虐待を受けた経験のある若者たちの声を集めたドキュメンタリー映画『REAL VOICE』の撮影・監督を務めるなど、社会的養護のもとで生きてきた仲間たちの声を精力的に発信する山本昌子さん。自らが代表を務めるACHAプロジェクトで行った「児童・生徒のSOS発信に関するアンケート」には、1カ月で1005件もの回答が寄せられたという。調査結果から見えてきた、学校で子どもと向き合う大人たちに必要なことを、山本さんに聞いた。
――よく「子どもの声を聞くことが大切だ」と言われますが、「声を聞く」とはどういうことでしょう。ただ聞けばいいのですか。
ただただ耳を傾ける、というのも大事なことと思いますが、「本人が選択できた」ということが大事なのかなと思います。例えば、話を聞いた後にどうしてほしいのか。「親に連絡してほしい」という子もいれば、「いまは何もせず、ただ聞いてほしい」という子もいる。そこで望まない対応をされたら「聞いてもらえた」にならないし、受け止めてもらえると「聞いてもらえた」になると思うんです。
いくら長く話を聞いてもらっても、「説教された」とか「他の子と比べられた」というのも、意味がありません。例えば、兄からの性被害を打ち明けて「父親からされている子よりはいい」と言われたり、両親の虐待を相談したら「母子家庭の子もいるんだから、両親がいることに感謝しろ」と言われたりした子は、「聞いてもらった」とは感じていません。
親御さんが社会的な地位のある人で、先生に相談したら「いやいや、あんな立派な親がそんなことをするわけがない」と言われてしまった、という話も時々聞きますが、それも「聞いてもらった」には入らないと思うんですよね。
だからやっぱり「目の前のその子の話を、自分の経験や価値観にとらわれずに聞く」というのが、すごく大切かなと思います。「本当に話を聞く」とはどういうことか、と考える姿勢があるかどうかだと思います。
――子どもからつらい状況の話を聞くと、どうしても「なんとかしなければ」と思って、解決に向けて動きたくなりますが、ただ聞く方がいい場合もあるんですね。
そうですね。大人もそうですが、小中学生は特に、話すことで考えを整理しながら成長していくところがあると思うので、こちらは「言いたいことを引き出してあげる」という姿勢が大事だと思います。何かこちらで答えを出してあげようとするのでなく、その子の気持ちや考えを、つらさも含めて引き出してあげて、それをちょっと解放させてあげる、というのがすごく大切なのかなと。
何かしてほしいのであれば、こちらから提案しなくても「こうなったらいいな」みたいなことを言うと思うんです。そのときに「ああ、それなら他にこういう方法や、こういう方法もあるかもね」などと言ってあげればいい。
そのとき、リスクを含めて伝えてあげることも大事だと思います。例えば一時保護所に入ったらどうなるのか。その間は通学できなくなり、勉強に遅れが出る可能性があるけれど、その後状況が落ち着いて、家に戻るなり児童養護施設に入るなりすれば、また勉強できるようになるなど、リスクと安心材料を両方伝えて、その上で選択させてあげることが重要かなと思います。
――もう少し配慮がほしかった、という声も多かったですね。
はい、先生たちに気を付けてもらえたらと思ったのが、例えばクラスのみんながいる前で、頻繁に呼び出すなどです。「あれ、あの子どうしたんだろう?」となってしまうので。他には、すごく繊細な話なのに、職員室で大声で話してしまって、先生たちが全員知っているとか。それはやっぱり違うんじゃないかと思いますね。
その子から聞いた話を他の教職員に共有するなら、やはり本人に「今回こういう事情で、自分だけでは対応が難しいから、ほかの誰々にも話すね」と伝えて許可をもらった上で話してもらえたらと思います。それをせず勝手に話してしまうと、子どもは不安になります。特に「親に知られたら困る」という恐怖がある子は、「自分がいないところで何かが起きている」という状況が一番怖いですから。
その子のためを思った行動でも、やはりできるだけ本人に説明して許可をとるという、その細かい作業は大切にしてほしいし、大切にできるんじゃないかなと思います。おそらく事前に一言あれば、「話していいよ」と答える子がほとんどだと思います。
――勝手に話されるのと、先に一言あるのとでは、だいぶ違いますか。
全然違うと思います。もしその子が「まだ次のステップには進めないから、他の人に話さないでほしい」と思っているなら、「じゃあ今は自分だけが聞いておくね」と言ってタイミングを待ってあげてほしいです。
もし本当に緊急の、生死に関わるような状況なら「誰々に話すよ、嫌だって言っているのにごめんね。でもそれは命を守るためなんだよ」ということをしっかりと伝えてほしい。ただ、このアンケートを見ていると、そこまで緊急の状況は多くはないかなと。だから、そういう丁寧な対応は不可能ではないんじゃないかなと思いました。
――子どもが正直に話してくれないこともありますよね。
もちろん子どもがうそをつくことはあるでしょう。でもそれを「うそでしょ」と否定しないのは、大事かなと思います。うそを許すというのとは違うんですが。
実際はうそかもしれないけれど、その子がそう言うのには、絶対理由がある。うそをつかないと自分を守れないとか、本当は嫌だと思っているのをうまく伝えられないとか、友達をかばっているとか。「うそはそのサインなんだ」という視点が大切だと思うんです。本当は何を言いたいのかなと考える。小さい子ほど、そういう視点が必要だと思います。
例えば「親に殴られた」と言う子がいて、うそかもしれなくても、その子が親とうまくいっていないことは確実ですよね。そこで大事なのは「親も子どもも困っている状態なんだ」と分かることであって、「本当かうそか」というのはそんなに重要ではないんじゃないかなと思います。
だから、問題行動がある子を、ただ問題がある子として見ないというのも大切だと思います。私は自宅を開放して、若い子たちに居場所提供をしているんですが、そうするとやっぱりいろいろなことが起こるんです。でも背景には必ず何かしらの理由があって、問題行動はそのサインなんですよね。
――大人のうそや、約束が守られなかったことに傷ついたという声もありました。
そうですね、大人がうそをつかない、できるかどうかはっきりしないことは口にしないというのも、重要だと思います。特に「一時保護所に入るとき、先生が『会いに行くよ』と言ってくれたのに、来てくれなかった」という声は以前からよく聞くものです。このアンケートでも同様の声がいくつかありました。
先生たちは優しさから「会いに行くよ」と言ってくれるのですが、一時保護所は面会OKのところもあれば、学校の先生でもNGというところもある。そのときの一時保護所の安定具合で方針が変わったりもする。それに、先生が忙しくて行けなくなることだってありますよね。
一時保護所にいるときって、子どもはすごく不安で孤独を感じるので、「来ると言ったのに来なかった」と思いは残りやすい。だから本当に行動に移せるか分からないことは口にしないで、「行けるように頑張ってみるけど、もし行けなかったらごめんね。でも応援してるよ」という程度で伝えてもらえたらと思います。
――「元担任の先生と成人後に会ったら、『あの頃、何もしてやれなくて申し訳なかった』と謝られて気持ちが楽になった」という回答もありました。
そんなふうに「ずっと気に掛けてくれていたんだ」と分かるのは、みんな意外とうれしいんです。一時保護所や児童養護施設など移動を重ねていると、人間関係が希薄になるので、短期間でも会えた人はすごく記憶に残ります。みんな親と安定した関係を築けなかった分、人とつながり続けたいという気持ちが強いのかもしれません。
だからもし約束を守れなかったときは、ずっと後でもいいから、一言伝えてもらえたらその子は喜ぶと思います。
――ほかにも、知ってほしいことなどはありますか。
あとは、アンテナを立てておくことも大切かなと思います。そんなに回答数は多くなかったですが「三者面談のとき、たまたま先生に話せた」という声もありました。みんなたぶん、わざわざ相談するというより、何かのきっかけで話したいと思っていて、そういうチャンスを狙っていると思うんですね。なので先生たちもアンテナを張って、サインを見つけてもらえるといいのかなと思います。
「先生の対応でうれしかったこと」「嫌だったこと」の回答は全部で500件くらいあるんですが、一つ一つが本当に貴重なので、ぜひ皆さん、時間があるときに全部読んでもらえたらうれしいです。(編集部注 アンケート結果はこちらです。クリックするとすぐダウンロードされるので、ご注意ください)
――山本さんが監督した映画『REAL VOICE』も、厳しい状況に置かれた子どもたちを知るのにとても役立ちます。
ぜひ、授業でどんどん使ってもらえたらうれしいです。これを無料で公開して自由に使えるようにしているのは、教材として広く使ってほしいからなので。教科書や講義で教わる情報も大切ですが、「こういうことなんだな」とより実感を持って知ってもらうために、この映画をたくさんの人に見てもらえたらと思っています。
映画『REAL VOICE』
山本昌子さんが監督したドキュメンタリー映画。虐待された経験を持つ若者70人が出演する。8月24日(木)午後2時20分から、東京都江戸川区のタワーホール船堀で無料上映会が開かれる。先着200人で、申し込みフォームはこちら。