の周りに土の防護壁を設け、医療活動を継続。命を失うリスクが残る中でも、スタッフ全員が現地に残って活動を続けたといい、「感動した。国境や文化の壁を越えて、一つのチームになっていた」と回想した。そして最後に児童に「世界で起きていることを伝えることも大事な活動。今日学んだことを周りの人に話してほしい」と呼び掛けた。
授業を受けた海老原雅大さんは「自分の命をかけて、人の命を守ることに驚いたし、かっこいいと感じた。自分も何か支援できたらいいなと思った」と話した。森西奏太さんは「自分と同じ年の命が危険にさらされているのは悲しいと思った。ディスカッションをすることで、命の平等は難しいと考えさせられた」と感想を述べた。
出前授業を依頼した石井校長は「世界の中で生きていく日本人としての責任や役割について考えるきっかけにしたかった。実際に現地で活動をした人の生の声を聞くことで、理解の仕方もより深まると考えた。ジレンマ的な難しいテーマでのディスカッションも学校ではなかなかできないので、いい経験になったと思う」と語った。