通学区域外の小中学校に通えるようにする「学校選択制」について、文科省が2022年度、10年ぶりに全国の活用状況を調べたところ、新たに導入したり、検討を進めたりする自治体が増えていた。学校間競争を助長するとして、「新自由主義的」との批判もあった同制度。10年前には足踏み状態だったのが、ここへ来て再び広がる背景に何があるのか。調査結果を詳しくひも解くと、急速に少子化が進む日本ならではの事情が浮かび上がってきた。
学校選択制はいじめ被害などの特別な事情がなくても、通学区域外の公立小中学校へ通うことを認める制度だ。規制緩和を求める政府の行政改革委員会が1996年に必要性を提言し、翌97年に文部省(当時)が導入を後押しする通知を出したことで全国的に広がった。
文科省はその後、導入状況を断続的に調べていたが、12年度を最後に調査は途絶えていた。今回は、政府の規制改革会議から、住民登録のある市区町村とは別の自治体の公立小中学校に通う「区域外就学」の実態について調べるよう求められたことを契機に、学校選択制についても10年ぶりに調べることにしたという。
調査結果からまず分かるのは、学校の統廃合が急速に進んでいるという事実だ。学校選択制を導入するには、小学校や中学校を複数設置している必要がある。調査対象となった1751教委のうち、この条件を満たしていたのは小学校が1455教委(83.1%)、中学校は1131教委(64.6%)だった。10年前の前回調査と比べると、小学校で92教委、中学校は119教委減っており、全体に占める比率もそれぞれ5.1㌽、6.5㌽低下した。小学校や中学校を1校しか持たない自治体がそれだけ増えたということだ。
また、学校選択制に前向きな回答が増えたのも特徴だ。導入条件を満たしている教委のうち、「導入している」(見直しを検討中も含む)と答えたのは小学校で328教委(22.5%)、中学校で225教委(19.9%)だった。小学校では82教委、中学校では21教委増え、全体に占める比率も小学校で6.6㌽、中学校で3.6㌽上昇した。また、前回調査とは選択肢の表現が変更されたために単純な比較はできないものの、「導入について検討中」や「導入について今後検討予定」といった前向きな回答を選んだ教委も、小学校で26教委から67教委、中学校で18教委から57教委へと増えた。一方、「過去に導入したが、廃止した」と答えたのは小学校で23教委、中学校で18教委だった。
実は前回の12年度調査では、学校選択制の導入の動きは足踏み状態だったことが示されていた。「導入している」と答えたのは小学校、中学校ともに06年度からほぼ横ばいで、「導入検討中」などの前向きな回答は06年度と比べて大きく減少していた。
なぜ、いったん沈静化した導入の機運がこの10年間で再び広がってきたのか。22年度の調査結果をもう少し詳しく見てみたい。
一口に「学校選択制」と言っても、その形態はさまざまだ。文科省は、①市区町村内の全ての学校から選べる「自由選択制」②市区町村を複数のブロックに分け、自宅のあるブロック内の学校から選ぶ「ブロック選択制」③選択できる学校を隣接校区までに限る「隣接区域選択制」④一部の小中学校に限って市区町村のどこからでも通うことを認める「特認校制」⑤大規模校の校区の児童・生徒などが他校を選べるようにする「特定地域選択制」⑥いずれのカテゴリーにも当てはまらない「その他」――の6つに分類している。
小学校と中学校を合わせた導入数を形態ごとに前回と比べてみると、「自由選択制」は5教委増の96教委、「ブロック選択制」は3教委増の9教委、「隣接区域選択制」は6教委減の87教委、「特定地域選択制」は10教委増の155教委――と大きくは変動していない。
急速に増えているのは「特認校制」だ。前回は103教委だった小学校の導入事例は196教委へとほぼ倍増した。中学校も45教委から72教委へと6割増となっている。
文科省は「特認校制」を実施している教委に対し、導入の理由も尋ねている。この結果、小学校では9割以上、中学校では8割以上の教委が「小規模校の課題解消のため」と答えた。この10年間で増加した学校選択制の多くは、児童生徒数の減少に悩む中山間地域などの小規模校の活性化を主な目的として導入されたということだ。
奈良市教委は20年度から市東部にある小中一貫校の市立田原小中学校を「特認校」と位置付け、他の校区からの越境通学を認めている。市教委によると、これまでの4年間で計12人の子どもたちが制度を利用した。
同校の校区は少子化が進み、9学年で計60人ほどの小規模校となっている。市教委の担当者は「自然豊かな環境で学びたい子どもたちのニーズに対応するとともに、固定されがちな小規模校の人間関係に新しい風を吹き込むことができるのもメリットだ」と教育上の狙いを強調。その上で「住民たちが大切にしてきた地域の小中学校の統廃合を避け、存続させていくための一つの方法でもある」と付け加えた。
静岡市教委も17年度以降、小規模化が進む4校の小中一貫校を「特認校」に指定。おおむね1時間以内で通学できることなどを条件として、校区外の児童生徒を受け入れている。一方、「自由選択制」や「ブロック選択制」の導入は考えていないという。
過疎地の小規模校を守るために学校選択制が活用されていることを明らかにした今回の調査結果を、どう受け止めればいいのか。
学校選択制に詳しい日本女子大の山下絢准教授(教育行政学)は「学校選択制の導入には、欧米と同様に学校間の競争が促され、教育の質の向上が図られることが期待される場合がある。しかし導入背景として、子どもが減少した地域の学校を存続させる理由が増えているならば、競争による学校改善とは異なるロジックで学校選択制が活用される場合もあると言えるのではないか」と指摘。こうした日本固有とも言える活用例が広がる背景については、「子どもの数が急速に減って学校が小規模化する一方で、学校を地域のシンボルと見なす文化によって、学校の統廃合が難しいことも影響していると考えられる」と説明する。
一方、東京23区や大阪市のように、公立学校に加えて私立学校も多い大都市部では、「自由選択制」や「ブロック選択制」が存続していく余地があるという。通学できるだけの交通網が発達しており、保護者の多数派が学校選択制に満足しているとの調査結果も出ているからだ。ただ、選択制を利用する子どもは教育熱心な家庭の出身者が多いことも分かっており、「階層格差の固定や拡大につながる可能性をはらんでいる点には、留意や検証が必要である」とも話している。