記録のスキルアップは学級担任や生徒指導主任など個人レベルのみならず、校長のリーダーシップの下、学校全体で取り組む必要があると岡山県立大学保健福祉学部の周防美智子特任准教授は強調する。学校全体が同じ視点を持って記録を取ることで、子どもや保護者との認識のズレや「ボタンの掛け違い」も防げるという。インタビューの最終回では、「チーム学校」を機能させることを前提とした記録の取り方を中心に話を聞いた。(全3回)
――全国で「記録の書き方」の研修依頼が増えているそうですね。先生方の反応はどうですか。
研修後に感想を聞くと「これまでの記録の書き方で、悪いところ、改善すべきところを指摘してほしい。それで教育の質を上げていきたい」と言う先生が増えてきたように思います。「学校全体で同じ方向を向いた指導や支援をしていきたいので、一定のものを示してもらえると記録も取りやすい」という先生もいます。学校教育の在り方が変わっていく中で、「今のままでは子どもへの対応や学校運営に足りない部分がある」という意識が、ベテランから初任の先生まで広がっているように感じます。
――学校全体で記録のスキルアップをするには、どうしたらよいのでしょうか。
まず、管理職から「記録の取り方を考えてみませんか?」という呼び掛けをするとよいと思います。「記録をどう書いていいか分からない」という先生がいると思うので、どのようなポイントを見て記録を取ればよいのか、学校ごとに決めていくとよいでしょう。
市町村や都道府県の教育委員会レベルでは、「このように書きましょう」と細かく定型化するより、「学校単位で一定の書き方をしましょう」と呼び掛けるだけで十分だと思います。記録をどのような視点から取ればよいかは、学校ごとに異なるからです。記録の取り方に関する研修を企画する際は、知識やスキル中心の内容ではなく、行動変容を促すような組み立てにするとよいでしょう。
――学校の中で、記録の取り方がそろってくると、学校は変わりますか。
はい、変わってきます。記録が客観的で必要なエピソードが書かれていて、それを教職員で共有して子ども理解が多面的になれば、指導や支援の選択肢が出てきます。問題行動への対応の手続きが一定になることは、学校としての対応の一貫性につながります。
学校では、保護者と教員、子どもと教員の間で「ボタンの掛け違い」が起きてしまうことがよくあります。例えば、担任が代わったり、担任ではない教員や職員が保護者と面談したりしたときに「〇〇だったんですよね?」と記録に基づいて話をする場面を考えてみます。この時、記録が適切なものでなければ、保護者から「先生、私はそんなふうには考えていませんよ」という答えが返ってくるでしょう。
また、教員が子どもと話をするときにも「あなたは、A先生に〇〇と話してくれたんだよね」と確認しても、「先生、僕はそんなことは言っていないよ。〇〇だって言いました」と食い違った反応が返ってくることになります。
そうしたことが起きれば、保護者は「今年の担任の先生になってから、うちの子は理解されなくなった」、子どもは「学校って、僕が言ったことを信じてくれない」という心理状態になっていきます。こうしたボタンの掛け違いがたびたび起きれば、認識のずれが後々まで尾を引き、学校不信につながってしまいます。学校がいくら「子どもや保護者との関係性を大事にします」とうたっても、記録の取り方一つで全く逆方向に向かってしまうこともあるのです。
これまでお話してきたように、先生方が学習や行動の到達度だけでなく、子どもの背景や気持ちを含めた視点で記録を取っていけば、子ども理解の幅が広がります。これが自然にできる先生もいますが、学校全体で同じ方向を持たないと、ボタンの掛け違いはいずれどこかで起きてしまいます。
――「ボタンの掛け違い」が起きると、職員室の人間関係もギスギスしそうです。
「あの指導は、もっとこうしたらいいよね」という話は、教育実習生には言えても、教員同士では話題にしづらいようです。プロの教師である以上、他の先生のやり方に口を挟むようなことは控えたいと考える教員は多いでしょう。
その意味でも記録を活用してほしいのです。主観の入り込まないフラットな記録であれば、そうした気遣いをすることなく子どもを見ていけるし、学年や学校としてどう対応していくかを冷静に考えられるからです。学校のチーム力を高めるためにも、記録というツールをぜひ有効に使ってほしいと思います。
――今後、どのように学校支援をしていきたいですか。
昨今は、子どもたちの育ちや家庭環境も一定ではなくなってきています。そういう中で多様な発達の様相があり、ものの捉え方、考え方も多様になってきています。教育活動においてある一定のゴールを設定したとしても、そこを目指すプロセスは一人一人違うので、学校に関わる人たちが幅広い視点で子どもを見て、配慮や考慮のある関わりをする必要があります。私自身も、今の子どもを見なければ学校支援はできないと思っています。これからもずっと学校現場に関わっていきたいですし、子どもを見て学んでいきたいと思います。
今後は、子どもの「観察」の仕方について、先生方に伝えられたらいいなと思っています。理由は、子どもたちの間にメンタルヘルスの課題が増えてきているからです。メンタル面の変化は、行動として見えやすいものもあれば、見えづらいものもあります。でも、観察する力を高めていけば、子どもの見方の幅が広がります。
授業で先生が「板書をノートに写しなさい」と指示して、子どもたちが書き写しているとき、黒板を何度も確かめて書いている子がいたとします。そうした子は、正面から見るとちゃんと書いているように見えますが、少し横から見ると体がこわばっていて、実は「困っている」ことが分かるときがあります。一文字ごとに顔を上げているのは、もしかすると長文を扱うのが苦手なのかもしれません。
例えば、教室のあちこちで鉛筆や筆箱が床に落ちるのは、子どもがクラスという集団の中にいる緊張を和らげようと「息抜き」しているサインなのです。その時に先生が「ちゃんとしまいなさい」などと注意すると、子どもの緊張はますます高まってしまいます。
そうした場合、必要なのはちょっとしたペアワークなどを取り入れて緊張の流れをいったん切ること、インターバルを置くことです。体の向きを変え、声を出して話すことは発散になり、落ち着けます。
このように教育の領域からは「集中力不足」と見える現象も、メンタルヘルスの領域からは「実は困っている」とか「ストレスで緊張が高まっている」と理解できることもあるのです。先生方が、授業をしている最中にこうした気付きを得られ、クラスという環境を上手に調整できるよう、教育以外の領域から子どもの捉え方を伝えていきたいと思います。
【プロフィール】
周防美智子(すおう・みちこ) 大阪府立大学大学院人間社会研究科社会福祉学専攻博士後期課程単位修得退学。社会福祉学修士。現在、岡山県立大学保健福祉学部現代福祉学科特任准教授。専門は子ども家庭福祉、児童生徒の抑うつと問題行動、スクールソーシャルワーク。『児童生徒の問題行動の要因に関する研究―抑うつと児童生徒が抱える課題の関連から―』が2020年日本小児保健協会学術集会優秀演題賞受賞。滋賀県大津市教育委員、学校問題サポート委員。岡山県教育委員会、奈良県教育委員会のスクールソーシャルワーク事業スーパーバイザー。