生成AI「学習や指導に好機と課題を提示」 G7教育相宣言

生成AI「学習や指導に好機と課題を提示」 G7教育相宣言
第3セッションで冒頭発言を行う永岡文科相=5月13日、金沢市(代表撮影)
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 新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた今後の教育の在り方を議論する先進7カ国(G7)教育相会合は5月15日、金沢市で閉幕した。採択された成果文書「富山・金沢宣言」では、コロナ禍によって明らかになった学校の本質的な役割として「学校は子供の心と身体の健康を支え、ウェルビーイングを高める」と整理するとともに、学校のICT環境整備を継続することを表明した。全ての子供たちの可能性を引き出す教育の実現に向ける取り組みでは、「今後の教育においても、教師と生徒の対面によるやりとりが最も重要」と明記。デジタルの活用は対面による教育を補完するものと位置付けた。これに関連して、教師のICTスキルの向上に取り組むとともに、質の高い優秀で意欲のある教師の確保が重要になると指摘した。「ChatGPT」など対話型の生成AIが教育に与える影響については「学習や指導に好機をもたらすと同時に、教育システムに課題を提示している」と総括し、プラス面とマイナス面のバランスを取りながら対応する必要があるとの認識を示した。

 宣言では、コロナ禍が教育にもたらした危機について、「教育システムが抱える脆弱(ぜいじゃく)性を顕在化させる一方で、教育・学習システムの未来を再考・強化していくための契機となった」と位置付けた。そして、ポストコロナ社会にニーズに応えるとして、「より強靭な教育システムの構築へ向けて取り組む必要性を強調するとともに、教育の場面におけるウェルビーイングを実現していく」との基本的な考え方を示した。

 また、「ChatGPT」など対話型の生成AIについて、「生成AIを含めた近年のデジタル技術の進展は、学習や指導に好機をもたらすと同時に、教育システムに対して課題を提示していることを認識する」と、メリットとデメリットの両方に留意すべきだという立場をとった。

 生成AIを巡る議論について、14日の共同記者会見で、各国の代表者がさまざまな見解を示した。議長を務めた永岡桂子文科相は「ChatGPTなどの生成AIを含むデジタル技術の急速な発達が新たな学習につながるチャンスであると同時に、既存の教育システムに対する課題を提起するものであるとの共通認識を得た」と総括した。

 イタリアのジュゼッペ・ヴァルディターラ教育・功績相は「AIは今後さらに教育を改善していくために、重要な役割を果たすだろう。だが、あくまでも大事なのは教師という人間の存在だ。教育におけるAIの活用は人間である教師がきちんとリードすることが重要であって、機械が人間をリードするのではない」と述べ、教員がICTスキルを向上させ、教員が主導するかたちでAIを活用していくことが重要との見解を示した。

 英国のジリアン・キーガン教育相は「教員たちは世界各国で、いまこの時も子供たちを応援し続けている。こうした教員に優秀な人材を確保することが大切だ。テクノロジーはそうした教員をサポートする武器になる。だが、その影響をどう見極めるべきなのか、慎重に対応すべきだ」と述べ、教育における生成AIの活用には検証が必要との立場をとった。

 宣言では、まず、コロナ禍で再確認された学校の本質的な役割について「学校は子供の心と身体の健康を支え、ウェルビーイングを高める」と整理。コロナ禍で制限された学校教育の役割を回復するためには「自然体験・文化芸術体験活動の機会を充実させ、社会情動的スキルの向上を図る」とした。学校が地域コミュニティーなどと連携して体験型の学びを提供することで、児童生徒が社会に積極的に関わっていける「社会情動的スキル」の育成につなげていく、という考え方を示した。

 ICT環境整備の継続も強調し、その中で「教師のICTスキルの向上に取り組む」「子供の情報活用能力に係る教育を充実させる」の2点を重視すべきポイントに掲げた。

 次に「全ての子供たちの可能性を引き出す教育の実現」というテーマでは、「一人一人の子供に個別最適な学びを進め、互いに学び合う機会を確保する」とした上で、「今後の教育においても、教師と生徒の対面によるやりとりが最も重要」と指摘。デジタルの活用は対面による教育を補完するものとして奨励する、と説明した。

 教師と生徒の対面指導を重視することに関連して、宣言では「能力のある、十分な支援を受けた教職の価値」に言及。「質の高い優秀で意欲のある教師の確保や学校の指導・運営体制の整備を行う」ことをG7の共通認識とした。その具体的なアプローチとして「教師のウェルビーイングを支える文化の構築に向けて取り組む」「教師が本来の業務に専念出来る環境づくりを図る」などを挙げた。

日本の給食や郷土芸能を体験 中学生との意見交換も

 5月12日から4日間にわたって富山市と金沢市で開催された会合では、初日の12日に富山市内の小学校と中学校を訪問、会合参加者は日本の学校給食や郷土芸能の「おわら踊り」を一緒に楽しみながら、児童生徒の歓迎を受けた。

 13日のオープニングセッションでは、永岡文科相は日本の教育の現状と課題について、全ての子供の可能性を引き出す学びの実現のため、GIGAスクール構想による1人1台端末などの整備を進めており、日常の授業だけでなく、不登校や病気療養児への指導も含めて端末の活用が進んでいることを報告。また、教育を通じたウェルビーイングの向上について「アジア諸国では、他者との関係性が重視される。子供たちが良い関係作りや自己表現、自己実現ができるよう、『調和と協調に基づくウェルビーイングの実現』に取り組んでいる。そのために、教師のウェルビーイングを高め、学校を中心に社会のウェルビーイング向上につなげたい」と述べ、第4期教育振興基本計画(2023~27年度)に対する中教審答申に盛り込まれた「日本型ウェルビーイング」の考え方を説明した。

 続いて、今年3月に石川県立ろう学校を卒業後、看護師を目指している石川県立総合看護専門学校准看護学科1年の森山零菜さん(18)をはじめ、富山、石川両県の学生や教員らが参加して、コロナ禍での授業や学びについて経験談を語った。

各国代表と意見交換を行う富山市と金沢市の中学生たち=5月12日、富山市
各国代表と意見交換を行う富山市と金沢市の中学生たち=5月12日、富山市

 次に、金沢、富山両市の中学生10人が「こどもサミット宣言書」を各国の代表者に紹介する会合が行われた。各国の代表者との意見交換では、生徒たちは「今の学校では、自分たちが受け身になっている教育活動が多い。宣言書をまとめる過程で、自分たちが学びを自分事として捉え、自分から進んで取り組んでいく活動がすごく必要だと思った。学校の中で生徒が自分から取り組むきっかけになる機会が増えれば、自分たちは教育により熱心に取り組めるようになる」「私は将来、教師になりたい。今、いろいろな個性が尊重される社会になってきているので、その人の個性を伸ばしていけるような、そういう教師になりたい。そのためにいまできることとして、ただ授業を受けるだけではなく、自分から授業に対して意見して、その授業の質を高めていけたらいいと思う」などと、物おじせずに答えていた。

コロナ禍の影響「対面教育の重要性を再確認」

 13、14日の両日に行われた実質討議は4つのセッションに分けられ、①コロナ禍を経た学校の在り方②全ての子供たちの可能性を引き出す教育の実現③社会課題の解決とイノベーションを結び付けて成長を生み出す人材の育成④コロナ禍の変化を受けた今後の教育の国際化とその役割--が、それぞれ議題となった。各セッションでは、まず永岡文科相が各議題について日本の現状と課題を紹介。続いて各国の代表者が自国の現状や課題を説明し、自由討議を行う形式で進められた。

 第1セッションの「コロナ禍を経た学校の在り方」では、永岡文科相は「今後コロナ前にただ戻るのではなく、コロナを乗り越えた、新しい進化を図っていきたい」と説明。日本の取り組みとして「協働して学ぶ場や、体験活動の減少、心身の健康への影響という課題に対応するために、自然体験、文化芸術体験や地域と学校が協働した取り組みの推進、スクールカウンセラー(SC)、スクールソーシャルワーカー(SSW)の配置促進に取り組みたい」と述べた。また、GIGAスクール構想や校務のデジタル化を通じて、デジタルの浸透と学びのアップデートを図る考えも示した。

 文科省の出席者によると、各国の代表者からは、長期間にわたる臨時休校によって学習が遅れた一方、オンライン教育が進むと同時に、対面教育の重要性を再認識したとの意見が目立った。「特に、教師の存在の重要性、対面で学んでいく中で、社会性とか人間関係の部分が学ぶことができる、といった議論があった」という。また、デジタル化が進む中で『サイバーいじめ』が出ている国もあり、一部の国では法律的にも対応する努力している、との説明もあった。さらに、コロナ禍で改めての学校の役割が注目され、「学校がいろいろな意味でコミュニティーの人々をつないでいく重要なハブだということを痛感した」という声も出た。

 第2セッションの「全ての子供たちの可能性を引き出す教育の実現」では、永岡文科相は、日本の取り組みについて「全ての子供たちの可能性を引き出す教育のための授業モデルが、個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実。こうした学びの実現には、ICT環境の整備が不可欠だ」と述べ、GIGAスクール構想により1人1台端末が整備されたことを紹介した。

 その上で、「ICTを活用した教育を進めていく中で、昨今急速に普及している生成AIの利用について議論したい。特に批判的な思考力、そして創造性への影響、個人情報や著作権保護の観点から課題を整理する必要がある。一方、生成AIをどのように使いこなすか、といった視点も考慮する必要がある」と問題を提起。日本では、学校向けのガイドラインを「今年の夏前までに作成する」と説明した。

中学生との意見交換で笑顔を見せる永岡文科相=5月12日、富山市
中学生との意見交換で笑顔を見せる永岡文科相=5月12日、富山市

 さらに永岡文科相は「ここで日本の格言を紹介する。『教育は人なり』。学校教育の成否を左右するのが教師であり、資質能力の高い魅力ある優れた教師が重要という意味である」と切り出し、「AIでは代替できない学びを教師が提供するよう、研さんの機会の充実などの取り組みを含め、教師を取り巻く環境の充実が重要だ」と指摘した。

 文科省の出席者によると、各国の代表者からは、全ての子供たちの可能性を引き出す教育として、デジタル化によって学習を個別にカスタマイズしたオーダーメイド型の学習に力を入れている事例が紹介された。

 生成AIに関する議論では、いろいろなバランスを取る必要があるとの認識が示される一方、教育における活用の可能性はあるが、さまざまなリスクと倫理的な課題に注意しなければならないといった発言もあった。

 教員の人材確保では、教員給与の引き上げに取り組んでいる事例が紹介されたほか、これからの学校教育自体が将来教員になる人々を引きつけるような形に変わっていくべきだといった議論もあった。「どうやっていい教員を確保していくのか、教員不足にどう取り組むかについて、事前の想定よりもさまざまな議論が行われた」といい、各国でも教員の人材確保が大きな課題になっていることが浮かび上がる展開となった。

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