【5類移行】9月入学「議論したこと自体が稚拙」 東大・中村教授

【5類移行】9月入学「議論したこと自体が稚拙」 東大・中村教授
【協賛企画】
広 告

 2020年1月から国内に未曽有の大混乱をもたらした新型コロナウイルスによる「コロナ禍」は、5月の5類移行を持っていったんの区切りを迎える。この間、文科省から委託され、児童生徒の学習状況や教職員の働き方、部活動や学校行事の中止による心理的影響など、さまざまな項目を14人の研究者が調査分析した。このほど、研究チームを統括した東京大学の中村高康教授に3年間で得られた知見や教訓を聞いた。全国一斉休校措置がなされるなど、コロナによる困惑がピークになった3年前。突如、早期実現に向けた具体的な議論が行われた「9月入学」については、「混乱下でするべき議論ではない」と苦言を呈した。

コロナ禍で改めて浮き彫りになった教員の多忙化

 中村教授が注目したのは、法政大学の多喜弘文准教授が行った学校現場の多忙化とその背景についての分析。研究チームでは、コロナ禍の間、教員がどれだけ忙しかったかを多忙化指標という基準を用いて調査した。

 学校の抱える課題について、▽教職員の人員が不足している▽教職員の労働時間が長くなっている▽教職員の業務量が多くなっている▽心身の不調を訴える教職員が多くなっている――などの項目を多忙化指標として提示。それぞれについて、「あてはまる」「ややあてはまる」「あまりあてはまらない」「あてはまらない」といった4段階の選択肢の中から一つを選ぶ4件法で回答してもらい、それらの指標の合計得点の推移を調べた。

 臨時休業中は小中ともに7点台だった得点が休業再開直後に小学校は10.28、中学校は9.89に上昇。21年1月に小中ともにやや減少したものの、以降は右肩上がりに推移している=図表①。中村教授は「休業再開直後は授業の遅れを取り戻さなければいけないとか、コロナ対策をしながら児童生徒を見なければいけないなどで、非常に忙しかった」と分析する。

 

 文科省が去年12月に公表した教育委員会を対象にした調査によると、時間外勤務が45時間以下の教職員は小学校で19年が51.5%に対し、22年が63.2%。中学校が36.1%から46.3%とともに上昇し、労働時間については改善に向かっているようにみえる。

 しかし、多喜准教授の分析では、21年1月から12月まで多忙化の傾向は進んでいる。中村教授は「統計学的には上がっていると見なすには微妙」としつつも、下がっていないことに問題があると強調。「労働時間が少なくなったとしても、労働の質。つまり、多忙感や業務量など中身的にはそんなに下がっていない可能性がデータから読み取れる」と話す。

 

 さらに、小学校に限ってみてみると、教職員の「人員」「労働時間」「業務量」「心身不調」といった項目は、一斉休校期間中よりも課題意識が上昇。「人員」と「心身不調」については、時間が進むごとに悪化していた=図表②。この結果について、多喜准教授は「主観的な項目なので、単純な労働時間や増加と見なしてよいのかどうかは、他の調査と照らし合わせる必要がある」とした上で、「現場での課題意識の深刻化には注意を払う必要がある」と結論付けている。中村教授も「顕在化してきている教員不足や部活動の問題など、複合的な要因の可能性もある。少なくとも(多忙化指標が)下がっていないという状況は、よくみておかなければいけない」と警鐘を鳴らした。

「9月入学」検討そのものが反省材料

 コロナ禍の3年間は遠足や修学旅行、学校祭などといった学校行事が中止や延期に追い込まれた。運動部、文化部問わず、さまざまな大会が軒並み中止となり、目標に向けて努力を続けてきた部員の無念の声は連日メディアに取り上げられた。

 しかし、中村教授は「みんながみんな行事や部活動が中止になって残念かどうかは分からない。個人差がある。この辺りは多面的に見なければいけないという教訓が得られたと思う」と語る。それを裏付けるのが、21年12月に行った中学生を対象にした部活動に関する調査。部活動の縮小について「とても残念だった」「どちらかといえば残念だった」と答えた生徒は合わせて73.6%に上った。しかし、部活動に熱心に取り組んでいなかったと回答した生徒に限定すると、数字は48.0%と半分を下回る。研究チームは部活動の縮小や大会の中止が心理的に影響することを認めつつも、残念と思わない生徒も一定数おり、「児童生徒の置かれた状況によって反応は予想以上に多様だった」と分析した。

 「多面的に見なければいけない」ものの代表例として、中村教授が挙げたのが「9月入学論争」。新型コロナウイルスの感染拡大が始まった2020年。全国一斉の臨時休校措置が3月2日から約1カ月間にわたって行われたことで浮上した。きっかけになったと言われているのが、高校生によるSNSの投稿やインターネットでの署名活動。署名は2万人以上から寄せられた。

 休校によって生じた学習の遅れを取り戻せることや中止予定の行事が実施できる可能性があるといったメリットから、自民党が検討チームを立ち上げ、文科省も5月に小学生の9月入学について、21年秋の導入を目指して移行案を提示するなど、具体的な検討が進められた。

 最終的には教育制度以外の影響や待機児童の増加、学年分断の恐れなどから時期尚早と判断。導入は見送られたが、当時の萩生田光一文科相が会見で、「国民の賛否が分かれ、混乱や心配を与える事態になってしまった」と述べるなど、現実的な検討案として審議されたことは大きな話題となった。

 これについて中村教授は「コロナ禍の混乱期に議論の俎上(そじょう)に載せてはいけないもの。性急に検討し始めたこと自体が反省材料」と断じた。「短期的に決めようとするのがあり得ない。学歴を半年ずらすというのは、さまざまな摩擦が起きる。メリットだけを強調して議論するのは政策として非常に稚拙」と語気を強めた。その上で、「(大会中止などで)泣き崩れる高校生を見たら、自分も心を動かされてしまう。だけれど、それとは違う局面があることは常に想像しないと。教育政策は社会全体に影響を及ぼす。一部だけに焦点を合わせてしまうと、その他大勢が損するような話だって通ってしまう」とくぎを刺した。

コロナがもたらした「ケガの功名」と調査継続の必要性

研究チームを統括した東京大学・中村高康教授

 一方、コロナ禍がもたらした「副産物」もあると中村教授は語る。「GIGAスクール構想はコロナがなかったらここまで急激にみんなができるようにならなかったと思う。意図せざる帰結というか、元々ICTを普及させようと思っても、なかなか重い腰が上がらなかった学校現場が、なんとかやらなければいけないとオンラインに触れ始めた」。

 21年1月、首都圏に緊急事態宣言が発令される見通しであることを受け、萩生田文科相(当時)が1人1台端末の早期整備を民間事業者に依頼。オンライン学習の環境づくりが急ピッチで進められた。20年10月時点の文科省の聞き取り調査では、1人1台端末の整備目標がない自治体は21都道府県を数えていたが、21年10月に文科省が公表した端末利用状況等の実態調査によると、公立小学校の96.2%、公立中学校の96.5%が利活用を開始。GIGAスクール構想は一気に前へと進んだ。

 中村教授は「学校現場に限らず、3年前までは電子資料を配るのも恐る恐るやっていた。しかし現在は学校でのスキルが蓄積されている感じを受ける。それによる格差が出ている可能性はあるが、コロナがあったからこそ、できるようになった果実の一つ」とした。

 研究チームによる研究は来年度も継続されるが、児童生徒や教育委員会を対象とした調査は行われない。「われわれが調査をやりやすいように配慮してくれた」と文科省に感謝の意を示す一方で、中村教授は「コロナ禍による一斉休校時点での情報は、結局1年経過した後に思い出して回答してもらっている。記憶もゆがんだりするので、やっぱり精度に欠く。加えて、コロナ前がどうだったかも分からないので、コロナ前後で何が変わったのかが言いにくい」と情報の不足を指摘。

 その上で、「教員の労働時間についても、下がった、下がったと喜んでいてはいけない。違う質で調べると、(教員の忙しさは)上がり気味にさえ見えるようなデータが取れているのだから、働き方改革というのなら、継続して調べなければいけない。」と、学校現場における定点観測継続の必要性を訴えた。

広 告
広 告