7月31日に2023年度の結果が公表された「全国学力・学習状況調査」は、学校現場の授業改善に生かしてもらうことを目的の一つとして実施されている。文科省は今回、児童生徒の質問紙調査で尋ねた「家にある本の冊数」を家庭の社会経済的背景(SES)を示す指標と見なし、現行の学習指導要領が重視する「主体的・対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニング)への取り組み状況と平均正答率という2つの項目と掛け合わせて集計した結果、SESが低いと考えられるグループであっても、アクティブ・ラーニングを実践している児童生徒は平均正答率が高い傾向にあるとの分析結果を示した。文科省は「SESによって学力差があるのは事実だが、教え方によって克服できる可能性があることを示唆している」として授業改善を後押しする考えだ。ただ、専門家からは「もっと慎重な検討が必要ではないか」との声も上がっている。
全国学力・学習状況調査の児童生徒を対象とした質問紙調査では、「授業で工夫して発表したか」「課題解決に自ら取り組んだか」といったことを尋ねている。こうした質問の多くは、現行の学習指導要領が重視する「主体的・対話的で深い学び」にどの程度取り組むことができているかを確認する狙いで設けられているものだ。一方、SESを把握しようと、21年度からは「家にある本の冊数」も継続的に聞いている。
文科省は23年度の調査結果の公表にあたり、アクティブ・ラーニングの取り組み状況とSES、平均正答率という3つの項目の関係を分析した。すると、SESが低いと考えられる児童生徒であっても、アクティブ・ラーニングに取り組むことができているグループは、平均正答率が比較的高いという結果が出た。例えば、中学校の数学では、蔵書数が「0~25冊」と最も少ないグループに属する一方、「(授業では工夫して)発表していた」と答えた生徒の平均正答率は52.9%で、蔵書数が「101冊以上」と最も多いものの、「(授業では工夫して)発表していなかった」と回答した生徒(45.7%)を上回った。
こうした傾向は小中学校の各教科で共通し、「課題解決に自分から取り組んでいたか」「自分の考えをまとめる活動を行っていたか」といった質問でもみられた。文科省は「SESで不利な環境に置かれた子どもたちの学力を伸ばすには、授業改善が鍵となる可能性を示している」と説明している。
一方、こうしたメッセージの出し方には異論もある。東京大の中村高康教授(教育社会学)は「どのような取り組みをすれば、家庭環境が厳しい子どもの学力向上に効果的なのかを把握しようと努めることは大切なことだ」としつつ、「今回の調査結果で『授業改善は効果がある』『SESの影響を軽減できる』といった話をするのは、少し飛躍している」と語る。
問題の一つは、児童生徒に尋ねている内容が抽象的だったり、あいまいだったりする点だ。「授業で工夫して発表したか」「課題解決に自分から取り組んでいたか」といった質問は、教科や単元を特定して聞いているわけではなく、「各教科の成績との相関関係を見定めるデータとして、十分な要件を備えているとは言えない」と説明する。質問の意味を十分に理解しないまま回答している児童生徒がいる可能性も考慮する必要があるといい、「質問紙調査の結果は、参考程度の材料と考えるのが妥当なのではないか」と語る。
また、こうした質問に肯定的な回答をした児童生徒の方が、平均正答率が高い傾向を示したことについても、「授業の進め方が正答率を左右したのではなく、もともと学校に適応的な子どもが授業にも積極的に取り組み、かつ好成績でもあっただけという見方もできる」と指摘。「学習指導要領に沿った授業が学力向上やSESの影響軽減に効果的なのかどうかの見極めは、国の教育政策を議論する上で重要だ。精緻なデータ分析を通じ、慎重に検討される必要がある」と話した。