通信制を活用した少年院での学習支援 高校卒業を下支え

通信制を活用した少年院での学習支援 高校卒業を下支え
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 働いている人だけでなく、不登校や特別な配慮が必要な生徒に対する柔軟な取り組みが受け入れられ、生徒数が年々増えている通信制高校。その需要は非行により矯正教育を受けている少年にも広がりを見せている。法務省が文科省と連携し、2021年度から試行している少年院在院中に通信制高校での学習機会を提供するモデル事業。矯正教育の単位認定やオンライン学習などを通して、在院中でも学びを止めないことで、出院後のスムーズな卒業、ひいては社会復帰へとつなげる。この事業を活用して、今春卒業を果たした男性と受け入れた学校を取材した。

選択肢を狭めないためのセーフティーネット

 法務省が文科省や通信制高校とともに、事業の検討を始めたのは20年6月。狙いは進路の幅を広げることで、出院後の社会復帰や再犯防止につなげることだ。同省矯正局の担当者は「セーフティーネットに近い話。少年院に入ったことで、社会にいたら選べる選択肢が狭まるということはない方がいい」と語る。

 

 同省によると、21年に少年院に収容されたのは1377人。このうち中学卒業は23.0%(317人)、高校中退は40.5%(558人)で、全体の6割以上を占めている。また出院者の約1割が進学を希望するものの、行き先が未決定だという=図表

 これまでも各施設の判断で在院中に通信制高校へ入学したケースはあったが、今回のモデル事業で体系化。22年度は8カ所の少年院が広域通信制高校5校と連携して実施した。担当者は「学校だけでなく、大人全体に対する不信感を抱いている子も少なくない。在院中に数カ月でも基礎的な勉強習慣をつけたり、教員との関係性を築いたりすることは、非常に望ましい」と語る。

 入学者は在院中、自主計画学習や余暇の時間などを使って、レポート作成やオンラインによるスクーリングを受け、卒業に必要な単位を修得。自律的な学習姿勢を育てるために、少年院職員の指導・支援の下、学習計画作成も行う。出院後も切れ目ない支援体制を築くため、学校や保護者、保護観察所による情報交換の場が設けられているほか、「出院者からの相談」制度を活用した少年院職員によるアドバイスも受けられる。

 通信制高校の卒業には74単位以上の単位修得が必要だが、少年院入院前の高校への在籍期間が認められれば、単位数が減算される。加えて、文科省は21年3月に省令を改正。少年院の矯正教育で高校学習指導要領に準じて行うものについては、学校の判断で単位として認められるようになった。

 2年間でモデル事業を利用したのは10数人だという。担当者は「将来的な自分の進路として、働くということがあるとしても、その前段階として学びの機会を得るという選択肢もあるということを、本人にも保護者にもきちんと伝えなければいけない。高校を中退した子の中には、もう1度、振り出しに戻るのではないかと思って、勉強から離れていく子もいる。そうではなく、もう少し頑張れば卒業できるかもしれないということを理解してもらうことも大事」と語る。

 同省と少年院、連携している通信制高校は定期的に連絡会議を開催し、情報共有している。よく議題になるのは、保護者の経済負担だという。これについては、「少年院の職員も含めて、制度を知らない人も多い」(同省矯正局)として、同省が国の就学支援金や自治体の支援制度などをまとめたリーフレットを作成。モデル事業に参加する少年院に設置し、保護者に事業を紹介する際に活用している。リーフレットには、ほかにも「高卒資格」と「高卒認定」の違いや、在院中に入学する場合の流れなどが記載されている。将来的には、全国全ての少年院での展開を目指しており、拡大に向けたガイドライン作成に向けて現在調整中だという。

「高校だけは卒業したかった」

四国少年院
四国少年院

 香川県多度津町にある広域通信制高校、RITA学園高校は四国少年院(善通寺市)と連携。これまでに在院中の少年2人を生徒として受け入れた。このうちの1人、大塚悠斗さん(仮名)は今年3月に同校を卒業。この制度を利用した同校初の卒業者だ。

 「卒業できたことは正直にうれしい」と話す大塚さん。元々、全日制の高校に通っていたが、喫煙などで停学が重なり、自主退学を促された。その後、通信制高校に転入したが少年院に入所したことで、再び退学せざるを得なくなった。「正直勉強なんて要らない」と考えていたが、「やっぱり高校だけは卒業しておきたかった。中卒では就職するにしても、選択肢が少なくなるのが現実。家族にも高校だけは卒業してほしいと言われていた」と語る。

 四国少年院の法務教官や同校の教員からの説明を受け、制度を活用することを決めたという。「施設を出てから高校を探した場合、学校には施設に入っていたことを隠さなければいけないと思ってしまう。正直に話すと拒否される気がして...。でも、隠しながら通うというのは正直つらい。自分の事情とかも全部分かった上で受け入れてくれるなら、楽しく授業を受けられるというか、心に余裕ができると思った」。

 当然、少年院で行われる生活指導や職業指導といった矯正教育は他の入所者と同様に受ける必要がある。「施設は施設でやらないといけないことがある中で、さらに授業も受けられるかなって。レポート提出だったり、テストに向けた勉強だったりという不安はあった」。それでも同校の教員と話し合い、履修計画を立てることで乗り越えた。単位修得に必要なレポート提出については、教員免許を持っている四国少年院の法務教官にアドバイスをもらうこともあったという。

 レポート提出と同様、単位修得に必要なスクーリングについては、オンラインだけでなく月1回、同校の教員が少年院を訪れ、対面でも行われた。ある日、対面で行われたスクーリングの中で、大塚さんは同校の教員に「なぜ勉強が必要なのか」と尋ねたという。返ってきた言葉は「絶対に全部が必要かと言われれば、絶対に必要とは言えない。けれど確実に言えるのは、何も知らないより、一つでも多く何かを学んだ方が、絶対に社会に出た時に役に立つ」――。この言葉がきっかけで、勉強に前向きに取り組めるようになったと大塚さんは話す。

未経験の在院者に対する授業、「配慮は欠かせなかった」

 不安があったのは大塚さんだけではない。多くの不登校生徒を受け入れてきた経験から個に適した授業方法のノウハウはあったものの、少年院の中に入って授業を行うのは同校にとっても初めての経験。山下久夫生徒指導課長は「受け入れる学校としても当初は心配だった。われわれ自身、少年院に入った経験がない。最初のイメージは授業にならないのではないかと感じた」と明かす。それでも熱心に授業を受ける姿に「積極的に前向きに取り組んでくれたので、教える方としても楽しくできた」と振り返る。

 一方で「配慮は欠かせなかった」と人見敏史教頭は語る。少年院を出院後から卒業までの約4カ月間もスクーリングは個別で行った。「四国少年院は四国中の子供が入院している。中には、香川県の子もいるかもしれないという中で、今の子供たちはスマートフォン一つでいろいろな情報が手に入る。どこで少年院に入っていたという情報に触れるか分からない」(人見教頭)。

 今回、大塚さんが無事に卒業。残る1人も卒業を目指し、懸命に授業を受けているという。しかし今後の課題は少なくない。「たまたま今回は1人卒業できたけれど、この先全員が卒業できるかは分からない。彼にしても、出院から卒業までの期間が短かったという面もある。例えば、1年生の1年間を少年院で過ごした場合は、出所してから卒業するまでの期間の方が長い。在院中は教官が見ているから真面目に取り組んでいたというケースもあるだろうし、基礎学力が低いというケースもある。いかに学校が本人や保護者、地域をつないで、『応援しているぞ。頑張ろう』という体制を作れるかどうか。このプロジェクトのそもそもの目的は、再び過ちを犯さないこと。これからが勝負」と山下指導課長と人見教頭は声をそろえる。

 もう一つは対象人数と実際活用する人数の乖離(かいり)をどうするか。四国少年院だけでも対象となる人数は30人ほどいるというが、大塚さんが卒業したことで、現在活用しているのは1人になった。人見教頭は「学校という言葉だけで拒否反応を起こす子もいると思う。高卒資格を取ることで、人生の幅が大きく広がるということをいかに認知させられるかが大事」と強調する。

たった1人の卒業式で誓った「自立」

人見教頭(右)から卒業証書を受け取る大塚さん(仮名)・RITA学園高校提供
人見教頭(右)から卒業証書を受け取る大塚さん(仮名)・RITA学園高校提供

 3月19日、大塚さんは母親と一緒に同校を訪れた。先述した配慮の件から、卒業式には参加できなかったが、学校が彼だけの「卒業式」を用意。人見教頭から卒業証書を受け取った大塚さんは笑顔を見せた。最終的な成績は全て最高評価だったという。

 人見教頭は大塚さんに「人生100年あるうちの1年の失敗。反省しなければいけないが、いつまでもそればかりでは前に進めない。お母さんらに迷惑を掛けた分、その何十倍も恩を返して、立派な大人になってほしい」とエールを送った。

 卒業後は在学中から勤務していた会社で働きながら、親元を離れ一人暮らしを始めるという大塚さん。両親からは金銭面も含め「そんなに甘いものじゃない」と反対されたと明かす。しかし、決意は固い。「きっかけは教官から、少年院に入ってくる人は自立ができていない人が多いと聞いたこと。生活費の支払いだけでなく、仕事をしながら、洗濯や食事の準備も自分でする。時間の管理も親に頼りたくないと思うようになった」(大塚さん)。

 両親の言うように、自立しての生活は決して簡単なものではない。しかし、山下指導課長は大塚さんなら乗り越えられると確信している。「本当に真面目にコツコツと頑張って、学習を積み上げたと思う。本人もおそらく不安があると思うが、親に甘えることなく、一人暮らしして自立するという道を選んだのが一番成長したところ」とほほ笑んだ。

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