ペーパーレスで教員の事務業務約530時間削減 静岡県三島市教委

ペーパーレスで教員の事務業務約530時間削減 静岡県三島市教委
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 学校現場は“紙”が多い――。これまで紙ベースが当たり前だった校務を見直し、教員の働き方改革で一定の成果を出している自治体がある。静岡県三島市だ。IT企業のサイボウズとタッグを組み、「家庭調査票」など書類の提出や管理のICT化を進め、教員の事務作業時間を推計530時間ほど削減することに成功した。文科省が4月に公表した「2022年度教員勤務実態調査(速報値)」でも、「事務作業」は教員にとってやりがいや重要度が低い上に、負担感が高い業務として指摘された。「教員が児童生徒と向き合う時間を増やしたい」と、学校現場の働き方改革を進める三島市教育委員会教育推進部教育総務課の杉山慎太郎氏に話を聞いた。

GoProで把握した学校の「紙の多さ」

Zoomで取材に応じる市教委の杉山氏
Zoomで取材に応じる市教委の杉山氏

 始まりは、経産省が主催する「未来の教室」だった。2021年夏、実証事業「学校のBPR(働き方改革)事業」のモデル校に市内の中学校が選ばれた。IT企業のサイボウズとタッグを組み、学校現場の働き方改革を進めるチャンスを得たのだ。杉山氏の所属する「教育総務課」は、学校現場のICT周辺の整備がメイン業務の1つ。ICTの力で教員の働き方改革に寄与できないかと常々考えていた杉山氏は「すごい巡り合わせだと思った。このチャンスを生かして、現場の教員の負担感を少しでも減らしたかった」と、当時を振り返る。

 モデル校となったのは、三島市立中郷西中学校。民間企業であるサイボウズの視点から、学校現場の業務や教員の働き方についての分析が始まった。そこで大いに活躍したのが「GoPro(ゴープロ)」。教頭が頭に装着し、1日の業務内容を映像で洗い出したのだ。コロナ禍でなかなか現地入りできない同社のスタッフが考案した苦肉の策だったが、思わぬ活躍ぶりを見せたという。「サイボウズの皆さんは、何より教員たちのデスクにある紙の量に驚いていた。働き方改革の第一歩として、現場が成果を実感できるものから始めようということになり、『ペーパーレス化』が挙がった。まずは教委と学校間の業務について、改善が必要だと助言があった」。

 最初に取り組んだのが、学校施設の修繕依頼のオンライン化だった。これまでは学校がエクセルで修繕依頼のシートを作り、写真を添付した上で、メールで市教委に送付していた。加えて校内ではエクセルシートをプリントして管理し、修繕箇所があった場合はそれに記入し、校内決裁に回すという煩雑な仕組みがあったという。そのやりとりは、教委側にとっても負担が大きかった。市内の全小中学校21校からくるメールへの対応に手間や時間を要する上に、修繕依頼を一括管理できないという難点があった。

 それを同社のクラウドサービス「kintone(キントーン)」を活用し、アプリ上で依頼や管理ができるようにしたのだ。22年度から市内の全21小中学校で導入したところ、効果は歴然だった。「学校現場からは依頼しやすくなったという声が多くあった。当時整備され始めだったGIGA端末を活用して写真を撮り、その場でアップできる点も重宝されたようだ」と、杉山氏は説明する。

 現場の「使いやすい」という好評の声は、依頼数にも反映された。従来は年間で600~700件だった修繕依頼が、22年度は975件と過去最高を記録した。「ペーパーレス化して、教員の負担感を軽減することが本来の目的だったが、副次的な効果で修繕箇所の見落としも減少した。さらにシステム上で修繕箇所の履歴や進捗(しんちょく)が把握できるので、管理もしやすくなり、問い合わせの件数も下がった」と、思わぬ効果があったことを明かす。

紙1万枚、事務作業530時間を削減

 修繕依頼の業務で実績が出たことを受け、他の業務でもこのシステムを応用できないか検討が始まった。「現場の教員が改善すると喜ぶ項目は何があるか?」という視点で、改めて学校現場の業務の棚卸しをした。そこで挙がったのが、児童生徒が入学時に提出する「家庭環境調査票」や各種問診票のデジタル化だった。

 これまでは、市内の小中学校の入学説明会で保護者に「家庭環境調査票」「心臓健診問診票」「結核健康診断問診票」「脊柱および四肢問診票」「保健調査票」「iPad同意書」の6書類を配付し、家庭で記入した物を後日提出してもらっていた。記入後の書類は各学校の担任や教務主任らが、校務支援システムに手入力しており、年度初めの多忙な時期に多大な労力が費やされていた。「現場の教員にとって入力作業が負担になっていることはもちろん、保護者にとってもいくつもの書類に記入することは負担だった。例えばこれまでは、全ての書類に氏名と住所を記入する必要があった。さらに他の自治体では、紙で管理していた家庭環境調査票を紛失した事例もあった」と課題を指摘する。

キントーンを使用する教員(市教委提供)
キントーンを使用する教員(市教委提供)

 新しく導入したシステムは、専用フォームに保護者が情報を入力し、そのデータをキントーンに連携させて管理する仕組みだ。入学説明会では入力用のURLとQRコードを保護者に配布し、期日までに入力してもらう。住所や氏名などは一度入力すれば完了する。各学校の教員全員にキントーンのアカウントを配布し、それぞれの学校の情報についてアクセス権限を与えた。教員はアプリ上で必要な情報をチェックできるが、他校の情報にはアクセスできない仕様となっている。

 今年4月から、市内の全21小中学校の小学1年生804人、中学1年生941人を対象に実施した。試算したところ、約1万枚の紙の使用が削減できたほか、入力作業や印刷などにかかる時間約530時間を削減するなど、導入初年度から成果が出ている。

 現場からは次のような声が寄せられたという。「紙からデータになったことで、検索機能を使って必要な情報を集めやすくなった」「入学式前から入学児童の配慮事項や家庭環境などを確認できる」「入力フォームの各項目を必須項目設定することで問診票の記入漏れがない」「ファイリングに気を配ることが不要になり、保健室などの保管場所まで⾜を運ばず、PCなどからアクセスができる」。事務作業の手間や時間の削減だけでなく、管理のしやすさなどを実感する声も多かった。

 一方で課題も見えてきた。大規模災害などの緊急時に、情報にアクセスできない恐れを指摘する教員が多かったのだ。市教委では打開策として、児童生徒の緊急連絡先など必要な項目を抽出して一覧にする手法などを検討している。

 一連の改革について教委の立場から関わってきた杉山氏は、「民間企業と学校の橋渡し役が必要」と強調する。「一番難しかったのは、21校の校長や教頭などと連携を取りながら進めること。例えば家庭環境調査票などのペーパーレス化では、それぞれの学校で書類の記載項目が違った。キントーンで管理するには統一する必要があったため、記載項目を校長会などで検討してもらった」と振り返る。当初はこれまで紙で管理していたものをデジタルに切り替えることについて、不安を訴える声も少なくなかった。現場の不安を解消するために専門性の高い情報をかみ砕き説明しながら、ICT化を進めることも杉山氏をはじめとした市教委の役割だった。

負担感高く、やりがいと重要度低い「事務作業」

 同市はこれまでも、校務支援システムやグループウェア、保健観察アプリによる出欠連絡などを導入し、ICT化を進めてきた。ところが、抜本的な教員の働き方改革にはあと一歩及ばなかったという。

 市が22年に実施した、小中学校の教職員対象の調査によると、「毎日、仕事が勤務時間内に終わらない」は66.2%(18年74.9%)。「週1日以上、仕事を家に持ち帰る」は60.2%(同62.9%)。「月2日以上、休日に学校に行って仕事をする」は49.6%(同63.4%)。どの項目でも4年前と比べて減少したものの、プライベートな時間を犠牲にしながら業務にあたる教員が過半数近くを占めることが浮かび上がった。

 現場の声に耳を傾けてみると、調査依頼や書類管理など、教員の本業ではないいわゆる「事務作業」に疲弊している教員が多いことも分かってきた。

 「教員は授業や学級活動など児童生徒のための業務にはやりがいを感じているし、頑張れる。一方で、それに付随する事務作業に負担感を抱えている教員が多いようだ。例えば、教委や国からの調査やGIGA端末の更新作業など。長時間労働の是正はもちろんだが、教員が児童生徒と向き合う時間を確保することが教員の幸せにつながるのではないか」と、杉山氏は分析する。

 文科省が今年4月に発表した「22年度教員勤務実態調査(速報値)」でも、教員の本業とされる授業や生徒指導などの業務は教員の負担感が相対的に低く、やりがいと重要度が高い傾向にあった。一方で事務作業については、教員にとってやりがいと重要度が低い上に、負担感が高い傾向にあることが示された。

 市教委では「児童生徒の幸せ=働く教員の幸せ」をモットーに、「児童生徒と向き合う時間を増やしたい」「家族やプライベート、自己研さんに割く時間を増やしたい」といった教員の願いをかなえることを念頭に置き、働き方改革を進めているという。

 杉山氏は、まだまだ改善できる点はあると強調する。例えば、市教委と学校間のやりとりだ。学校施設の修繕依頼はICT化し業務改善につなげたが、大半の業務がいまだに紙やエクセルがメインのままだ。他にも国や県などからは調査依頼や情報共有などのメールが連日届き、1校当たり年間2500通にも上るという。学校ではそのメールの文面を紙にプリントし、ファイリングして管理している。「教員の事務作業面については、デジタル化することで多くの改善余地があると感じている」と指摘する。

 一方で「デジタルツールありきではなく、できるだけ学校現場の『こうしたい』をかなえたい。そのため学校と教委、事業者との対話を重視していきたい」と、今後の働き方改革についての展望も明かす。現場目線を第一に掲げながら学校現場と伴走する理由を尋ねたところ、「個人的なことだが…」と前置きしつつ、こう語った。「私は教員免許を持っていて、教員を志したこともあった。教育実習も経験したが、『自分にここまでできるのか』と諦めた過去がある。いつかは教育に寄与したいという願いがかない、やっと教委に配属となった。現場の先生たちが、『児童生徒と向き合う時間を増やしたい』と願っていることは、日々感じている。私の立場でできることで、最大限それをサポートできればと思う」。

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