障害のある子どもたちは、さまざまな理由から偏食の傾向が強いことが多い。そうした課題をICTで解決すべく、富山大学教育学部附属特別支援学校(小林真校長、児童生徒58人)では、その日の給食に使われている食材や調理方法を紹介したり、アプリを活用して嫌いなものを選んで申告したりする食育でのICT活用に取り組んでいる。同校のICT教育を監修している、元富山大学人間発達科学部准教授で、現在は帝京大学文学部心理学科の水内豊和准教授と、情報主任を務める中学部の山﨑智仁教諭に、その成果やポイントを聞いた。食を通じて子どもたちは、命の大切さを考えたり、自己決定の機会を経験していったりしたという。
同校中学部では2年ほど前から、国連の持続可能な開発目標(SDGs)や相手の気持ちを考える道徳の学びを、食を通じて考える活動を始めた。知的障害や発達障害のある子どもたちは、さまざまな原因で偏食になることが多い。味覚や嗅覚などの感覚が過敏であることや、ちょっとした環境や条件が違うだけで食べようとしないこともあるが、一方で、食べ物への想像やイメージが乏しいというケースも多い。
「実際に授業の中で聞いてみると、『牛肉はウシの乳から出ている』『魚の切り身が海で泳いでいる』と答えた子もいた。牛肉はウシだと分かっているが、ウシがどうしたらスーパーで売られているパック詰めされた牛肉になるのかは理解していない。食材が料理になるまでの過程や食材と料理の因果関係、調理員さんが給食を作っていることを想像できていないといったことがある」と山﨑教諭は指摘する。
こうした課題にアプローチする手段になったのが、同校の栄養教諭が中心となって始めていた、ICTを活用した給食を題材にした食育だ。栄養教諭は、調理員と連携して、子どもたちにその日の給食に出ているメニューがどうやって作られているか知り、食へのイメージを持ってもらおうと、調理工程を紹介したり、使われている食材を解説したりする動画を毎日制作し、グーグルクラスルームで共有。給食の時間に各教室で視聴できるようにした。動画は20~30秒程度の一発撮りが基本だが、子どもたちが興味を持てるように演出面でも工夫を凝らした。今では動画に出てくる調理員のファンになったという小学部の子どももいるなど、給食の作り手と子どもたちの交流ツールにもなっている。
動画も次第に、箸の持ち方や食事の姿勢、咀嚼(そしゃく)の大切さを取り上げたものなど、さまざまなバリエーションが増えていった。山﨑教諭は「こうした指導は今まで放送で一斉にされていたが、動画だと個々のタイミングで流すことができる。箸の持ち方の動画などは、その部分を拡大して映しているから子どもたちにも分かりやすい」とメリットを感じている。動画の活用によって、実際に給食の残飯量が減ったり、正しい箸の持ち方を覚えた子どもがいたりといった成果も出ているという。
また、給食時間に配信した動画は家庭でも閲覧できるようにしたことで、保護者との連携も進めている。子どもの中には、同じ料理でも家庭の食事では口にするが、学校の給食では食べたがらないということや、その逆のパターンもよくあり、何が要因なのかをなかなか突き止められないこともある。
水内准教授は「家庭ではご飯をもりもり食べると聞いていたのに、学校の給食では全くご飯を食べないという子がいて、何が違うのかを考えてもなかなか思い当たらないということがあった。実は、家では直前までお茶わんが食洗器に入っていて温かいが、学校ではアルミのおわんなので冷たかったという違いがあった。学校と家庭の間の言葉のやりとりだけでは、違いが分かるまでにすごく時間がかかっていたが、メディアで共有できるようになれば気付きやすくなるかもしれない」と、ICTを生かした家庭との連携に期待を寄せる。
動画以外でも、同校では給食の場面でのICT活用が進んでいる。
例えば、嫌いなものがあるにもかかわらず「嫌いなものを嫌いと言ってはいけない」と強く思い込んでいた自閉スペクトラム症(ASD)の子どもがいた。山﨑教諭は最初、この子に対して「苦手なものは減らしていい。一口だけ食べよう」と指導していた。ところがそのうち、好きなものも含め全部の料理を一口だけ食べることにこだわるようになってしまったという。
そこで山﨑教諭は、マークやイラストが描かれたボタンをタップすることでコミュニケーションができるアプリ「DropTap」を活用し、今日の給食は全部食べたいのか、メニューの中に苦手なものがあるのかを意思表示できるようにし、教えてくれたときは称賛することにした。こうすることで、この子は苦手なものがあると正しく報告できるようになったそうだ。
「彼らも18歳になったら選挙で投票することになるので、主権者教育の意味でも、選択の機会や意思表示の経験を日常の学校生活の中でやっていくことは大きい。それをやりやすくするこれらのツールはすごく有効だ」と水内准教授は強調する。
一方で、ICTは万能かといえばそうではない。動画の場合でも、食べ物の想像やイメージが難しいために偏食になっている子どもには有効だが、もともと味覚や嗅覚が過敏であったり、環境や条件の違いによって食べなかったりする場合は、別のアプローチを考える必要がある。
また、メディアを過信すると、例えば画像などで一般的な「赤いリンゴ」を使った結果、「リンゴは赤い」と理解してしまい、青リンゴを見ると混乱したり、ゾウとアリを同じサイズで捉えてしまったりといったことが起こり得る。実際のものを見聞きしたり触れたりするリアルな体験の機会も重要だ。
ところで、牛肉はウシの体の一部であることを知った子どもたちは、その後、どう考えるようになったのだろうか。
山﨑教諭は「子どもたちはウシを殺して牛肉になっているということにショックを受けていた。これからも牛肉を食べ続けるか、それとも食べないかを議論させたら、食べる派と食べない派に分かれた。食べると答えた生徒からは『おいしいから』『栄養があるから』という意見があった一方で、食べないと答えた生徒からは『かわいそうだ』や『悲しいからモーと泣いている』という声があった。そういう他者の気持ちに対するイメージが湧いていることに驚いた」と振り返る。
山﨑教諭は子どもたちには引き続き考えてもらうことにして、1週間後に「これから牛肉を食べないとしたら、代わりに何を食べたらいいだろう?」と改めて問い掛けた。ある子どもは「豚肉」と答えたが、すぐに牛肉と同じくブタの命を奪っていることに気付いた。そして、魚も野菜も生きていて、お菓子の原料も野菜などから作られていることを子どもたちは知った。「最終的に僕たちは命あるものを食べている。だから感謝しないといけない。そう子どもたちは考えてくれた」と山﨑教諭。それをきっかけに命の大切さを考えた子どもたちは給食の残量調査に乗り出し、残飯を利用した堆肥で育てた野菜を保護者や教員に販売する活動にまで発展させた。
一連の同校の実践について水内准教授は「障害者への差別や偏見をなくすなど、障害のある子たちは、SDGsの対象として捉えられがちだ。しかしこの実践は、障害があっても社会をつくっていく側に、SDGsのゴールを達成する側になれることを意識した取り組みになっている」と高く評価する。