2022年の出生数が予想を大幅に下回り、80万人を割り込んで過去最少を更新した。国は少子化の克服に向けて子供・子育て支援を強力に進めようとしているが、学校現場にとっては今後の児童生徒数の減少は避けられず、学校の統廃合や教員配置などさまざまな影響が出てきそうだ。少子化問題の専門家である河合雅司人口減少対策総合研究所理事長は「人口を増やすという視点を変え、少子化を前提に社会や教育をどうしていくかを考えないといずれ日本が立ち行かなくなる」と警鐘を鳴らす。3月14日には超党派による「人口減少時代を乗り切る戦略を考える議員連盟」(野田聖子会長)も発足した。同議連の特別顧問に就任した河合理事長に、少子化による人口減少社会における教育の課題について聞いた。
厚労省のまとめによると、22年に生まれた子供の数は79万9728人(前年比5.1%減)で1899年の統計開始以来、初めて80万人を下回った。出生数が最多だった第1次ベビーブームの1949年には269万6638人が生まれている。この約75年間で出生数は約3割にまで縮小した。文科省の学校基本調査によると、22年度の学校種別の児童生徒数は、小学生が615万1305人、中学生が320万5220人、高校生が295万6900人。それぞれ最多だった年度と比べると、減り方の激しさが分かる。小学生は1958年度(1349万2087人)比45.6%、中学生は62年度(732万8344人)比43.7%、高校生は89年度(564万4376人)比52.4%だ。23年春に入学する小学生が生まれた16年の出生数は97万7242人で初の100万人切れと当時話題になったが、それでも22年と比べて約20万人も多い。
この状況に岸田文雄首相は年初に「異次元の少子化対策」を政権の最重要課題として掲げ、小倉将信こども政策担当相に、▽児童手当を中心とした経済的支援の強化▽幼児教育・保育サービスの強化および全ての子育て家庭を対象としたサービスの拡充▽働き方改革の推進とそれを支える制度の充実――の3本柱から具体策を検討するよう指示。年度内の取りまとめを求めている。
この状況下で河合氏は「もはや日本が人口縮小のトレンドから抜け出すことは不可能と言っていい。それはデータが物語っている。国会の議論を聞いていても子供イコール赤ちゃんで、支援対象は子育て中の人、という単純化した思考に陥っている。少子化した現状を違った方向から考えていく必要がある」と指摘する。
「問題は子供以前に女性の数が減っていることだ。今後、合計特殊出生率が上昇したところで、そもそも子供を産める女性が減っているのだから、出生数が突然増加に転じる可能性はほぼない。まずここを押さえておく必要がある」。
その上で、河合氏は少子化が近い将来の教育現場に与える影響を懸念する。「子供の数が減っていく影響は、生まれ年が若いほど人数は少なくなっているので、将来よりも先に保育所や幼稚園、小学校に出てくる。これは何十年も前から続いていたわけで、それがより深刻になってきている」とする。そして、具体的な影響についてこう述べる。
「小中学校の統廃合がかなりハイペースになってきている。そうなると通学時間・距離が長くなる子供もでてくる。いまでも統廃合によって20㌔以上の通学距離、60分以上の通学時間を余儀なくされている子供もいる。高校生ではなく、小学生で、だ。これがいま、地方で起きている現象で、いずれ中規模の都市にも広がっていく。そして都市部へと波及していくのは時間の問題だ」。
対策としてスクールバスなどでの送り迎えを実施している自治体も増えているが、決まった時間にしか運行しないので、放課後の活動などもやりにくくなってきているという。
「教員や学校の側に視点を変えてみても、小学校の6年生と1年生を比べると、この6年間だけでも相当な出生数の差が出ている。わずかな期間で学級数が少なくなるので、教員の配置にも影響が出てくる。いま教員の働き方改革で学校現場への増員が叫ばれているが、それよりも子供の減少が速くなる可能性もある。そして、これは中学や高校の入試にも当然影響を与えていく。定員を維持していくことが難しくなると、学校経営上、特に私立の場合には短期間で収入見込みが変わってくる状況が起こってくる。これは教育産業そのものにも打撃を与えていくことになる」。自身が視察した地方では、高校で定員割れが起き、小規模校が出始めている、と指摘した。
「何よりも」と前置きして河合氏は続ける。
「学校教育というのはもちろん、学力を高めていくということが第一の目的にあるわけだが、集団の中で過ごすことで社会形成能力、コミュニケーション能力を高めたり、友達と切磋琢磨(せっさたくま)したりするという目には見えにくい役割も担っている。その役割を果たすためには集団がある程度の大きさを持っていないといけない。これがいま、徐々に劣化してきている。学力以外に養われたこうした力は、子供たちが将来社会に出たときに、日本がいま最も必要としているイノベーション力につながっていくことも見逃してはならない。少子化は、長い目で見ると、日本の社会全体の力、国力を損なっていくことになる」。
さらに河合氏は続けて「少子化のわな」を説明した。
「子供が減っていくと、当たり前のことだが、子供がいないことを前提として社会が作られていく。そうなると、出産や育児の費用にしても、学校の諸経費にしても、どんどん高くなっていく。マーケットが縮むので1人当たりの費用を高くしないと、事業者の方が成り立たないという当たり前のことが起こってくる。食費と同じように教育費というのは家計にとって削りづらい。そうすると政府は補助金で穴埋めするみたいな発想になってしまう。結局は地域ごとにある程度の規模を持った学校を思い切って整えていくしかないのではないか」。
「そのためにはこれまでのような通学ではなく、欧米のように寄宿舎を整えたり、一斉授業ではなく、オンラインをリアルに組み合わせたりといった手法が対策として考えられる。教育のやり方も現状を維持するだけではなく、少子化に合わせてどんどん変えていかなければならない。学校教育の再編期に来ているのだろうなと思っている」。
河合氏の分析では、これまでの20年間で人口1万人未満ぐらいの自治体が縮小し、これからの20年間は人口10万~30万人ぐらいの規模の自治体が激減期に入っていくという。それ以降は、都市部に人口減少が拡大することになる。
ただ、河合氏は悲観的な見方をするばかりではない。「いまの社会を続けようとすると、少子化にはとてもデメリットが多いわけだが、変化を促すことのできる状態だと考えると、変化があるところには新しいものが生まれやすいということも言える」と前向きな見方も示した。
その一つの例として「エリート教育」を挙げた。「教育では絶対的に機会の平等は大事。ただ、いまの日本は結果の平等も求めているのではないか。以前ならば、例えば、企業では誰が経営しても同じだという状況があったかもしれない。しかし、いまのように少子化が進み、変化が激しい時代には、機会の平等を保障した上で、戦略的にかじ取りのできる抜きんでた人材を養成することが必要ではないだろうか」と提言する。
そして「かつてならば、ある程度母数がいたので、その中から自然とリーダーが出てきた。だが、これからの日本では、力を入れていくと決めた分野に人もお金も集中していかなければ、そういった人材は生まれてこない。もちろん誰にも機会の平等と何度もチャレンジする環境はしっかりと保障することが必要だ。例えば、『飛び級』を積極的に推進していったらどうか。年齢に関係なく、学びを進めたい人にはどんどん学んでもらい、教育現場を活性化させる。少子化を真正面から受け止めた上で、これからの日本の姿を描き、子供たちの教育環境を整えていってほしい」と述べた。
最後に「いまの30歳から20歳にかけては人口の減少が緩やかだったため、国はこの数年に大きな期待をかけているようにみえるが、それはあくまでも下がるスピードを緩められる最後のチャンスがいまだということに過ぎない。その次の世代は極端に減っているので、確実に危機は迫っていると考えるべきだ」と話した。
【プロフィール】
河合雅司(かわい・まさし) 一般社団法人「人口減少対策総合研究所」理事長/作家・ジャーナリスト。1963年生まれ。産経新聞社で論説委員などを務めた後、現職。現在、高知大学客員教授、大正大学客員教授のほか、厚労省や人事院など政府の有識者会議委員を務める。これまで内閣官房、内閣府、農水省などにおける委員も歴任した。最新刊の『未来の年表 業界大変化』(講談社現代新書)をはじめとする『未来の年表』シリーズは累計100万部超のミリオンセラー。